斎藤知事と記者クラブ ― 2026年10月10日

斎藤知事と記者クラブ
兵庫県の斎藤元彦知事が、不規則発言を繰り返したフリー記者の定例会見への参加を認めなかったことで、また議論が起きている。報道では「表現の自由」や「記者排除」が盛んに語られる。しかし、話をそこだけに絞ると、肝心なところを見落とす。今回問われているのは知事の判断だけではない。法的制度でもない「記者クラブ」が、事実上の優先的な取材機会を持ってきたことの功罪も問われているのである。

発端となった記者は会見中に「人殺しやないか、お前は」などと発言し、記者クラブから参加を停止された。その後、謝罪と再発防止の誓約を提出したことで記者クラブは復帰を認めたが、県は参加を認めなかった。ここで県民が知りたいのは、知事が正しいか間違っているかだけではない。なぜそんな発言が出たのか。そして記者クラブはなぜ処分し、なぜ復帰を認めたのか。処分や復帰の明確な運用基準が示されないままブラックボックスで処理されるなら、外部から妥当性を検証しようがない。知事には厳しい説明責任を求めるのに、自分たちの判断プロセスは闇の中。この非対称性は、どうにも妙である。

厳しい質問と人格攻撃は別物だ。行政を追及するのは記者の仕事だが、相手を罵倒することまで「報道の自由」に含める必要はない。しかも今は会見がライブ配信され、発言が切り抜かれて拡散される時代だ。新聞の発行部数も2025年には約2487万部となり、2011年の約4835万部からほぼ半減した。大手メディアもネットでニュースを見てもらう競争から逃れられない。そうした環境では、冷静な質問より刺激的な一言の方が注目を集めやすい。関西のメディアによる斎藤知事報道の強い温度差を見ていると、読者の側から「そんなにメディアは偉いのか」と首をかしげたくなるのも無理はない。会見が事実を引き出す場ではなく、「映える」切り抜きを作る場になっているとすれば、深刻な話である。

さらに言えば、そもそも記者クラブとは、電波や紙面という配信方法が限られていた時代に形成された仕組みである。法的制度でもない任意の組織が、公的な取材機会に事実上の影響力を持ってきたことを考えれば、現在の情報環境にそのまま適合する制度なのかは、改めて考える必要がある。欧米にも、行政側が参加資格を定め、特定の記者クラブへの所属を絶対条件としない会見方式は広く存在する。少なくとも、記者クラブへの所属を前提としない取材機会をどう確保するかは、日本でも考えてよいだろう。

ましてや、権力を監視する側が自らのルールの公開すら拒み、既存の仕組みに固執し続けるのであれば結論は簡単だ。これだけSNSや個人配信が普及した時代に、特定のメディアに優先的な取材機会を与える記者クラブという仕組みを、わざわざ維持する必要はない。さっさと全廃した方が早い。権力を監視する者は、いったい誰に監視されるのか。今回の騒動が突きつけているのは、記者クラブという既存の仕組みが、いまも本当に必要なのかという問題である。

簗農水相発言の背景 ― 2026年10月08日

簗農水相発言の背景
政治というものは、つくづく難儀な商売である。道路を造れば感謝されるかと思えば、そうでもない。橋を架ければ褒められるかと思えば、そうでもない。予算を取ってきたと言えば利益誘導だと叱られ、取ってきたと言わなければ何のための国会議員だと言われる。雨が降っても水がしみたと文句を言われ、晴れても置き場所に困ると文句を言われる傘屋のようである。しかも傘屋と違って、売り上げは選挙になるまで分からない。今回の簗和生農相の発言騒動を見ていても、その不思議な世界がよく分かる。発言は軽率だった。撤回も謝罪もした。それはそれで終わった話である。しかし、だからといって話の中身まで終わったわけではない。

全国ニュースを見ていると、まるで突然降ってきた失言事件のように扱われている。しかし地元紙(下野新聞)を読めば、違う景色が見える。そこにあるのは失言ではなく歴史だ。衆院栃木3区で十年以上続いてきた保守分裂の歴史である。2012年の公募候補擁立から始まり、県議選で割れ、市長選で割れ、町長選で割れ、最後は衆院選まで割れた。全国紙は一分で読める失言を書く。地元紙は十年かけて積もった因縁を書く。どちらも間違いではない。しかし、前者だけを読んでいると政治は分からない。政治とは政策だけで動くものではなく、人間関係でも動くからだ。むしろ地方政治では、政策より人間関係の方が長持ちすることすらある。

与党対野党なら、まだ話は分かりやすい。最初から敵なのだから。しかし保守対保守は厄介である。昨日まで一緒に万歳をしていた人間同士なのだから、始末が悪い。相手の後援会も知っている。支援者も知っている。弱点も知っている。酒癖も知っている。だから喧嘩になると長い。政策論争で始まった話が、いつの間にか感情の話になる。そして感情の話になると、人間は強い。恩は忘れる。だが恨みは忘れない。特に選挙の恨みは忘れない。普通の人は三日で忘れる。政治家は十年覚えている。時には二十年覚えている。敵は忘れても、昨日まで味方だった相手は忘れない。保守分裂とは、思想の戦いというより妬み誹りという記憶力の勝負なのかもしれない。

今回の騒動で皮肉なのは、そこだ。十年積み上がった感情の地層があった。その上で不用意な言葉が飛び出した。本人は予算削減へ働きかけた事実はないとしている。それでも十年分の因縁を背負った言葉になれば、単なる失言では済まなくなる。政治の世界は事実だけで動くわけではない。物語でも動くのである。しかも人は、事実より物語を好むことがある。だから一度物語が走り出すと止まらない。長年くすぶっていた火薬庫に、本人が自分でマッチを落としてしまったようなものだった。政治家は敵の攻撃で倒れると思われがちだが、案外そうでもない。気が付くと自分の言葉で転び、自分の言葉で傷つく。自分で掘った穴に落ち、自分で投げたブーメランに頭を殴られる。政治家という生き物は、ときどき敵より先に自分自身に敗れるのである。

だから、この問題を失言という一言で片付けるのは少し惜しい。発言が不適切だったことは誰でも分かる。本当に知りたいのは、その先だ。なぜその自治体だったのか。なぜ十年以上も対立が続いたのか。なぜ五カ月前の非公開会合の音声が、いま表に出てきたのか。面白いのは失言ではない。失言が生まれるまでの十年である。失言は一分で読める。だが因縁は一分では説明できない。だからテレビは失言を報じる。地元紙は歴史を書く。人は失言に驚く。関係者は驚かない。「ああ、とうとう出たか」と思うだけである。政治とは予算の話ではない。失言の話でもない。結局は人間の話である。恩を忘れ、恨みを覚え、味方と争い、昨日の仲間に今日は腹を立てる。そういう面倒くさい人間たちが集まって、今日も国だの県だの町だのを動かしている。

今回見えたのは失言ではない。十年以上地中に埋まっていた感情の化石が、たまたま地表に顔を出しただけなのである。もっとも、その化石を掘り起こした責任まで消えるわけではない。確かに簗氏は脇が甘い。報道が出れば一挙手一投足が注目される立場にありながら、別の会見後に「クソみたいな記者」と漏らしてしまうあたりに動揺が見える。しかもその発言まで報じられ、結局は自分に返ってきた。小選挙区で敗れた理由は一つではないだろう。しかし、こうした不用意さが有権者の不信を招いた可能性はある。十年越しの因縁が失言を生んだのだとしても、最後に口を開いたのは本人である。政治は構造で動く。しかし政治家は、自分の言葉で転ぶのである。

ただ少し気になるのは国会になるといつも週刊誌ネタを野党議員が延々と取り上げ政権批判を行い委員会を止め肝心の政策論争の時間を削ってしまうことである。品行方正な議員を閣僚指名するに越したことはないが、なんとも学級会のような話である。週刊誌は追い打ちをかけるぞとばかりに、簗氏の選挙集会に支持者をバスで無料送迎したのは公職選挙法に触れる可能性をいう。だが事実は臨時駐車場から会場まで遠いのでピストン輸送したに過ぎない。こんなものをブラック扱いして国会で扱えば時間はいくらあっても足りない。

斎藤知事批判の背景 ― 2026年09月28日

斎藤知事批判が執拗な背景
兵庫県が今夏、県債発行に国の許可が必要となる「起債許可団体」に転落した。県税収入は過去最高を更新しているにもかかわらず、財政指標は悪化し、このままの財政構造が続けば、将来的には財政破綻寸前とされる早期健全化団体への転落も視野に入るという。さらに井戸敏三前知事時代の基金運用や県債処理について地方財政法抵触の疑いが浮上し、斎藤元彦知事の下で検証が進められている。普通に考えれば、まず議論されるべきは兵庫県財政の実態そのものだろう。ところが報道を見ていると、なぜか主役は財政問題ではなく斎藤知事批判である。まるで火災現場で出火原因より消防士の態度ばかり論じているような違和感が残る。しかし、この問題を素直に眺めれば、本当に問われるべきは斎藤県政ではなく、長年続いてきた兵庫県政の財政運営そのものではないか。

地方自治は、財政が悪化したなら悪化したと正確に示し、その上で住民や議会が負担と行政サービスの水準を議論するために存在している。危険信号が点灯したなら、その時点で対策を講じる。それが制度本来の姿である。ところが兵庫県では基金の組み替えなどによって財政指標を維持していた疑いが指摘されている。違法性の判断は今後の検証を待たなければならないが、少なくとも制度の趣旨から見れば極めて不自然な運用と言わざるを得ない。しかも県税収入は過去最高である。それでも起債許可団体に転落したという事実は重い。問題の本質が税収不足ではなく、債務構造そのものにあったことを示しているからだ。本来なら財政の実態を県民に示し、支出の優先順位そのものを見直す議論を始めるべき局面だったはずである。

よく聞くのは「県民サービスを守るためだった」という説明だ。しかし財政支出とは誰かの利益そのものでもある。公共事業を続ければ受注業者が潤い、補助金を維持すれば受給団体が助かる。外郭団体は存続し、行政組織も縮小圧力を受けにくくなる。県民サービス維持という言葉は美しいが、その裏側には既存の予算配分や利害関係の維持という現実がある。だから本来問われるべきは「サービスを守ったか」ではなく、「誰の利益を守ったのか」であろう。特に県庁舎建て替え問題を考えると疑問はさらに大きくなる。もし財政の実態が当時からそのまま県民や議会に示されていたなら、本当に巨額の新庁舎建設を進めることができただろうか。「今そんな余裕があるのか」という議論が、もっと激しく噴き上がっていたのではないか。むしろ財政指標を維持する必要があったのは、その前提が崩れれば困る大型事業や既存の支出構造があったからではないか。そう疑われても仕方がない。

さらに不可解なのは議会とメディアの振る舞いである。仮に兵庫県の財政運営に本質的な問題があったのなら、それを長年承認してきた県議会は何をチェックしていたのか。地元メディアはなぜ十分な検証を行わなかったのか。ところが新知事になってからの矛先は斎藤知事へ集中しているように見える。もちろん現時点で全てを断定することはできない。しかし政治の世界では、不自然な現象が続けば、その背後にある利害関係を考えるのはごく自然な発想だ。もし過去の財政運営の実態が広く明らかになれば、問われるのは歴代知事だけではない。予算を通してきた議会も、運営してきた行政組織も、それを監視してきたはずのメディアも同じ舞台に引き出されることになる。なるほど、斎藤知事への批判がここまで執拗な理由も少し見えてくる。舞台の照明が客席へ向けられれば、役者だけでなく拍手を送っていた人々の顔まで見えてしまうからではないかと勘繰ってしまう。

結局、この問題の本質は斎藤知事の好き嫌いではない。本来いつ財政危機は認識されるべきだったのか。なぜ危険信号は見過ごされたのか。そして誰が利益を受け、誰が負担を将来へ先送りしたのか。もし財政規律よりも既存の支出構造の維持が優先されていたのだとすれば、それは単なる会計技術の問題ではなく統治の問題である。舞台の上に立つ役者だけを責めても意味はない。その脚本を書いた者も、演出した者も、拍手を送った者もまた検証の対象にならなければならない。「県民サービスを守った」という美談も、「知事だけが悪い」という単純な物語も、兵庫県政の核心にある構造的な問題を覆い隠してしまう。煙が濃ければ濃いほど火元は見えない。だが県民が知りたいのは煙の流れではない。その火がどこで、いつ、誰によって燃え広がったのかなのである。

寝屋川市の「空き家税」 ― 2026年09月26日

寝屋川市の「空き家税」
新聞によれば、大阪府寝屋川市が全国初となる市全域対象の「空き家税」を導入するという。誰も住まず、貸しもせず、売りにも出されていない住宅に税金をかけ、市場への流通を促そうという試みである。全国の空き家は九百万戸。なかなかの数字である。この話を町内会の掲示板の前でしたら、隣の爺さんが「空き家税ですか。そのうち空き植木鉢税も来ますね」と茶化す。別の人が「うちは空き植木鉢15個ありますから破産ですな」と言う。会長は「私は空き財布税が心配だ」と大笑い。なぜか税金の話になると、みんな急に想像力が豊かになる。だが、笑いながら見回すと、犬のいた家は草むらになり、子供のいた家は雨戸を閉じたままである。昔は子供がボールを追いかけていた路地を、今はツタが追いかけている。

もっとも、空き家の持ち主を責める気にもなれない。自分が相続したらどうするか。遠方に住んでいる。使う予定もない。売却は面倒だ。賃貸も面倒だ。そこで「とりあえず」が登場する。人間は昔から、とりあえずに弱い。冷蔵庫の奥の正体不明のタッパーも、とりあえず残す。押し入れの段ボールも、とりあえず残す。空き家も、とりあえず残す。商店街の薬屋が「人間は追い込まれないと動きませんからね」と言うと、会長が「私は医者に十年追い込まれているが、全く動いていない」と胸を張る。なるほど、説得力がある。寝屋川市の空き家税は税金というより、「いい加減どうするか決めてください」という催促状なのだろう。

ところが、話はそこで終わらない。町内会の名誉会長が「あそこの空き家は二十五年だな」と言う。二十五年である。赤ん坊が会社員になり、野球選手なら引退して解説者になっている年月だ。その間ずっと家だけが座っている。はて、問題は空き家ではなく、町の時間が止まっていることではないか。すると近所の防災係が「あの空き家三軒をつなげたら公園になりますね」と言う。会計係は「駐車場だな」と言う。会長は「焼き鳥屋がいい」と言う。肉屋は「ライバルが増えるから反対だ」と言う。連合会長は「集会所にしてくれ」と言う。結局、みんな自分の都合である。しかし、その議論のほうが、よほど町の将来を考えているようにも見える。空き家が増えるというのは、家が眠るだけではなく、町も眠るということだからだ。

そこで、話はだんだん大きくなる。昭和にできた団地も、鉄道沿線の住宅地も、そのまま歳を取っている。駅はある。道路もある。なのに家だけが眠っている。空き家三軒分あれば公園になる。いや、駐車場だ。いや、焼き鳥屋だ。町内会は、意見だけは豊富である。しかし、八百屋が「行政は何を考えてるんですかね」と聞くと、連合会長が「会議です」と答えた。「その次は」「検討会です」「その次は」「報告書です」。会長がうなずきながら「気がついたら町より先に会議のほうが成長しているな」と言う。みんな妙に納得していた。町は歳を取るのに、会議だけは若々しく増殖するらしい。

結局、空き家税そのものより大事なのは、この町をどうするのかという話なのだろう。空き家三軒は公園なのか。駐車場なのか。焼き鳥屋なのか。それとも、全部まとめて防災にも役立つ立派な広場になるのか。市町村は課税だけでなく、そんな未来図を示さなければならない。空き家九百万戸という数字は、住宅統計である前に全国の町内会への回覧板なのかもしれない。「そろそろ町の将来を決めませんか」と書かれているのである。

沖縄県知事選の仁義 ― 2026年09月01日

沖縄県知事選の仁義
沖縄県知事選(九月十三日投開票)で、下地幹郎氏が告示直前に出馬を取り下げ、自民党本部と政策協定を結んだうえで古謝玄太候補の支援に回ったことは、保守陣営に深刻な混乱をもたらした。自民党県連は「寝耳に水」と強く反発し、党本部が県連の了解なしに下地氏と交渉した「頭越し」の構図が露呈した。県連会合では「合意書を破棄すべきだ」「選挙態勢に水を差した」と批判が相次ぎ、下地氏との接触を拒否する姿勢まで示した。前回知事選で五万票余りを獲得した下地氏を取り込めば保守票を一本化できるという狙いだったのだろうが、実際には県連との亀裂を表面化させ、古謝候補も演説で下地氏に触れず距離を置く事態となった。

混乱を象徴したのが鈴木宗男氏の記者会見である。鈴木氏は、自らが幹事長と選対委員長から調整を託されたと明かし、下地氏との接触が党本部主導であったことを示した。記者から「県連はあなたの介入を良しとしていない」と問われると、鈴木氏は気色ばみ、「県連の誰が言ったんだ」と問い返し、その後はこの記者の質問には一切答えない態度を見せた。この反応そのものが中央と県連の対立を外部に印象づけ、保守陣営の統制力が崩れつつあることを象徴した。しかも中央主導の調整によって、皮肉にもデニー陣営は、これまで封印していた辺野古基地反対を再び前面に掲げ、気勢を上げた。保守票を一本化するはずの策が、相手陣営に攻め込む格好の材料を与えたのである。

今回の事態の背景には、党本部の意思決定の歪みがある。幹事長が選挙を統括する立場にあるはずだが、今回の調整では選対委員長の西村康稔氏の判断が前面に出た。政治を票の数量として処理する「官僚的合理主義」が露出し、下地氏の五万票余りを保守票一本化の材料として「足し算」すれば勝てると判断したとみられる。さらに鈴木氏は依頼されたとするものの、下地氏との関係を誇示し「俺が俺が」と党幹部に売り込んだ可能性もあり、熟慮された人選とは言い難い。結果として強引な中央の押しつけとなった。しかし沖縄では票は数字ではなく「顔の関係」で動き、本土からの介入は保守票をまとめるどころか分裂させる危険が高い。県連のメンツを置き去りにした中央の合理的な票の論理と浅薄な交渉人の人選が、沖縄の政治文化と噛み合わなかったのである。

仮に今回の調整を地方組織との関係を重視する政治家が担っていたなら、別の方向性も見えたはずだ。例えば、幹事長代理の萩生田光一氏は地方議員出身で、地方組織との関係を重視する政治家である。沖縄の「本土介入への拒否反応」も理解しているため、宗男氏のように中央から直接押し込む政治家に任せることはしなかっただろう。財務大臣でもある片山参院議員の沖縄後援会という、最近立ち上がった「沖縄側の新しい調整窓口」を活用し、県連のメンツを守りながら下地氏との接触ルートを整えた可能性が高い。東京で本部主導の合意を作るのではなく、沖縄側のネットワークを前面に置き、「沖縄で決めた」という形式を確保しつつ調整の筋を通す方向である。もちろんこれは反実仮想にすぎない。しかし、この比較を置くことで、今回の中央主導の調整がなぜこれほど強い拒否反応を招いたのかが鮮明になる。

では、亀裂を修復する道はあるのか。もし可能性があるとすれば、古謝玄太氏と下地幹郎氏が沖縄の地元で笑顔で握手し、県連のメンツを保ちながら「沖縄で決めた」という象徴的な和解を示すことだろう。実際、慌てた鈴木氏は古謝氏の妻を舞台に上げ、下地氏も「自分はどうなってもいい」と言い放って融和を演出しようとした。しかし県連は中央による頭越しの介入に強い不信感を抱き、下地氏との連携そのものに拒否感を示している。この握手は現時点では事実上不可能に近い。一度失われたメンツは容易には回復しない。今回の混乱は、中央の「票の足し算」が沖縄の政治文化と噛み合わなかった典型例であり、保守票をまとめるどころか、デニー陣営に封印していた辺野古基地反対を再び掲げさせる結果まで招いた。中央と県連の溝を埋める道筋は、極めて険しい。

データセンターと中山間地 ― 2026年08月29日

アグリDC融合構想
愛媛県が生成AI向けデータセンター(DC)誘致に向け、県内市町や国の関係機関、電力・通信・金融事業者など32機関によるコンソーシアムを設立した。国がAI時代の基盤インフラとして地方分散を後押しする中、問われるのは、DC誘致を人口減少や中山間地の衰退という構造問題の解決につなげられるかである。そこで考えたいのが、DCを生活圏集約の核とし、農業・水資源・エネルギーを一体化する「アグリDC融合構想」である。DCを「雇用装置」ではなく、「地域構造を再編する装置」と捉える発想である。

中山間地には、DC立地に生かせる自然条件を持つ地域もある。標高の高い盆地や高原など、平地より気温が低い地域では冷却負荷を抑えやすい。一方、最大の問題は水である。生成AI向けDCは大量の電力を消費し、冷却方式によっては水を必要とする。しかし世界では、ドライクーラー、液冷、浸漬冷却など水使用量を抑える技術がすでに実用化されている。夏季は冷却効率が下がり電力負荷が高まるため、再エネとの組み合わせや冷却設備の季節調整が不可欠だが、農業用水との競合を避けるという目的には十分に適合する。愛媛の中山間地にDCを誘致するなら、水資源を地域の農業と競合させない冷却方式を誘致段階から条件として組み込む必要がある。

構想のもう一つの核は、冬季の排熱利用である。冷却負荷が下がる冬には、DCから35〜45℃程度の低温排熱を取り出せる場合がある。欧州では、この排熱を温室栽培や地域暖房に利用する事例がすでに存在し、オランダではトマト温室、北欧では地域暖房として活用されている。中山間地のハウス栽培に供給すれば、暖房用エネルギー費を削減できる可能性がある。DC側が地域還元として熱を供給すれば、熱交換設備や配管などの初期費用を除き、農家の燃料負担を大きく減らすこともできる。夏は農業用水との競合を避け、冬はDCの熱を農業に返す。水とエネルギーを地域内で循環させるのである。

問題は、こうした構想を現在の省庁縦割りのままでは実現しにくいことである。経産省はDCや電力、農水省は農地や水利、総務省は自治体や生活圏を扱う。しかし現実には、「DC誘致→水利→農地再編→生活圏→人口」という一本の線でつながっている。だからこそ、DC立地支援(経産省)、農業基盤整備(農水省)、生活圏集約(総務省)、地方創生臨時交付金(内閣府)を別々に運用するのではなく、「地域再生計画」などの枠組みで一つの地域計画に束ねる必要がある。DCを核に住宅、交通、医療、買い物などを集約すると同時に、農地の大区画化や農業法人化を進めるのである。

巨大なDCを一極集中させる必要もない。気温、電力、水資源、通信などの条件を満たす中山間地の盆地や高原に小〜中規模のDCを分散配置し、それぞれを「DC+農業+生活圏」の拠点として整備する。重要なのは、都市型の開発をそのまま持ち込むのではなく、その地域の気候、水、森林、農地などの自然条件を生かし、自然と共存できる規模や立地を選ぶことである。水資源を農業と競合させず、冬季には排熱をハウス栽培に回し、生活機能も集約する。DCを誘致すれば人口が自然に戻るのではない。DCを地域再編の起点として、生活圏集約、農地再編、農業の組織化、排熱利用を同時に進めるのである。愛媛県の32機関によるコンソーシアムを、省庁の壁を越えた中山間地の自然共存型開発と地域再生のモデルへ発展させるべきである。

福岡のドン議員辞職 ― 2026年08月27日

福岡のドン議員辞職
九州という土地には、どこか潔さや明るさを感じさせる。人間関係も政治も、良くも悪くも腹の内を隠さず、一本気に進む――そんな土地柄を思い浮かべる人も少なくないだろう。ところが、福岡県政を眺めていると勝手が違う。表の陽気さとは別に、足元には湿り気を帯びた利害のぬめりが広がっており、政治家の行動は世論よりもそのぬめりに足を取られて決まることがある。蔵内勇夫氏が「粛々と議長を続ける」と強気の姿勢を示しながらも議員辞職に至った急転劇も、世論に押し流されたというより、損得勘定を重視する政治家だからこそ起きた“湿った必然”と見る方が輪郭はくっきりする。

正副議長ポストをめぐる金銭授受疑惑が燻る中、議場の空気は重く湿度が高かった。蔵内氏は議長権限だけでなく、地元で長年築いた“ボスとしての影響力”という湿った土壌を使い、内部の不満を抑え込んできた。元秘書の県議による緊急動議の強行も、若手の批判を手続きで封じ込め、政治的な帳尻を合わせようとする動きにほかならない。動議可決で反発はいったん抑え込まれたが、県民からは「密室政治」との批判が噴出した。だが、強気を崩さなかった彼が真に追いつめられたのは世論の風向きではない。これまで手中にあった県警本部長が交代し、司直の手が自らに伸びてくると察知したことこそが、急転直下の引き金だったという見方もある。

こうした利害優先の政治力学は、今回突然現れたものではない。安倍政権下の加計学園問題の際、日本獣医師会会長の立場にあった蔵内氏がスキャンダルを政治的圧力として利用しようとした噂が永田町周辺で囁かれたこともある。重要なのは噂の真偽そのものより、利権のためなら一介の地方議員の分際で現職首相をもスキャンダルで刺すという人物像が浮かび上がること、そして「利権のためなら強権的な手法や密室工作も辞さない人物」として語られてきた文脈そのものである。批判を正面から受け止めず、政治的な力で処理しようとする姿勢を重ね合わせれば、その人物像の輪郭はさらに濃くなる。

熊本地震の被災が続く最中、議会が騒動の渦中にあっても獣医師会業務でネパールに出張し、帰国後に「ネパールは天国だった」と語ったとされる発言も印象的だ。湿度100%の政治状況の中で、ひとりだけ高地の乾いた風を吸ってきたような浮世離れした発言である。表向きには「若い議員に迷惑をかけたくない」と語りながら、実際の行動では自らの政治的立場を守ろうとする姿勢が見える以上、その言葉と本音との落差は小さくない。他者への配慮より自己利益を優先する計算高さが、ここでも透けて見える。

これらを並べてみると、蔵内氏の一連の行動は、世論の風向きに敏感な政治家というより、利害の天秤を常に手元で揺らしながら動く“計算型の政治家”と見る方が理解しやすい。県民批判の程度で簡単に折れるような人物ではない。むしろ、後ろ盾であった警察トップの交代によって司直の追及を受け続けるリスクが現実化し、もはや逃れられないと判断した時点で、議員辞職という“損切り”を選んだ――それが本音だろう。湿った地方政治の土壌に深く根を張った人物が、その土壌そのものに足を取られたのである。

還付通知書 ― 2026年08月01日

マイナポータル自動口座振り込み申請
ある日、役所から封筒が届いた。税金の通知といえば、たいてい「払ってください」である。ところが今回は違った。開けると「還付通知書」。返してくれるらしい。おや、ずいぶん気前がいいではないかと思って金額を見ると、400円。思わず桁を見直したが、やはり400円である。コンビニのコーヒーなら2杯ほど。その400円を返すために、役場は通知書を印刷し、封筒に入れ、郵送する。さらに返送された申請書を職員が確認し、振込処理を行う。自治体によって差はあるが、還付1件あたりの事務費は数百円規模になる例もあるという。400円を返すために数百円を使う。何とも不思議な仕事である。

住民の側も決して楽ではない。高齢者なら、まず通帳を探すところから始まる。「あれはどこへしまったかな」と家中を歩き回り、ようやく見つけたら、今度は老眼鏡を探す。口座番号を確認し、必要なら返信の手続きをする。真夏なら炎天下を郵便ポストまで歩くことにもなる。400円を受け取るために汗と時間を使う。金額は軽いのに、そこへたどり着くまでの手間は妙に重い。還付というより、小さな障害物競走のようである。

今回、町では税額更正に伴い、住民税課税者に少額の還付が発生する。総額はいくらになるのだろうか。一方で、その還付事務にも1件あたり数百円規模の経費が発生し、還付人数分だけ積み重なる。役場の職員が悪いわけではない。法令どおり通知を作成し、審査し、支払い手続きを進めているだけである。しかし、同じ作業を何度も繰り返せば、人件費も郵送費も積み重なる。紙は静かに増え続け、人の時間だけが少しずつ削られていく。しかも全国ほとんどの自治体でこの無駄が積み上げられている。

大阪市などが進めるマイナポータル連携の公金受取口座を使えば、還付額の計算や法定確認こそ残るものの、口座確認や入力作業といった事務負担は大きく減らせる。紙ベースの給付事務を電子化することで、定型的な作業がごっそり削れることは、すでに多くの自治体が実証している。公金受取口座を利用すれば、口座情報の記入や通帳の写しの添付といった“昭和の手続き”も省略できる。

そもそも給付DXを実現している自治体であれば、還付DXができない理由はない。給付と還付は小規模自治体では同じ職員が同じ机で同じシステムを使って処理しているのだから、還付だけが特別に複雑という説明は成り立たない。希望しない住民には紙ベースの作業が残るなど制度上の制約はあるにせよ、「前からこうしている」だけで紙中心の運用を続けるのは、住民にも職員にも優しい仕組みとは言い難い。

400円という金額は小さい。しかし、この400円騒動は、日本の行政が抱える問題をよく映している。1件では取るに足らない非効率も、何万件、何百万件と積み重なれば、失われる税金も時間も決して小さくない。行政改革とは、大きな制度を作り替えることだけではない。400円を返すために数百円規模の事務費をかける。その当たり前を一度立ち止まって見直すことも、立派な改革だと思う。そして今日、役所からご丁寧に支払通知書「振込400円」が郵送で届いていた。

大阪気質と松川はん ― 2026年07月27日

大阪人になれない松川氏
副首都法案が成立し、大阪が制度的に「副首都」へ向けて動き出した直後、吉村知事が「住民投票と選挙は同日に実施する。行政コストを抑えるためにも合理的だ」と明言した。その直後に松川るい氏が「付帯決議を尊重すべきだ」と発言したのである。この流れが大阪の政治空間に投げ込まれた瞬間、多くの有権者には「いや、そこ今言うん?」という感覚が広がったのではないか。大阪の政治では、理念や形式だけでなく、「それで何が変わるんや」「結局いくらかかって、どんな得があるんや」という実利を見る目が強い。ここを読み違えると、政治家の評価は一気に厳しくなる。

選挙と住民投票を同日に行えば、投票所の設営費、人件費、印刷物などの行政コストを抑えることができる。だから大阪では、合理的であるなら同日実施を肯定的に受け止める傾向が強い。もちろん付帯決議には政治的な意味があり、国会の意思を示す文書として軽視すべきではない。しかし、それを尊重すべきだと主張するのであれば、「なぜ同日実施では問題なのか」「住民にどのようなメリットがあるのか」、さらに国会は同日実施を法的に禁止する法案を否決しているにもかかわらず、なぜ法的拘束力のない付帯決議を優先するのかまで説明する必要がある。そこが示されなければ、結局「それ、やったら何の得になるん?」という受け止め方になる。大阪では、主張の正しさだけでなく、実際の効果まで含めて判断されるのである。

この感覚は、かつての「エッフェル姉さん事件」とも重なる。自民党女性局のフランス研修をめぐり、視察のはずなのに楽しげな写真をSNSに投稿したことが批判の火種になった。松川氏は視察団の中心的な立場にあり、地元有権者からも「税金を使った活動として、それでええんか」という厳しい目を向けられた。問題だったのは海外視察そのものではない。税金を使う以上、目的や成果を示し、公費に対する自覚を伝えられるかどうかである。今回、行政コストを抑える目的で提案された同日実施に否定的な姿勢を示したことで、「あの時も税金の使い方が問われたのに、また効率より形式を優先するんか」という印象につながったのである。

松川氏は大阪育ちでありながら、安倍政権の落下傘候補として古い大阪自民のしがらみに縛られず、新しい立ち位置を示すこともできたはずである。しかし今回の発言は、大阪の気質や実利感覚への配慮を欠き、結果として過去の大阪自民が示してきた「反維新のための反維新」という姿勢と重なって見えた。大阪の政治では、単に反対するだけでは支持は広がらない。「ほんなら、どう良くするんや」という問いに答える必要がある。自民が存在感を高めるためには、維新を否定するのではなく、改革の不足部分を補う政策型の立ち位置を示すことが求められる。

副首都構想についても、自民が賛成しているのであれば、「大阪を良くするために一緒に進めましょう。そのうえで、ここは波風が立たんように“オチ”をつけて着地を考えましょ」という姿勢の方が有権者には伝わりやすい。大阪政治で評価されるのは、対立の大きさではなく成果である。行政を効率化する、税金を有効に使う、住民に分かりやすい結果を出す。そうした政治家が支持される。今回の騒動が示したのは、政治家の言葉は立派に聞こえるだけでは足りず、「それで大阪のためになるんか」という問いに答えられるかが重要だということである。大阪の政治は、最後には損得と成果で判断される。知らんけど。

「福岡三国志」と倉内体制 ― 2026年07月19日

「福岡三国志」と倉内体制
福岡県政というものは、議事録の乾いた文字をいくら積み上げても、その本体にはなかなか届かない。むしろ、議場の床下に長年染み込んだ湿気――畜産の獣臭、土木の粉塵、派閥の古い汗が幾重にも沈殿し、空気そのものがぬめりを帯びている。その湿気は「福岡三国志」と呼ばれる政治の地層が長い年月をかけて積み重なった結果であり、麻生、武田(旧古賀派)、そして県議会の土着勢力という三つ巴が、福岡政治の湿度をゆっくりと、しかし確実に決めてきた。議場に足を踏み入れれば、昭和の政治がまだどこかで息をしているような、重たい空気が肌にまとわりつく。

その土着勢力の頂点に、二度目の議長として議場の最上段へ返り咲いた倉内氏がいる。初めて議長に就任したのは二十年以上前だが、年月を経て再び議長席に戻る政治家は、もはや議場の空気に影響される側ではない。議場そのものが、彼の呼吸に合わせて湿度を変える。一度なら偶然、二度なら必然。そして、その二度目が「土着勢力を束ねる存在」としての返り咲きであるなら、その象徴性はさらに濃く、重く、湿ってくる。倉内氏は畜産・獣医行政の世界で長年築かれた業界の網の目を掌握し、議場の呼吸を読み、派閥の湿度を調整してきた。彼が議長席に座るだけで、議会の空気は昭和の濃度へと静かに巻き戻される。古い議場の木製の手すりが、かつての政治の体温を思い出したかのように、じっとりと湿り気を帯びる。

加計学園の獣医学部新設は国政案件だが、国の規制改革が地方の既得権益に波紋を広げるとき、「福岡三国志」の湿度は揺らぐ。麻生派は中央の改革に理解を示し、旧古賀派は官僚的慎重論をにじませ、土着勢力は業界の声を束ねて地盤を守ろうとする。既存の需給バランス、家畜保健衛生所の序列、獣医師会との長年の関係――こうした利害の堆積は、中央の乾いた理念よりもはるかに重く、湿り気を帯びている。その湿度の中で、業界のドンが国政の風向きを気にし、どこかで「湿った連絡線」を引いたのではないか――そんな噂が議場の片隅でひそやかに囁かれたこともある。記録は沈黙するが、政治には記録では説明しきれない空気の流れがある。昭和の政治が好んだ「裏の調整」の気配が、どこかで微かに立ち上る。

湿った連絡線がひとたび引かれれば、疑惑物語は政策論より前へ押し出され、本来議論されるべき制度設計は政局へと姿を変えていく。その手際は、二度目の議長として議場の湿度を知り尽くした者ならではの、熟練した政治技法を思わせる。そして今、福岡県が掲げるワンヘルス政策にも「福岡三国志」の湿気が濃く漂う。理念は国際的で華やかだが、実際の事業は自然道の整備に毛が生えた程度で、感染症対策の中核機能など影も形もない。だが政治の世界ではこれが妙に整合する。土木予算、畜産関連施策、地域への利益配分――いずれも土着勢力との親和性が高く、湿った土壌に根を張りやすい。中央主導の改革には慎重でありながら、地元の利益を伴う政策には積極的である。昭和の政治が好んだ「地元への還元」の論理が、今も議場のどこかで息をしている。

倉内氏が必ず参加したハワイを含む高額海外視察や、議長選を巡る「みかじめ料」騒動も、決して孤立した出来事ではない。議会内の互助会的慣習、派閥間の資金の流れ、議長ポストをめぐる駆け引き――それらはすべて「福岡三国志」という湿った政治文化の延長線上にある。倉内氏の二度目の議長就任は、その政治文化がなお現在進行形で息づいていることを示す。こうして眺めると、加計問題、ワンヘルス、高額海外視察、議長選の騒動は、それぞれ独立した事件ではなく、同じ湿った土壌から伸びた枝葉である。政策はいつしか利権と組織維持の道具へ姿を変え、理念は現実政治の湿気の中で形を失っていく。政治とは理念だけで動く舞台ではない。昭和の政治が残した湿り気の上で、利害と組織と権力が静かに絡み合い、時代の流れさえ静かに変えていく力学なのである。