日本経済の死角2025年03月01日

日本経済の死角
著者の河野龍太郎氏は1964年生まれのエコノミストで、BNPパリバ証券経済調査本部長を務める。日経ヴェリタス調査で11回の株式アナリスト首位に輝き、予測的中率の高さで複数回表彰されている。最近はYouTubeでの露出が増えており、本書を手に取るきっかけとなった。本書は、日本経済の停滞を「収奪的システム」として分析している。著者は、生産性が上昇しているにもかかわらず実質賃金がほとんど上がらない現象に注目する。この25年間で生産性は約30%向上したが、実質賃金は逆に3%減少した。企業の利益剰余金は大幅に増加しながらも従業員への還元は進まず、企業は貯蓄主体となり国内投資を控え、海外投資を優先する姿勢を取っている。また、大企業の正社員は定期昇給による賃金上昇で生活水準が保たれたため、全体の賃金停滞に無自覚だった。一方、非正規雇用の拡大と低賃金の固定化が労働者からの収奪を促進した。女性や高齢者の労働参加の増加は労働力不足を補ったが、賃金の上昇を抑える要因となった。日銀の金融緩和政策は円安を維持し、企業の海外投資収益を押し上げたものの、国内投資や賃金の上昇には結びつかなかった。さらに、働き方改革による労働時間の短縮や残業規制は、労働投入量の減少を招き、潜在成長率の低下に寄与したと分析している。

著者は、日本経済の停滞は人口減少や構造改革の遅れだけでなく、企業経営の姿勢や政策判断の誤りによる「収奪的システム」が根底にあると指摘する。このシステムが労働者からの収奪を促進し、経済成長を阻害していると結論付ける。また、DX化による自動化促進も、一部の高所得者を生み出すものの、低所得者の所得底上げにはつながらず、収奪を加速させる恐れがあるという。歴史的に見れば、テクノロジーの発展は政治や社会の在り方によって収奪的にも包摂的にも働く。再分配の民主化は社会民主主義的とも言えるが、経済の安定的発展は単に企業を叩けば実現するものではない。また、リフレ派が主張する未来の果実を先食いする金融政策だけでは、適度な再分配による経済の好循環は本質的には生まれない。結局のところ、問題の解決は政治の在り方に帰結するが、相互に影響を及ぼし合う世界経済の中で、単純な回答は存在しないというのが著者の結論だ。それにしても、日本の高齢化や生産性が向上していないから給与が上がらないというデマを吹聴してきた政治家やエコノミストには、早々に退場してもらいたい。

DV聴取は脳ダメージが大2025年03月02日

言葉によるDV聴取の方が脳へのダメージが大
友田明美氏の講演会に参加した。友田氏はマルトリートメント(不適切な子育て)とその予防に取り組む医師で、熊本大学発達小児科から米マサチューセッツ州の病院を経て、ハーバード大学医学部精神科学教室の客員助教授を歴任。現在は福井大学医学部教授を務めている。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」や「クローズアップ現代+」などのメディアにも多数取り上げられており、その業績は広く知られている。彼女の研究の特筆すべき点は、小児の脳画像技術を用いて虐待を受けた子どもの脳の変容を可視化し、そのエビデンスを日本に広めたことである。医学では因果関係の解明は当然の手法かもしれないが、原因と結果を明示することが、虐待の深刻さを社会に説得力をもって伝える大きな役割を果たしている。講演会場には約350人の保護者や関係者が詰めかけ、関心の高さがうかがえた。言葉による虐待(暴言虐待)は脳に深刻な影響を与える。暴言を受けた子どもの聴覚野の一部は平均14.1%増加し、暴言の程度が強いほど影響が大きくなる。また、言語理解に関わる弓状束の異常も発見された。これは暴言によって過剰なシナプス形成が進み、神経伝達の効率が低下する可能性を示している。一方で、過度の体罰も脳にダメージを与える。厳格な体罰を受けた人は右前頭前野内側部が19.1%、右前帯状回が16.9%、左前頭前野背外側部が14.5%減少し、これらの損傷はうつ病や素行障害のリスクを高めることが報告されている。

特に注目すべきは、夫婦間の不和による子どもの脳へのダメージだ。児童虐待防止法では、夫婦間のDV目撃は心理的虐待の一種と定義されている。DVを目撃した子どもは知能や語彙理解力に影響を受けやすく、11〜13歳の時期に悪影響が強まる。DVを平均4.1年間目撃した子どもは視覚野(舌状回)の容積が平均3.2%減少し、さらに言葉によるDVを聴取した場合は19.8%も減少していた。複数の虐待タイプが重なると影響は深刻化し、DV目撃と暴言聴取の組み合わせが最も重篤なトラウマ症状を引き起こすことが示されている。親の暴言やDV目撃は、身体的虐待以上に精神的ダメージを与える可能性があることから、非身体的虐待の深刻さをより重視すべきという話が印象的だった。もちろん脳は可塑性の高い臓器であり、治療は可能だが、幼少期のダメージは大きく、回復にも長い時間が必要である。自身を振り返れば、直接的な虐待も間接的な虐待も何度もやらかしてきたことに胸が痛くなる。特に暴言にさらされた経験は自分の幼少期の記憶にも強く残っている。科学の力で虐待の連鎖を断ち切る時代になったことに、勇気をもらった。

選挙公約通りのトランプ2025年03月03日

選挙公約通りのトランプ
トランプ大統領とゼレンスキー大統領がロシアへの外交姿勢を巡る対立から激しい口論に発展し、予定されていた合意文書への署名は見送られた。ウォルツ大統領補佐官はテレビ番組でゼレンスキー大統領の態度を「信じられないほど無礼」と批判し、ウクライナには戦争終結のための交渉に前向きな指導者が必要だとの認識を示した。また、戦争を終わらせるためには領土に関する妥協が避けられないと述べた。取材によると、トランプ政権の幹部は口論後に協議を打ち切るよう提言し、ウォルツ補佐官がウクライナ側に退席を求めた。ゼレンスキー大統領は議論の継続を希望したが、補佐官は「アメリカの寛容さには限界がある」と伝えた。メディアは一斉にトランプ氏の態度を非難し、ウクライナ支援への声を上げているが、大統領選時のオールドメディアによるトランプ叩きを思い出すと、メディアの見方が本当に正しいのか疑問に思う。ロシアがウクライナに侵攻したのは事実であり、1994年のウクライナの核放棄と引き換えに米英露が安全保障を約束した「ブダペスト覚書」からすれば、米国がウクライナを守るのは当然というゼレンスキーの主張も理解できる。しかし、トランプ政権にとっては、ゼレンスキーは米国民主党に踊らされ、米国の富を戦費につぎ込ませる道化に映っているのかもしれない。

アメリカはUSAIDやCIAを使い、反ロシア勢力を支援して両国の不安定化を煽り、ロシアのクリミア半島併合や東ウクライナでの親ロシア勢力への介入を誘発したとも言える。オバマ政権時代のバイデン副大統領は、金権腐敗したウクライナ政権と資源利権を巡ってリベートを得ていたとの疑惑もある。トランプにしてみれば紛争と汚職の原因につながるアメリカの世界覇権の動きを正常化したいのだろう。紛争原因になる国際策動やその背後で工作する行政機構を整理すると公約していたトランプにとって、今回の会談決裂は当然の帰結とも言える。戦争は終結すべきだがウクライナは支援しないというのもトランプの公約の一つだった。大統領選挙の真っ最中に、民主党大統領候補ハリス氏と握手したゼレンスキーの行動を現共和党政権が忘れているはずがない。今回、ゼレンスキーは会談の前に両党の有力議員から助言を得たとされる。共和党議員からは「資源提供の話だけして、安全保障には触れるな」と言われ、民主党議員からは「戦争協力と安全保障の約束を引き出すまで譲るな」と助言されたという。ゼレンスキーの言動を見ると、民主党議員の助言を信じたのだろう。そういう意味では、トランプは選挙公約通りに動いているだけであり、今回の破談もそれほど驚くことではなかった。もちろん、侵略しているのはロシアであり、祖国を守ろうとしているのはウクライナであることに変わりはない。しかし、トランプにとっては、どのような形でも戦争を終結させることが最優先であり、それ以外の選択肢はないのだと思う。

ホットスポット2025年03月04日

ホットスポット
最近のドラマで注目しているのは「ホットスポット」だ。山梨県の町で暮らすシングルマザー遠藤清美(市川実日子)は、ビジネスホテルで働きながら娘を育てる平凡な日々を送っていた。職場の人間関係は良好で、幼馴染との食事がささやかな楽しみ。そんなある日、自転車で帰宅途中に交通事故に遭いかけた清美は、自称「宇宙人」に命を救われる。この秘密を幼馴染に打ち明けたことをきっかけに、清美の平凡な日常が少しずつ変わり始める。宇宙人と共に地元の平和を守り、ひそかに奇跡を起こしていく予測不能なコメディードラマだ。

脚本は人生やり直しドラマの「ブラッシュアップライフ」で株を上げてきたバカリズム。セリフの一つ一つが非ドラマ的でフツーなのが良い。超フツーの日常に宇宙人や未来人をぶっこんできて、それをキャストら全員がゆるーく対応するのが面白くて仕方がない。特にフロントマン役の高橋さん(角田晃広)が良い。東京03をドラマに持ち込んできて、キャスト全員で楽しんでいる感が満載だ。つまりおバカなゆるい演技を楽しむキャスト達を視聴者が楽しむという新しいジャンルのドラマなのかもしれない。今週からは未来人の登場で目が離せない。

こども家庭庁虐待AI見送り2025年03月05日

こども家庭庁虐待AI見送り
こども家庭庁は、虐待が疑われる子どもの一時保護の必要性をAIで判定するシステムの導入を見送ることを決定した。このシステムは全国の児童相談所(児相)の人手不足解消を目的に2021年度から約10億円をかけて開発が進められ、最終判断を職員が行う際の補助ツールとして期待されていた。しかし、試験運用で約100件中62件が判定ミスとなり、AIによる虐待判断は困難と判断された。システムは5000件の虐待記録を学習し、傷の有無や保護者の態度など91項目の情報を基に0〜100の可能性スコアを表示する仕組みだった。だが、入力項目が不十分で、ケガの程度や子どもの体重減少といった重要な情報が反映されていなかったことが精度の低さの原因とされた。専門家は、虐待の態様が多様であることや記録件数の不足がAI判定の難しさにつながったと指摘。また、AI活用には実現可能性の吟味や制度設計が不可欠であり、今回の失敗を今後の開発に生かすべきだと提言している。こども家庭庁が虐待判定AIの導入を進めた理由は、虐待の通告件数が増加するなか、職員の数が十分ではないにもかかわらず、迅速かつ正確な対応が求められていたためである。AIは膨大なデータを分析し、客観的なリスク判定の補助ツールとして職員の判断を支援することが期待されていた。また、虐待事例の蓄積データを活用することで、経験や知識の差を補い、対応の均質化を図る狙いがあった。

これらの着眼点は正当であるが、10億円程度の予算で虐待判定に特化した人工知能を開発しようという発想は非現実的である。汎用人工知能であるChatGPTのGPT-4モデルのトレーニングには約150億円以上の費用がかかったと報じられている。また、ChatGPTの運用には1日あたり約1億円以上の運用費がかかると推定される。さらに、OpenAIは2024年10月に約1兆6000億円の巨額資金を確保し、開発や運用に充てている。虐待判定に特化すれば多少は安価に開発できるかもしれないが、年間3億円程度では予算規模が桁違いに不足している可能性がある。虐待判定は時間との勝負であり、担当官の主観や環境バイアスを排除して判定することはAIの得意分野だと考えられる。また、積み上げた事例を人工知能に学習させることで、経験の浅い担当官のリスクを排除する効果も期待できる。これは医療AIにも同様のことが言える。対人サービスに携わる人間の質には「親切」か「不親切」か、能力が「高い」か「低い」かの組み合わせがある。民間の場合、不親切な人には寄り付きにくいが、公的サービスでは「不親切で能力の低い」担当者に巡り合うことがある。AIはこのリスクを低減する可能性がある。今回の虐待AIの問題は資金不足が大きな要因だが、平均的な対人サービスの質を向上させるには不可欠な技術である。ぜひ今後の再挑戦を期待したい。

三井住友NZBA離脱2025年03月06日

三井住友NZBA離脱
三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)は、脱炭素社会の実現に向けた国際的な金融機関の枠組み「ネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)」からの離脱を決定した。NZBAは2050年までに温室効果ガスの実質排出ゼロを目指す取り組みで、現在44カ国134の金融機関が加盟している。邦銀では三菱UFJフィナンシャル・グループやみずほフィナンシャル・グループなどが参加しており、SMFGの離脱は日本の金融機関として初の事例となる。SMFGは、これまで気候変動への取り組みとして社内体制の整備や高度化を進めてきたと説明し、NZBAに加盟せずとも独自の方法でネットゼロの目標達成が可能と判断したことを理由に挙げている。米国では、トランプ前大統領の就任前後からゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどの大手金融機関がNZBAから離脱する動きが相次いでいる。背景には、共和党の一部政治家がNZBAの方針が化石燃料企業への融資削減につながる場合、反トラスト法(独占禁止法)に抵触する可能性を指摘していることがある。今後、SMFGの決定が他の邦銀に影響を与え、NZBAからの離脱が広がる可能性があるとみられている。NZBAの方針により、日本の化石燃料新技術の分野は資金調達の制約を受けてきた。特に効率的な化石燃料利用技術や炭素回収・貯留(CCS)の研究開発において、融資制限が商業化の遅れを招き、日本の化石燃料新技術の国際的競争力が低下するとも言われてきた。

効率的な化石燃料利用技術とは、化石燃料のエネルギー効率を向上させつつ、環境負荷を低減することを目的とする。具体例としては、高効率火力発電、クリーンコール技術、低品位炭や廃棄物を活用する技術がある。これらの技術は、化石燃料をより持続可能に利用するための重要な手段であり、温室効果ガス削減やエネルギー効率向上に寄与する。しかし、脱炭素運動の流れの中で、石炭火力などの開発や海外展開を促進するための融資はNZBAの方針により抑制されてきた。建設や運用に高額な資金投入が必要な再生可能エネルギーよりも安価に発電できる火力発電技術は、発展途上国にとって不可欠である。また、放射性廃棄物の最終処理手段を持たない日本にとっても、この技術は重要な役割を果たす。日本の火力発電所は、NZBAの融資制限の影響で新規設備投資が困難となり、古い設備のまま稼働を続けている。これは、燃費の悪いかつてのアメリカ製自動車のような状況である。電気自動車(EV)志向が早すぎるとの声がある中で、日本のハイブリッド車が再評価されていることからもわかるように、発電もベストミックスを選択すべきである。何もかもを一つに絞り込む動きには必ずリスクが伴う。バランスをとりながら一歩ずつ積み重ねていくことこそが、技術革新を支える金融と行政の役割だと思う。

中国人の「教育移住」2025年03月07日

中国人の「教育移住」
中国人の「教育移住」が近年注目を集めている。中国国内の激しい受験競争を避け、日本の教育機関に子供を入学させるために一家で移住するケースが増加。対象は大学や高校だけでなく、小学校にまで広がっている。特に東京都文京区では、東大や筑波大学の東京キャンパスがあることから教育環境の良さが評価されており、誠之、千駄木、昭和、窪町の4校を指す「3S1K」学区の人気が高い。中国のSNS「小紅書」では名門小学校のランキングが紹介されるなど、情報拡散が人気を後押ししている。不動産会社によると、教育移住の需要増により物件依頼が殺到しているが、学区内の物件数が追いついていない。富裕層が多く、家賃に糸目をつけない依頼も多いものの、希望条件の物件が確保できず狭い間取りで妥協するケースが多い。駅チカや広さよりも学区が優先され、住民票のみを移して通学権を得る事例も見られる。文京区教育委員会は、教育内容は同一であると過熱に疑問を呈する。一方で外国籍の児童数は急増しており、令和6年度は小学生467人と元年度の約2.4倍に。日本語指導協力員を配置するなどの支援体制を整え、今後の増加にも柔軟に対応する方針だ。文京区の小学生総数約1万3千人のうち、外国籍の児童は約5%にあたり、30人学級なら1クラスに2人程度の在籍率となる。同区の2023年の平均所得額は約707万円で全国ランキング7位の自治体であり、文京区ならこの程度の児童数増加や日本語指導員の追加配置による支出の影響は少ないのかも知れない。

しかし、教育目的の移住では、子供が大学を卒業するまで最低16年間も家族全員が日本に滞在できる点が懸念される。保護者は在留資格を取得して職業活動を行うことが一般的であり、代表的な資格には経営・管理ビザがある。このビザは500万円以上の出資や常勤職員の雇用が必要で、近年取得者が急増している。また、技術・人文知識・国際業務ビザはITエンジニアや通訳などの専門職向けであり、多くの中国人が利用している。これらの制度を利用して滞在している中国人は現在10万人以上にのぼる。この制度により、保護者は子どもの教育を支援しながら長期滞在ができる。高額納税者ならばと受け入れを肯定する向きもあるが、外国籍の子弟が500万円の親の投資で日本人と同じ条件の教育サービスや安全な住環境を享受できることは、約7000万円の投資が必要な米国に比べてあまりにも寛容な移住政策と言える。また、高額納税在留者の中には日本の高度な技術に関与し、中国に高度な技術情報が漏洩した事件も後を絶たない。これは、中国国家情報法(2017年施行)が、中国国民や組織に対して国家安全保障のために海外の情報収集活動に協力する義務を課していることと無関係ではない。経済安全保障の観点からも、高額納税者だからと安易に受け入れるのは、お人好しを通り越している。

『TRUE COLORS』2025年03月08日

『TRUE COLORS』
1月から全9話で放送された『TRUE COLORS』は、源孝志の小説『わたしだけのアイリス』を原作とし、脚本・演出も本人が手がけた。東京・天草・イタリアを舞台に展開するロードムービーである。突然、眼の難病に襲われたファッションフォト界のトップフォトグラファーであるヒロインが、徐々に色覚を失っていく苦境の中で「本当に美しい “色” とは何か?」を探し求める再生の物語。4Kテレビを持っていて良かったと初めて思うほど、天草の海の美しさが存分に映し出される。天草には3年前の秋に旅したことがある。ロケ地となった崎津教会は、重厚なゴシック様式の天主堂で、集落の中心地に位置する。チャペルの鐘展望公園から眺めると、河浦湾に浮かぶように見えることから「海の天主堂」とも呼ばれている。堂内は国内でも珍しい畳敷きで、鮮やかなステンドグラスから優しい光が差し込んでいた。ドラマでは、この教会と周辺の静かな青い海が何度も繰り返し映し出される。物語は、高校生の主人公(倉科カナ)が、父の船と商船が衝突した事故によって、航海士(渡辺謙)と自分の母親が結ばれることに耐えられず、天草を後にするところから始まる。しかし、難病が発覚し、東京でのすべてを投げ出して故郷へ戻ることになる。

初恋の幼馴染の勧めで父に会い、「母と再婚したのは哀れみか」と問いただす主人公。父の「惚れたからに決まっとる」という言葉にハッと我に返る。そして、あれほど嫌っていた母と再会する決意をし、カメラに母の姿を収めるシーンは胸が熱くなる。すべてを許した主人公は、父の船に乗って熊本へ向かう。そのとき、幼馴染の漁船がいつの間にか追いかけてきて、「海咲〜! こん色ば心に刻み込めーっ!」と絶叫する。さらに、仲間の漁船が大漁旗を掲げ、主人公の再起を励ますかのように船団を組んで並走するシーンは、涙なしには見られない。天草の青い海の映像に合わせ静かにシンディ・ローパーの『TRUE COLORS』が流れ出す。

この世界が貴方をおかしくなるほどギリギリのところまで
追い詰めてしまっているのなら
私に助けを求めて欲しいの
私ならずっとそばにいてあげるから
本当の貴方の色を取り戻してあげられる
光をもう一度見出してあげられるわ
奥に眠っている本当の貴方が
私は大好きでたまらないの
自分らしく生きることを恐れる必要なんてどこにもないわ
本当の貴方の姿は
虹のように周りの人を魅了するのよ、本当に美しいわ

美しいドラマだった。

PECSフェイズ6が大事2025年03月09日

PECS 桜が咲いています
PECS研究会を開催した。京都でPECSの実践に積極的に取り組む南山城学園から、利用者の日常生活におけるPECSの活用状況について報告を受けた。PECSといえば、言語・コミュニケーション能力の弱い自閉症児が絵カードを用いて要求を伝える手段と理解されがちであり、おやつやおもちゃの要求に限られると思われている節がある。しかし、それは習得の入り口に過ぎない。PECS(絵カード交換コミュニケーション)は、1985年に考案された代替・拡大コミュニケーションシステムである。アメリカのデラウェア州自閉症プログラムにおいて、自閉症の未就学児に対して実践され、その後、世界中に広まり、年齢や認知・身体・コミュニケーションの障害を問わず、多くの人々に活用されている。PECSの手続きは、応用行動分析(ABA)の理論に基づいており、特定のプロンプトや強化方法を活用してコミュニケーションを指導する。また、学習を促進するための系統的なエラー修正手続きも含まれている。言語による促しを用いないため、自発的なコミュニケーションを促し、対人依存を防ぐことができる。PECSは6つのフェイズ(段階)で構成されている。フェイズIでは、対象者が欲しいものを得るために絵カードを交換する方法を学ぶ。フェイズIIでは、異なる環境や相手とのやり取りを通じてスキルを般化し、持続的なコミュニケーション能力を身につける。フェイズIIIでは、複数の絵カードの中から正しいものを選択し、フェイズIVでは、文カードを用いて「〇〇をください」といった簡単な文章を構成する。フェイズVでは、「何が欲しいのか」といった質問にPECSを用いて応答し、フェイズVIでは、「何が見えるか」などの質問に答え、コメントするスキルを習得する。PECSの目標は、機能的なコミュニケーション能力の向上である。研究においては、PECSを使用することで発語が促進される事例や、音声出力装置(SGD)への移行が見られることが報告されている。PECSはエビデンスベースの指導法であり、その効果を実証する研究は多数発表されている。

私がPECSに取り組み始めたのは、言葉を持たない自閉症児を担当していた約20年前のことである。それまでは、スケジュールの視覚化など、彼らが環境を理解するためのTEACCHプログラムに代表される構造化支援に携わっていた。しかし、コミュニケーションにおいて最もストレスを感じるのは、自分の思いが伝わらないときである。海外旅行をした際、「コーク」と注文してもコーヒーが出てきた場合、飲めるからいいかと諦め続けるうちに、次第に卑屈になってしまう。絵付きのメニューがあれば指さして注文でき、助かった経験がある人も多いのではないか。言葉を持たない障害者が暴れることが少なくないのは、思いが通じないからだと考えれば納得できる。また、「何が欲しいの?」と聞かれない限り要求が実現しない環境では、常に援助者の言動を気にしなければならず、依存的にならざるを得ない。結果として、指示されるまで行動しないことが生きる術となってしまう。しかし、コミュニケーションは要求ができればよいというものではない。私たちの日常会話のほとんどはコメントで満たされている。「梅が咲いたね」「今日は寒いね」「いい天気だね」といった何気ないやり取りこそが、対人関係を築く上で重要な役割を果たす。障害の重い人が同じレベルでコミュニケーションを取れるかは分からないが、PECSはフェイズVIまでのトレーニングを通じてコメントの表出を目指している。自分の発したコメントに「そうだね」「おもしろいね」「悲しいね」と返してもらうことで、人は安心し、絆を深めることができる。障害が重いからといってフェイズIVで止まらず、ぜひフェイズVIまで取り組んでほしいと思う。

実質賃金減少2025年03月10日

実質賃金減少
厚生労働省の発表によると、1月の現金給与総額は前年同月比+2.8%であり、前月の+4.4%から低下した。基本給に相当する所定内賃金は+3.1%に上昇したが、ボーナスなどの特別給与が減少したため、現金給与総額の伸び率は鈍化した。消費者物価指数は+4.7%となり、実質賃金は-1.8%となり、3か月ぶりに低下した。賃金上昇率の基調は3%弱と見られるが、消費者物価の上昇率は約3%と推定される。今年の春闘では賃上げ率が5.2~5.3%と前年をやや上回る見込みであり、賃金上昇の影響は今後波及すると考えられる。実質賃金の小幅マイナスは続くものの、夏頃にはわずかなプラスが定着する見通しである。しかし、改善幅は小さく、個人消費の本格的な回復には不十分であると見られる。家人が定期預金の利率が倍に上がったと言うので、利率を聞いたところ、0.2%が0.4%に上がったとのことである。1万円で20円が40円になったわけである。一方、キャベツはこの1年で200円から500円と倍以上の高騰を見せており、焼け石に水とはまさにこのことであろう。実質賃金はこの5年間で5%近く減少している。つまり、賃上げ要求が史上最高だと言われているが、5%を超えるのは当たり前であり、5年間の損失を考慮すれば、10%程度の賃上げがなければ生活の質は改善しないというのが現実である。春闘で行われている交渉は、何ともみみっちいものであると感じざるを得ない。

3月1日のブログ「日本経済の死角」では、「この25年間で生産性は約30%向上したが、実質賃金は逆に3%減少した」と述べ、生産性向上に見合った賃上げが必要であると指摘した。試算では650万円程度が適正水準になると考えられる。つまり、現在の430万円に5割増しの220万円を積み上げれば、25年間の生産性上昇に見合った賃金水準となるのである。賃上げ50%と言えば、頭がおかしいと思われるかもしれないが、実際には企業の内部留保は25年前の300兆円から600兆円に膨れ上がっており、そのうちの約2割、100兆円を労働者に還元するよう求めているにすぎない。つまり、大企業には賃上げするだけの体力が十分にある。賃上げの正常化によって、インフレにも対応でき、GDPも上昇し、貿易も正常化し、税の減収も気にする必要がなくなる。何より家計が潤えば、不思議な教育の一律無償化を実施しなくても少子化に歯止めがかかるであろう。日本は先進国の中で最悪の収奪国と言われているが、その汚名を返上することができるはずである。当たり前のことを普通に取り組む政権が早急にできることを願う。
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