市バス料金でお茶を濁す市長 ― 2026年02月26日
京都市がオーバーツーリズム政策で打ち出したバス代の「市民優先価格」は、市民に寄り添う政策のように聞こえる。市バス運賃を観光客は350〜400円、市民は200円に据え置くという二重価格制である。だが、その仕組みを知れば、手放しで拍手する気にはなれない。市民割引のためにマイナンバーとICカードを紐づけ、全車両に新型精算機を導入するという。対象は市バス約800両。仮に1台数百万円としても、投資額は数十億円規模に膨らむ。市民かどうかを識別するために、そこまでの重装備が本当に必要なのか。
しかも不可解なのは、観光税導入に背をむけていることとの整合性である。2026年には宿泊税の大幅引き上げが決まっており、観光客が都市交通や観光地に与える負荷が大きいことはすでに明らかだ。それにもかかわらず、「宗教団体等の業界の反発」や「事務の煩雑さ」を理由に、入域料を含む観光税の本格導入には踏み込まない。しかし、世界ではすでに実例がある。ヴェネツィアでは観光客から入域料を事前徴収し、QRコードを発行して観光地で提示させる仕組みを成功させている。バルセロナでも宿泊税を段階的に引き上げ、観光負荷に応じた負担を求める制度を整えてきた。観光による外部負荷に対して相応の負担を求めることは、国際的には特別なことではない。むしろ、観光都市としての持続性を確保するための標準的な政策である。
それでも京都市は、観光税には踏み込まず、市バスの市民識別に巨費を投じようとしている。事前の入域QRコード発行の方がはるかに安価なシステムで済むにもかかわらずだ。理由は単純だ。観光税の導入は政治的に波風が立つ。寺社仏閣への協力はかつての拝観税で大騒ぎになったトラウマがあるからだ。だが、バス運賃は市の裁量で進めやすい。つまり“やりやすい方”を選んだだけである。しかし、朝の通勤時間に満員のバスに揺られる市民にとって、150円の価格差は救いにはならない。混雑の原因は観光客と市民が同じ路線に集中する構造そのものだ。価格差では行動は大きく変わらない。
むしろ観光地直行のシャトル路線を整備し、市民生活路線と分離すべきだ。料金を高めに設定すれば早期に投資回収は可能だろう。宿泊税強化と組み合わせれば、安定財源にもなる。技術的な識別システムより、構造的分離の方がはるかに合理的である。問われているのは精算機の性能ではない。観光公害の負担を誰が引き受けるのかという原則だ。マイナンバー連携という“技術的解決”に走る前に、観光都市としての覚悟を示すべきではないか。
京都市が持続可能な観光都市を本気で目指すなら、向き合うべきは市民識別の精度ではない。観光税や宿泊税の設計から逃げ続ける政治文化そのものだ。この矛盾にメスを入れない限り、「市民優先価格」は名ばかりのスローガンに終わる。
しかも不可解なのは、観光税導入に背をむけていることとの整合性である。2026年には宿泊税の大幅引き上げが決まっており、観光客が都市交通や観光地に与える負荷が大きいことはすでに明らかだ。それにもかかわらず、「宗教団体等の業界の反発」や「事務の煩雑さ」を理由に、入域料を含む観光税の本格導入には踏み込まない。しかし、世界ではすでに実例がある。ヴェネツィアでは観光客から入域料を事前徴収し、QRコードを発行して観光地で提示させる仕組みを成功させている。バルセロナでも宿泊税を段階的に引き上げ、観光負荷に応じた負担を求める制度を整えてきた。観光による外部負荷に対して相応の負担を求めることは、国際的には特別なことではない。むしろ、観光都市としての持続性を確保するための標準的な政策である。
それでも京都市は、観光税には踏み込まず、市バスの市民識別に巨費を投じようとしている。事前の入域QRコード発行の方がはるかに安価なシステムで済むにもかかわらずだ。理由は単純だ。観光税の導入は政治的に波風が立つ。寺社仏閣への協力はかつての拝観税で大騒ぎになったトラウマがあるからだ。だが、バス運賃は市の裁量で進めやすい。つまり“やりやすい方”を選んだだけである。しかし、朝の通勤時間に満員のバスに揺られる市民にとって、150円の価格差は救いにはならない。混雑の原因は観光客と市民が同じ路線に集中する構造そのものだ。価格差では行動は大きく変わらない。
むしろ観光地直行のシャトル路線を整備し、市民生活路線と分離すべきだ。料金を高めに設定すれば早期に投資回収は可能だろう。宿泊税強化と組み合わせれば、安定財源にもなる。技術的な識別システムより、構造的分離の方がはるかに合理的である。問われているのは精算機の性能ではない。観光公害の負担を誰が引き受けるのかという原則だ。マイナンバー連携という“技術的解決”に走る前に、観光都市としての覚悟を示すべきではないか。
京都市が持続可能な観光都市を本気で目指すなら、向き合うべきは市民識別の精度ではない。観光税や宿泊税の設計から逃げ続ける政治文化そのものだ。この矛盾にメスを入れない限り、「市民優先価格」は名ばかりのスローガンに終わる。