骨の折れない骨太方針を ― 2026年07月29日
先ごろメディアが報じたところによれば、文化輸出を看板に掲げた「クールジャパン機構」の累積損失が、ついに540億円へと膨れ上がったという。いやもう、数字だけは立派に育つものである。計画未達は三度目を数え、経済産業省もようやく有識者会合という“お茶濁し”を持ち出し、年内にも処遇を決めかねている有様だ。役所というのは、どうしてこう、熱いものを持たされるとすぐ指先だけでつまんで逃げようとするのか。こちらの肩まで力が抜けてしまう。
思えば官民ファンドの不振は今に始まった話ではない。23ある官民ファンドのうち過半が赤字を抱え、農林漁業向けファンドはすでに看板を下ろした。クールジャパン機構、ジャパンディスプレイ、Spiberへの投資を巡る議論を見ても、背景にある問題は驚くほど共通している。原因は決して一つではない。しかし、根底に横たわるのは目利きの甘さと、失敗を極度に忌避する役人体質である。これがまた、湿った雑巾のようにどこを触れても同じ匂いがする。制度の欠陥も政治の介入も、この二つを助長する構造にほかならない。国費が絡むがゆえに責任逃れが横行し、投資判断は腰が引けるかと思えば、政治の威光に押されて吟味もそこそこに巨額資金を投じる。まるで、濡れた新聞の折り目だけ読んで投資判断を下すような軽さである。その帰結が今日の官民ファンドの苦境であり、これでは民間を誘うどころか、税金による壮大な実験と笑われても返す言葉があるまい。
こうした反省を踏まえ、現政権が打ち出した骨太方針と成長戦略は、単年度予算主義や個別案件へのバラマキという旧来型の財政・産業政策からの決別を明確に示した点で、一定の革新性を帯びている。AI、半導体、コンテンツ産業など「戦略17分野」を対象に、官民合わせた投資誘発額として370兆円規模を見込む国家ポートフォリオ戦略を掲げ、個々の失敗を恐れず全体でリスクを分散・回収する発想への転換を図った。数字だけ見れば、巨大な福引の当選番号でも読み上げているかのような景気の良さである。さらに複数年度にわたる持続的な投資メカニズムを整え、中長期の視野で成長分野へ資金を投じようとする姿勢は、確かにパラダイムシフトと呼ぶに値する。
しかし、ここで根本的な問いを発せねばならない。果たして我が国政府に、その巨大なリスクマネーを差配する資格と知恵が本当に備わっているのか。海外の先進例──シンガポールのテマセクやイスラエルのヨズマ──を見れば、その違いは一目瞭然である。あちらは政治と投資判断を冷徹に切り離し、百戦錬磨のプロに大きな裁量を委ねる。十のうち九が潰れても、残る一つで全体を回収するという、割り切りの良さがまた見事である。翻って日本はどうか。硬直した個別法、単年度予算主義、そして民間リスクマネーを十分に育て切れていない金融制度──この制度的な三重苦が、成長資金の流れを細らせている。いくら17分野という華々しい数字を並べても、土台となる制度を改めない限り、その構想は絵に描いた餅どころか、描いたそばから湿気で紙がよれる危険性すらある。
必要なのは、バラマキ計画を積み増すことではない。官民ファンドの根拠法を大胆に見直し、政治から一定の距離を保ったガバナンスへ改めることであり、多様な民間資金が果敢に挑戦できるよう、金融制度を含めた法制度改革へ踏み込むことである。失敗を許容し、その代わり成功を最大限に生かす仕組みを築かなければ、第二、第三のクールジャパン機構は必ず生まれる。もし政権がこの難局を真に乗り越えようと欲するなら、組織の統廃合や耳ざわりの良い数字の羅列で茶を濁すのではなく、権限委譲と法制度改革という荒療治に踏み込むほか道はあるまい。さもなければ、この370兆円構想もまた、「令和版クールジャパン」として歴史に湿った笑いを残すのが関の山であろう。
思えば官民ファンドの不振は今に始まった話ではない。23ある官民ファンドのうち過半が赤字を抱え、農林漁業向けファンドはすでに看板を下ろした。クールジャパン機構、ジャパンディスプレイ、Spiberへの投資を巡る議論を見ても、背景にある問題は驚くほど共通している。原因は決して一つではない。しかし、根底に横たわるのは目利きの甘さと、失敗を極度に忌避する役人体質である。これがまた、湿った雑巾のようにどこを触れても同じ匂いがする。制度の欠陥も政治の介入も、この二つを助長する構造にほかならない。国費が絡むがゆえに責任逃れが横行し、投資判断は腰が引けるかと思えば、政治の威光に押されて吟味もそこそこに巨額資金を投じる。まるで、濡れた新聞の折り目だけ読んで投資判断を下すような軽さである。その帰結が今日の官民ファンドの苦境であり、これでは民間を誘うどころか、税金による壮大な実験と笑われても返す言葉があるまい。
こうした反省を踏まえ、現政権が打ち出した骨太方針と成長戦略は、単年度予算主義や個別案件へのバラマキという旧来型の財政・産業政策からの決別を明確に示した点で、一定の革新性を帯びている。AI、半導体、コンテンツ産業など「戦略17分野」を対象に、官民合わせた投資誘発額として370兆円規模を見込む国家ポートフォリオ戦略を掲げ、個々の失敗を恐れず全体でリスクを分散・回収する発想への転換を図った。数字だけ見れば、巨大な福引の当選番号でも読み上げているかのような景気の良さである。さらに複数年度にわたる持続的な投資メカニズムを整え、中長期の視野で成長分野へ資金を投じようとする姿勢は、確かにパラダイムシフトと呼ぶに値する。
しかし、ここで根本的な問いを発せねばならない。果たして我が国政府に、その巨大なリスクマネーを差配する資格と知恵が本当に備わっているのか。海外の先進例──シンガポールのテマセクやイスラエルのヨズマ──を見れば、その違いは一目瞭然である。あちらは政治と投資判断を冷徹に切り離し、百戦錬磨のプロに大きな裁量を委ねる。十のうち九が潰れても、残る一つで全体を回収するという、割り切りの良さがまた見事である。翻って日本はどうか。硬直した個別法、単年度予算主義、そして民間リスクマネーを十分に育て切れていない金融制度──この制度的な三重苦が、成長資金の流れを細らせている。いくら17分野という華々しい数字を並べても、土台となる制度を改めない限り、その構想は絵に描いた餅どころか、描いたそばから湿気で紙がよれる危険性すらある。
必要なのは、バラマキ計画を積み増すことではない。官民ファンドの根拠法を大胆に見直し、政治から一定の距離を保ったガバナンスへ改めることであり、多様な民間資金が果敢に挑戦できるよう、金融制度を含めた法制度改革へ踏み込むことである。失敗を許容し、その代わり成功を最大限に生かす仕組みを築かなければ、第二、第三のクールジャパン機構は必ず生まれる。もし政権がこの難局を真に乗り越えようと欲するなら、組織の統廃合や耳ざわりの良い数字の羅列で茶を濁すのではなく、権限委譲と法制度改革という荒療治に踏み込むほか道はあるまい。さもなければ、この370兆円構想もまた、「令和版クールジャパン」として歴史に湿った笑いを残すのが関の山であろう。