七十九回目の憲法記念日 ― 2026年05月06日
七十九回目の憲法記念日である。テレビをつければ、盆や暮れの親戚集まりのように、見慣れた顔ぶれが並んでいる。そして、例によって「最近は状況が変わったから、そろそろ憲法を…」「いやいや平和憲法の価値は変えなかったことに…」という、あの聞き飽きたお題目が唱えられる。だが、私はこの「最近」という言葉が、どうにも喉に引っかかった小骨のように気になるのだ。最近とはいつのことか。昨日の昼飯のことか、それとも昭和が幕を閉じたあの頃か。人によって「最近」の幅があまりに広すぎて、議論のピントがちっとも合わない。
そもそも、戦後で最も劇的に「最近」が変わった瞬間は、1952年の独立回復の時だったはずだ。占領下の憲法に軍備も交戦権もないのは、まあ当たり前の話である。管理されている身分で「拳」を振り回すわけにはいかない。問題は、主権を取り戻して「今日から一本立ちだ」という段になっても、その不自由な条文をそのまま後生大事に抱え込んだことにある。9条2項という、いわば「占領期のギプス」を外さぬまま、今日まで歩き続けてしまった。ここに、日本の安全保障の奇妙な「ねじれ」の正体がある。
おまけに、そのギプスに後から「平和憲法」なんていう、いかにも耳ざわりのいい名前をつけてしまったものだから、事態はややこしくなった。本来は「制度の不備」だったものが、いつの間にか「崇高な理念」へと出世してしまったのだ。名前というのは恐ろしい。一度「平和」というラベルを貼られたら、中身を点検することさえ「悪」のように見えてしまう。
現実はどうか。日本の平和は、条文の理念によって守られてきたというより、むしろ在日米軍基地という「外付けの抑止力」にどっぷりと依存してきた。家の中のルールは立派だが、戸締まりは隣のボディーガードに任せきり、というわけだ。一方で国内では「自衛隊」という、どう見ても実力を持った組織が育っていく。しかし、建前上は「戦力ではない」「最小限の自衛は交戦ではない」と言い張らなきゃならない。こうして「戦力ではない戦力」「交戦ではない自衛」という、禅問答のような概念が積み重なり、現実だけがどんどん先に走っていく。役人は前例を金科玉条とし、政治は選挙が怖くて大ナタを振るわない。一時しのぎの「とりあえず」が、気がつけば半世紀を超える「常態」になってしまった。
だから、今さら「最近の情勢変化」を理由に改憲を説くのは、どうにも時間軸が歪んでいる気がしてならない。一番大きな「曲がり角」だった独立回復の時点をスルーして、後からの変化だけを並べ立てても、ボタンの掛け違えは治らない。結局のところ、問題は「状況が変わったかどうか」ではないのだ。「一番変わるべき時に、制度を整えなかった」――その一点に尽きる。この順序を取り違えたまま議論の山を築いても、現実との乖離は深まるばかりである。そのツケは、結局は誰も責任を取らない形で、私たちに回ってくる。
そもそも、戦後で最も劇的に「最近」が変わった瞬間は、1952年の独立回復の時だったはずだ。占領下の憲法に軍備も交戦権もないのは、まあ当たり前の話である。管理されている身分で「拳」を振り回すわけにはいかない。問題は、主権を取り戻して「今日から一本立ちだ」という段になっても、その不自由な条文をそのまま後生大事に抱え込んだことにある。9条2項という、いわば「占領期のギプス」を外さぬまま、今日まで歩き続けてしまった。ここに、日本の安全保障の奇妙な「ねじれ」の正体がある。
おまけに、そのギプスに後から「平和憲法」なんていう、いかにも耳ざわりのいい名前をつけてしまったものだから、事態はややこしくなった。本来は「制度の不備」だったものが、いつの間にか「崇高な理念」へと出世してしまったのだ。名前というのは恐ろしい。一度「平和」というラベルを貼られたら、中身を点検することさえ「悪」のように見えてしまう。
現実はどうか。日本の平和は、条文の理念によって守られてきたというより、むしろ在日米軍基地という「外付けの抑止力」にどっぷりと依存してきた。家の中のルールは立派だが、戸締まりは隣のボディーガードに任せきり、というわけだ。一方で国内では「自衛隊」という、どう見ても実力を持った組織が育っていく。しかし、建前上は「戦力ではない」「最小限の自衛は交戦ではない」と言い張らなきゃならない。こうして「戦力ではない戦力」「交戦ではない自衛」という、禅問答のような概念が積み重なり、現実だけがどんどん先に走っていく。役人は前例を金科玉条とし、政治は選挙が怖くて大ナタを振るわない。一時しのぎの「とりあえず」が、気がつけば半世紀を超える「常態」になってしまった。
だから、今さら「最近の情勢変化」を理由に改憲を説くのは、どうにも時間軸が歪んでいる気がしてならない。一番大きな「曲がり角」だった独立回復の時点をスルーして、後からの変化だけを並べ立てても、ボタンの掛け違えは治らない。結局のところ、問題は「状況が変わったかどうか」ではないのだ。「一番変わるべき時に、制度を整えなかった」――その一点に尽きる。この順序を取り違えたまま議論の山を築いても、現実との乖離は深まるばかりである。そのツケは、結局は誰も責任を取らない形で、私たちに回ってくる。