高齢者医療費「原則3割」へ2026年04月30日

高齢者医療費「原則3割」へ
財務省がまた「高齢者の医療費負担を増やすべきだ」と言い出した。ニュースでは、まるで「はい、もう決まりました」とでも言うような調子で読み上げる。こちらは朝の茶碗を手にしながら、「いや、それは厚労省のシマじゃないのか」とつぶやく。医療は厚労省、財政は財務省。普通なら味噌汁と漬物くらい役割が分かれているはずなのに、財務省は台所にまで入ってきて、鍋の味付けに口を出す。家計簿を握った夫が、台所に立つ妻へ「その米は一合でいい」と指図するようなものである。しかも財務省の言い分は、いつも驚くほど単純だ。「足りないから負担を増やします」

これだけなら官僚も議員もいらない。家計簿の赤字を見て「では食費を削ろう」と言うのと同じで、そこに知恵も工夫もない。必要なのは電卓と赤ペンだけである。本来、政策とは「どうすれば収入が増えるか」「どうすれば制度が回るか」を考えるためにある。それを「足りないから出せ」で済ませるのは、借金取りの論理そのままだ。

しかも、その“出せ”と言われている相手が高齢者である。高齢者の米びつは年金だ。その中身は、もともと多くない。ふたを開ければ、底のほうに心細く残った米粒が、ちょっとした風でも飛んでいきそうな量しかない。そこへさらに「負担増です」と手を突っ込まれたら、翌朝のご飯が炊けない。ご飯が炊けなければ体力は落ちる。体力が落ちれば外出も減る。外出が減れば地域の消費も細る。家計を削る話は、たいてい町全体を痩せさせる。

財務省は「医療費が増えているから」と言う。だが、高齢者の医療費が多いのは当たり前だ。年を取れば膝も腰も痛むし、血圧も上がる。これは自然現象であって、桜が春に咲くのと同じくらい当然のことである。それを理由に米びつを差し出させるのは、どうにも筋が悪い。

しかも健康保険の収支が苦しい本当の理由は、支出だけではなく収入の弱さにある。賃金が伸びない。若い加入者が減る。非正規雇用が増える。現役世代の懐が細れば、保険料収入も細る。ここを太らせない限り、どれだけ米びつを差し出させても、制度は立ち直らない。

いつも財務省は「若い人の負担は増やせない」とも言う。だがその言い分は、冷蔵庫に残ったわずかな卵焼きを前にして、「兄弟で分けろ。ただし兄は食べるな」 と指示する親のようなものだ。本来、弁当のおかずを増やすのが親の役目なのに、なぜか子ども同士を争わせる。若者と高齢者を向かい合わせにして、「どっちが我慢するか」を決めさせる。その構図が、どうにもえげつない。

結局のところ、財務省の負担増路線は、家計を立て直すために米びつそのものを売り払うような話だ。売ったその日は少し静かになる。だが翌朝の台所には、何も残らない。可処分所得を削れば消費は落ち、景気は弱り、保険料収入もまた細る。これでは財政再建どころか、土台から痩せていく。

守るべきは米びつであって、差し出すことではない。本当に必要なのは、高齢者からさらに取ることではなく、現役世代の稼ぐ力を取り戻すことだ。賃金が上がり、働く人が増え、保険料を払える人が増える。制度を支えるとは、本来そういうことである。

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