「共に民主党」李在明大統領2025年06月04日

「共に民主党」李在明大統領
韓国の大統領選挙が終わり、「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)氏が49.42%の得票率で新大統領に選ばれた。今回の選挙は、単なる政権交代を超え、韓国民主主義の根幹を問う出来事であった。そもそもの発端は、前大統領・尹錫悦(ユン・ソギョル)氏による昨年12月の「非常戒厳令」発出だった。これは野党による予算案の執行妨害を理由に、国民の自由を制限する措置だったが、憲法違反と見なされ、今年4月、尹氏は大統領職を罷免されるに至った。国政の空白と憲政秩序の揺らぎの中で行われた今回の大統領選は、まさに“民主主義の正念場”だったといえる。与党「国民の力」は、尹氏の失脚後に急速に求心力を失った。候補者選びは混迷し、党内の分裂が表面化するなか、ようやく金文洙(キム・ムンス)氏が擁立されたものの、選挙戦を通じて結束を取り戻すには至らなかった。保守層からも離反が相次ぎ、「改革新党」の李俊錫(イ・ジュンソク)氏が独自に出馬。三極構造の選挙戦となった。

主要な争点は当然、戒厳令の是非である。李在明氏はこれを「民主主義への冒涜」と断じ、「国民の力」への批判を強めた。金文洙氏は尹前政権の一定の継承を掲げ、安定した政治運営を訴えたが、過去の行動の責任を問う声をかわせなかった。李俊錫氏は政治そのものの構造改革を主張し、若年層を中心に一定の支持を集めた。投票率は79.4%。日本の感覚からすれば驚異的な数字だが、それだけ国民の政治意識が高まり、今回の選挙に重大な意味が込められていたことの表れだろう。最終的に李在明氏が勝利したが、もし「国民の力」と「改革新党」が候補者を一本化していれば、両党の合計得票数は49.49%。わずかながら李氏を上回っていた可能性もある。だが、路線の違いと調整力の欠如が、それを不可能にした。

今回の騒動を見ていると、改めて感じるのは、韓国政治における「大統領制の限界」と「政党政治の未成熟」だ。戒厳令を出さざるを得なかった尹氏の苦境は理解できなくもないが、それを出した瞬間に憲政秩序は崩れ始めた。少数与党ゆえに国会解散もできず、最終的には大統領自らが退陣するしかなかったわけだが、ここは潔く政権を手放し、民意を仰ぐべきだっただろう。議会制民主主義とは、そうあるべきだ。そしてもうひとつ、今回象徴的だったのは「中道政党」の存在感である。日本でも同様だが、中道や中間勢力がキャスティングボートを握ると、結果として政権交代の可能性を左右する。韓国ではその弊害が「候補一本化失敗」という形で現れ、日本では公明党が与党の存続を支え続ける構図が、それにあたる。結果として、最大野党が政権にすり寄るような構図すら生まれつつある。

さて、李在明氏の今後だが、彼の姿勢や過去の発言から見て、日韓関係は厳しい4年間を迎えることが予想される。反日リベラル色の強い政権運営が続けば、日本としても過度な期待は禁物だろう。政権内に冷静な声が残っていれば良いが、今のところはそうした兆しは乏しい。選挙結果そのものは民意の表れであり、民主主義の正常な機能といえる。ただ、それを導いたのが憲法違反による大統領罷免だったという点に、韓国政治の不安定さが象徴されている。今後、この国がどこへ向かうのか。その行方を冷静に見守る必要がある。

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