消費税減税と困った顔2026年08月02日

消費税減税と困った顔
最近のニュースを眺めていると、胸のあたりがザラついてくる。東京都の小池都知事が「飲食料品の消費税率を下げると、都は年間1120億円の減収になる」と言い、しかもその数字を口にしながら“困った顔”をしてみせる。全国の首長も同じ顔つきでうなずいている。だが、財源とはそもそも誰の財布から出てきた金なのか。行政が自分のポケットマネーのように語り、困った顔まで添えてくるから、こちらは余計に気分が悪くなる。インフレで名目賃金が上がり、企業の売上や利益も増えた結果、住民税は728億円、地方消費税は363億円、法人二税は2065億円、固定資産税は682億円増えた。合計すれば約4000億円。税収は6%以上増えているのに、インフレ率は2%前後である。つまり、税収の伸びは物価上昇率を大きく上回る。名目所得や名目消費が増えれば、その分だけ課税ベースが名目値で押し上げられるからだ。この構造は自治体でも政府でも同じで、税収は物価より速いペースで増える。税収はインフレ率の2~3倍で伸びることが普通であり、3倍を超える局面も珍しくない。

しかも社会保険料も名目賃金に連動して増える。企業も従業員も、給与が上がればその分だけ保険料を追加で払う。つまり、インフレによる名目所得の増加は、家計の手取りをそのまま増やすわけではない。家計と企業は「税+保険料」の両方で負担が重くなっている。それなのに行政は「増収は社会保障費の自然増に使うので返せません」と言い、また困った顔をする。いや、社会保障費は税だけで賄っているわけではない。企業も従業員も保険料をしっかり払っている。インフレで負担が増えているのは行政ではなく、まず家計と企業である。だからこそ、名目増収6%のうち、減税で1〜2%分が減ったとしても、増収分の相当部分はなお残る計算になる。増えた分を返すという発想が、なぜ出てこないのか。

ところが行政は返さない。なぜか。補助金は行政の裁量で配れるが、減税は制度そのものを動かすため、行政の“裁量の余地”が減る。行政にとっては、補助金のほうが減税より扱いやすい。EVには気前よく1台130万円の補助を出し、HVにはびた一文払わない。脱炭素を掲げるのであれば、技術方式ではなく、実際のCO₂削減効果を基準に政策を評価すべきではないか。東京都はこれまでEV補助に累計数百億円規模を使っている。それなのに飲食料品の減税だけには「1120億円の減収になる」と困った顔で眉をひそめる。しかも下げようとしているのは、すでに5%を超えて値上がりしている食料品の消費税を7%下げるだけである。家計が感じる負担軽減は、数字が示すほど大きくない。それなのに行政の財布の心配だけは過剰にする。

メディアは今日も行政の財布ばかり心配している。「減税は財源が減る」と報じるが、そのとき家計の財布がどうなっているかはほとんど語られない。行政発表をそのまま記事にできる手軽さゆえに、行政の財布の論理がニュースのデフォルトになっている。この国は長く、「まず取る → 家計が苦しくなる → 消費が弱る → 補助金でばらまく → 財政が硬直化する」という“収奪バラマキ式”の政策構造を続けてきた。補助金に頼る企業や個人は自立できず、やがて体力を失う。取ってばらまく政治は、政治自身の改善力と成長力まで奪う。失われた30年はその帰結である。ばらまきは救済ではなく依存を育てる。本当に重要なのは、ばらまきの巧拙ではなく、「できるだけ取らない」「取り過ぎたらすぐ返す」という決断だ。税収が予算より大幅に上振れしているのに平然としている政治家は、家計の苦しさを見ていない。

本来の税の原則は単純だ。「ばらまくくらいなら、まず取るな」である。名目増収が出たら、その一部を家計に返す。返せば家計の可処分所得が回復し、消費を下支えする。税収を増やすために家計から取るのではなく、家計が豊かになった結果として税収が増える――その順序に戻すべきである。制度は名目成長による所得や消費の増加を一定程度自動的に税収へ取り込む仕組みになっているのだから、せめてその増えた分の一部くらいは家計に返し、経済の循環を正常化させるべきである。困った顔をする前に、まず取らない勇気こそ、長く続いた停滞を抜け出すための第一歩ではないだろうか。

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