中革連の倫理観2026年09月15日

政党交付金と中革連の倫理観
政党交付金という制度は、政治資金の透明化と健全な政党活動を支えるために導入されたはずである。ところが現実には、政治家たちが制度のルールを読み込み、「どうすれば交付金を維持できるか」という知恵比べをしているようにも見える。税金を原資とする制度が、いつの間にか政治的な錬金術の舞台になっているのだから、何とも皮肉な話である。

問題は、政党交付金の制度が、政党の実態と必ずしも結び付いていないことだ。政党助成法では、所属議員が1人だけになっても、政党としての存続要件を満たせば交付金を受け取る余地がある。活動実態がほとんど失われても、形式的に党を維持することで巨額の公金を受け取れる仕組みなのである。今回の中道改革連合をめぐる動きは、その問題を浮き彫りにした。2026年2月の衆院選を受けて年間約23億円の交付金が算定され分割して交付されている。議員1人を残して党を存続させれば、残る約11億円の交付金が交付される。

中革連の代表である小川氏がそのまま残り、残務処理を担うのであれば、少なくとも代表としての責任を引き受ける姿勢は示せただろう。ところが本人はさっさと新党の代表に就任し、中革連の組織委員長だった渡辺議員を「残務処理には適任」と一人残した。これでは、選挙で生じた借金や交付金の処理を他人に任せ、自らは新党へ移ったように見られても仕方がない。一人政党による交付金の受け取りは現行法には違反していないという。だが、党の責任者が残務処理を他人に委ねるのであれば、その姿勢は無責任だと受け取られても仕方がない。問題は、政治家としての責任をどう果たすのか、ということなのである。

そして、ここから少々奇妙な「人質劇」が始まる。政党が選挙で負った借金を返済するには、政党交付金が重要な財源になる。小川淳也氏も、選挙に伴う借金の返済には交付金が必要だという趣旨の説明をしている。もちろん、借金を返すこと自体は当然だろう。しかし、その返済資金を確保するために党を維持することが重要になるなら、政党の存続と交付金の受給が結びつく。「借金返済のために党を残す」という構図が生まれれば、選挙でできた借金を人質に、政党交付金をめぐる人質劇が演じられることになる。

だからこそ、政党交付金の制度設計そのものを見直す必要があるのではないか。一つの方法は、年初や選挙時点だけでなく、実際に交付金を支払う各期の基準日における所属議員数を反映させることだ。そうすれば、選挙後に政党の構成が大きく変わった場合にも、現在の実態をより速やかに交付額へ反映できる。政党交付金は政党を支えるための制度であって、選挙でできた借金を人質に、政党の存続まで支える制度ではないはずだ。