80兆円の不都合な真実2025年09月07日

80兆円の不都合な真実
トランプ大統領と日本政府が打ち出した「総額80兆円(5,500億ドル)規模の対米投資枠」。ホワイトハウスは「大統領の指揮下で進める」と誇示し赤沢大臣は「日米関係の深化に資する」と胸を張って答えたが、その中身をのぞけば、絵に描いた餅どころか、日本の財布を差し出す危うい構造が浮かび上がる。日本企業の対米投資は、ここ数年でも年間9兆円前後。これをいきなり30兆円級に膨らませる? 採算、リスク、制度──どこを切っても現実離れした話だ。政府は「民間主導」とうたいながら、実態はJBICやNEXIといった政府系金融が融資・保証で穴埋めする仕組み。企業に米国投資額の法的な義務はなく、負担が重くのしかかるのは結局「国」=国民の財布だ。

さらに米側のファクトシートには衝撃的な文言が並ぶ。案件の承認権は大統領にあり、利益の9割は米国側へ。日本側は「それは株式投資部分の話。融資や保証には金利や保証料収入がある」と弁明するが、米国が「9割」と言い切っている時点で、国民にとって不利な構造であることは隠しようがない。担保や返済リスクも霧の中だ。JBICやNEXIは本来、資産や収益権を担保にするのが常識だが、今回の枠組みで同等の条件が確保されているかは一切明らかにされていない。政府は「心配ない」と繰り返すが、条項非公開のまま赤沢氏曰く「黄金の未来」をうたうのは、空疎なレトリックにしか聞こえない。

さらに一部には「日本が1兆ドル超を保有する米国債を背景資産のように使える」との発想まで飛び出す。しかし米国債は確かに世界で最上位級の担保資産だが、日本にとっては為替市場安定のための外貨準備。財務省も「交渉カードに使うことはない」と明言している。国民資産を米国の投資リスクに差し出すなど、制度的にも政策的にも到底許されない話だ。メディアもこの点を十分に掘り下げていない。利益配分の不公平には触れても、肝心の担保や返済リスクには踏み込まない。制度の複雑さに甘えた報道の怠慢か、それとも「政治的配慮」という名の自主規制か。

赤沢大臣が語る「日米の黄金の未来」とやらは、耳障りこそ華やかだが、実態は日本の制度的自壊の序章にしか映らない。真に問われるべきは、米国の喝采を誘う大風呂敷ではなく、国民資産をいかに守るかという冷徹な制度設計と説明責任である。しかし、関税交渉に「最後まで責務を果たす」と見得を切った石破首相は、その本質には一切関心を示していないように見える。