マダニシカと奈良公園 ― 2026年06月17日
奈良公園という場所は、どうも人間とシカの距離が近すぎる。近いどころか、ほとんど「同じ縁側で麦茶を飲んでいる親戚」くらいの距離感である。ベンチに座れば横から鼻先を突っ込んでくるし、観光客が袋を開ければ「それは私への供物ですね」と言わんばかりの顔をする。人間のほうも警戒心が薄い。シカせんべいを差し出し、写真を撮り、ついでに頭まで撫でてしまう。ここまでくると、観察しているのは人間ではなくシカのほうではないかと思えてくる。あの黒い目は、たぶん観光客の行動パターンをすっかり学習している。
ところが、この牧歌的な光景の裏には、少々やっかいな同居人がいる。マダニである。米粒ほどの大きさしかないくせに、吸血すると別人――いや別ダニのように膨れ上がる。小さいから可愛げがあるかといえば全然そんなことはなく、SFTS(重症熱性血小板減少症候群)という、名前だけで病院の待合室を連想させるような感染症を媒介する。SFTSにかかると血小板が減る。血小板と言われてもピンと来ないので、人間の体を一軒の家だと思ってみる。血管は外壁、血小板は外壁の傷を見つけては補修に走る塗装職人である。
外壁というものは毎日少しずつ傷む。小さなひびや剥がれができるたびに、職人たちが「はいはい、今行きますよ」と脚立を抱えて駆けつける。ところがSFTSウイルスは、その家にしつこい酸性雨を降らせるようなものだ。最初は小さな剥がれでも、雨が続けば傷は増える。職人はあちこちへ呼び出され、休憩する暇もない。しかも厄介なことに、このウイルスは職人を育てる本社、つまり骨髄にまで負担をかける。新人が入ってこない。ベテランは疲れ切る。免疫反応の混乱で、まだ働ける職人まで現場から帰されてしまうこともある。こうなると外壁の補修は追いつかない。人間でいえば皮下出血、鼻血、歯ぐきからの出血が起きる。さらに傷みが広がれば、脳や内臓といった家の基礎部分にまで影響が及ぶ。これがSFTSの怖さである。
そして、そのウイルスを運んでくるマダニにとって、シカは理想的な住まいだ。広い、暖かい、毛深い、おまけによく移動する。マダニ向け不動産広告があるなら、「食事付き、暖房完備、送迎サービスあり」と大書きされるだろう。シカは自分が大家をしている自覚などないだろうが、マダニから見れば高級マンションのオーナーみたいなものである。奈良公園には多くのシカがいる。そして何より、人との距離が近い。シカが観光客の服に鼻を押しつける。芝生でくつろぐ人のそばを歩く。子どもがしゃがめば横から覗き込む。もちろん、マダニが必ず人へ移るわけではない。しかし宿主同士の距離が近ければ、マダニにとって行き来の機会が増えるのは確かだろう。マダニにしてみれば、シカから人間への乗り換えは引っ越しというより、同じマンション内で部屋を替わる程度の感覚かもしれない。
だから奈良公園は不思議な場所である。世界的な観光地であり、シカとの触れ合いを楽しめる一方で、自然が持つ別の顔も確かに存在する。もっとも、その当のシカは今日も芝生の上でのんびり反芻している。観光客は写真を撮り、シカせんべいを差し出し、マダニはどこかで静かに機会をうかがっている。人間だけが「あれも心配、これも心配」と頭を抱えているわけだ。シカのほうはそんな事情など知る由もなく、「せんべいはまだですか」という顔でこちらを見ている。たぶん奈良公園で一番気楽に暮らしているのはシカである。人間はマダニを警戒し、マダニは人間を探し、行政は注意喚起の看板を立てる。その横でシカだけが、いつも通り芝を噛みながら次のせんべいのことを考えているのである。
ところが、この牧歌的な光景の裏には、少々やっかいな同居人がいる。マダニである。米粒ほどの大きさしかないくせに、吸血すると別人――いや別ダニのように膨れ上がる。小さいから可愛げがあるかといえば全然そんなことはなく、SFTS(重症熱性血小板減少症候群)という、名前だけで病院の待合室を連想させるような感染症を媒介する。SFTSにかかると血小板が減る。血小板と言われてもピンと来ないので、人間の体を一軒の家だと思ってみる。血管は外壁、血小板は外壁の傷を見つけては補修に走る塗装職人である。
外壁というものは毎日少しずつ傷む。小さなひびや剥がれができるたびに、職人たちが「はいはい、今行きますよ」と脚立を抱えて駆けつける。ところがSFTSウイルスは、その家にしつこい酸性雨を降らせるようなものだ。最初は小さな剥がれでも、雨が続けば傷は増える。職人はあちこちへ呼び出され、休憩する暇もない。しかも厄介なことに、このウイルスは職人を育てる本社、つまり骨髄にまで負担をかける。新人が入ってこない。ベテランは疲れ切る。免疫反応の混乱で、まだ働ける職人まで現場から帰されてしまうこともある。こうなると外壁の補修は追いつかない。人間でいえば皮下出血、鼻血、歯ぐきからの出血が起きる。さらに傷みが広がれば、脳や内臓といった家の基礎部分にまで影響が及ぶ。これがSFTSの怖さである。
そして、そのウイルスを運んでくるマダニにとって、シカは理想的な住まいだ。広い、暖かい、毛深い、おまけによく移動する。マダニ向け不動産広告があるなら、「食事付き、暖房完備、送迎サービスあり」と大書きされるだろう。シカは自分が大家をしている自覚などないだろうが、マダニから見れば高級マンションのオーナーみたいなものである。奈良公園には多くのシカがいる。そして何より、人との距離が近い。シカが観光客の服に鼻を押しつける。芝生でくつろぐ人のそばを歩く。子どもがしゃがめば横から覗き込む。もちろん、マダニが必ず人へ移るわけではない。しかし宿主同士の距離が近ければ、マダニにとって行き来の機会が増えるのは確かだろう。マダニにしてみれば、シカから人間への乗り換えは引っ越しというより、同じマンション内で部屋を替わる程度の感覚かもしれない。
だから奈良公園は不思議な場所である。世界的な観光地であり、シカとの触れ合いを楽しめる一方で、自然が持つ別の顔も確かに存在する。もっとも、その当のシカは今日も芝生の上でのんびり反芻している。観光客は写真を撮り、シカせんべいを差し出し、マダニはどこかで静かに機会をうかがっている。人間だけが「あれも心配、これも心配」と頭を抱えているわけだ。シカのほうはそんな事情など知る由もなく、「せんべいはまだですか」という顔でこちらを見ている。たぶん奈良公園で一番気楽に暮らしているのはシカである。人間はマダニを警戒し、マダニは人間を探し、行政は注意喚起の看板を立てる。その横でシカだけが、いつも通り芝を噛みながら次のせんべいのことを考えているのである。