女性大臣登用の“数と象徴”2025年10月23日

女性大臣登用の“数と象徴”
自民党の高市早苗氏が、ついに憲政史上初の女性首相に就任した。
だが、組閣の顔ぶれを見て「女性登用に本気か?」と眉をひそめる向きも少なくない。女性閣僚は、片山さつき財務相と小野田紀美経済安保担当相のわずか2人。過去最多5人を起用した岸田内閣からは一転、数字だけ見れば“逆行”に映る。そんな批判の声をよそに、BS日テレ「深層NEWS」で石原氏が放った一言が話題を呼んだ。「本人が女性ですから! 10人いても総理1人には勝てないんじゃないですか?」軽口のようでいて、妙に核心を突いている。確かに「数」だけを競う登用は本末転倒だ。閣僚は能力で選ぶ――それが政治の原則である。

とはいえ、現実を見れば話はそう単純でもない。2025年現在、国会議員に占める女性比率は19.0%。この比率を閣僚構成にもある程度反映させるべきだという声は根強い。振り返れば、鳩山政権時代(2009年)の女性閣僚は2人、当時の国会女性比率はわずか7%。安倍政権の2014年改造内閣では女性6人を起用し、“30%時代”の先駆けとなった。岸田政権も2023年改造で6人に達し、バランスを重視する姿勢を見せた。一方、菅・石破・高市と続く近年の政権は2〜3人止まり。国会の比率に照らせば、やや物足りない数字である。高市内閣も首相を含めてようやく16%弱。統計的には“及第点ギリギリ”といったところだ。

しかし今回の高市内閣には、「数」ではなく「配置」で勝負をかけた意図が見える。財務省と経済安保、いずれも国家の中枢であり、“花形”よりも“重責”の象徴である。財務省は国家財政を握る要のポスト、経済安保は外交・技術・資源が絡む総合戦略の司令塔。そこに女性を据えた意味は大きい。単なる象徴ではなく、構造そのものに切り込む布陣なのだ。

もっとも、皮肉なことに首相自身は“閣僚数”の統計には含まれない。首相は閣僚の任命者という扱いで、制度上は別枠だからだ。だが、象徴性という観点で言えば「女性首相ひとり=女性閣僚十人分」のインパクトがある。石原氏の冗談まじりの一言は、案外、直感的な真理を突いていたのかもしれない。ただし、象徴だけでは社会は変わらない。女性議員の絶対数を増やし、登用ポストの裾野を広げなければ、構造改革には至らない。「数か質か」「象徴か構造か」――この二項対立を超えるには、能力主義を前提にしながら、国会構成に見合った登用を制度として設計するしかない。

高市首相が切り開いた“女性が重責を担う時代”は、まだ序章にすぎない。本当に問われるのは、彼女自身、そして新たに登用された女性閣僚たちが、国益にふさわしい働きを見せられるかどうかである。“ガラスの天井”を突き破ったその先に広がるのは、喝采ではなく、静かな実力主義の世界だ。もはや女性大臣は「内閣に花を添える存在」ではない。彼女たちが手にしたのは、花ではなく責任。その重みを、これから問われることになる。

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