浮気の結果(イラン戦争) ― 2026年04月26日
旦那(イラン)が浮気(核濃縮)を始めたのは、もうずいぶん昔のことらしい。らしい、というのは、この手の話はだいたい最初がぼやけているからである。気がつくともうやっている。「ただの知り合い(平和利用)だよ」と言い張る顔つきが、もうすでに“ただの知り合い”ではない。台所で包丁を握っている妻(米国)が、じっと見ている。「本当に?」と一言だけ聞く。この一言が、だいたい効かない。旦那は「誤解だよ」と笑う。誤解で済む顔ではないのだが、本人はそのつもりらしい。
しかもこの旦那、癖が悪い。妻の友達(イスラエル)が大嫌いなのである。嫌いなら近づかなければいいのに、わざわざ近所をうろついては自分の子分(ハマス・ヒズボラ)にけしかけて石を投げさせる。投げる方もどうかしているが、受ける方も慣れているから始末が悪い。「また来たわよ」と友達から電話が入る。妻はため息をつく。旦那は「俺は悪くない」と言う。この手の「俺は悪くない」は、だいたい悪い。
町内会(国際社会)も事情はよく知っている。「あの家はなあ……」と回覧板のついでに噂になる。問題は、ただの夫婦げんかでは済まない点だ。旦那の浮気相手(核開発)はどうにも物騒で、どこの家の屋根に火の粉が飛ぶかわからない。だから誰も笑えない。犬も食わぬどころか、犬が真っ先に逃げ出す。
さて、昨年である。ついに妻の堪忍袋の緒が切れた。切れるとどうなるか。家中のタンスが開く。押し入れがひっくり返る。床下収納まで開く。そこへ友達を連れてくるのだから、これはもう大掃除ではなく家宅捜索である。旦那は「やめろ」と言うが、止まらない。茶碗は割れ、箪笥は軋み、床板は破壊され、近所は戸を閉める。
ところがである。ひっくり返したはずなのに、浮気相手は案外しぶとい。「ほぼ無傷だ」と友達が妻に言う。これを聞いた妻が黙っているわけがない。「まだ足りないのね」となる。追撃である。旦那は逆ギレする。ミサイルだのドローンだの、家庭内の道具ではないものを持ち出して、関係ないお隣に飛んでくる。玄関(ホルムズ海峡)にも物を積み上げ、「通るな」とやる。近所の商店は「商売あがったりだ」とぼやく。
三月半ばともなると、家の中はほとんど戦場である。怒号が飛び、家具が倒れ、話し合いという言葉がどこかへ行く。「証拠はある」「誤解だ」「いやある」「ない」。堂々巡りとはこのことである。近所は壁越しに聞きながら、「もう少し静かにできんのか」と思うが、巻き込まれるのが嫌なので黙っている。
そこで登場するのが、親戚のおじさん(パキスタン)だ。「まあまあ」と言いながら座敷を整える。座布団を並べ、湯気の立つ茶を用意する。この段取りの良さが、いかにもおじさんである。イスラマバードのホテルというのは、要するにそういう座敷だ。
四月。ようやく二人が座る。ここまではいい。実にいい。ところが箸を持ったところで、旦那が妙なことを言い出す。「お前、あの友達と付き合うな」「暴れたことも謝れ」。妻が箸を落とす音がする。これはいい音ではない。「なぜ私が?」と聞く。旦那は続ける。「他の友達とも距離を置け」。つまり、自分の浮気の話をしている最中に、妻の交友関係を制限しようとするのである。筋が通らない。通らないものは通らない。
妻は怒る。怒るとどうなるか。財布が閉まる。「あなたの仲間との付き合いも全部止めるわ」。資金は止まり、物資は止まり、道は細くなる。いわゆる兵糧攻めである。旦那は「なんで俺の財布が」と言うが、理由はさっき自分で作った。因果応報とはこういう形で来る。
せっかくの座敷はそのまま残る。茶は冷める。おじさんは肩をすくめる。「いつでも来なさい」と言うが、来ないものは来ない。四月二十四日、旦那側がようやく靴を揃えるが、妻が玄関に出てくるかどうかはわからない。夫婦げんかは続く。近所は回覧板を回しながら、「いっそ家ごと建て替えた方が早いんじゃないかね」と小声で言う。もっとも、その建て替えが一番難しいのも、この家の特徴なのである。
しかもこの旦那、癖が悪い。妻の友達(イスラエル)が大嫌いなのである。嫌いなら近づかなければいいのに、わざわざ近所をうろついては自分の子分(ハマス・ヒズボラ)にけしかけて石を投げさせる。投げる方もどうかしているが、受ける方も慣れているから始末が悪い。「また来たわよ」と友達から電話が入る。妻はため息をつく。旦那は「俺は悪くない」と言う。この手の「俺は悪くない」は、だいたい悪い。
町内会(国際社会)も事情はよく知っている。「あの家はなあ……」と回覧板のついでに噂になる。問題は、ただの夫婦げんかでは済まない点だ。旦那の浮気相手(核開発)はどうにも物騒で、どこの家の屋根に火の粉が飛ぶかわからない。だから誰も笑えない。犬も食わぬどころか、犬が真っ先に逃げ出す。
さて、昨年である。ついに妻の堪忍袋の緒が切れた。切れるとどうなるか。家中のタンスが開く。押し入れがひっくり返る。床下収納まで開く。そこへ友達を連れてくるのだから、これはもう大掃除ではなく家宅捜索である。旦那は「やめろ」と言うが、止まらない。茶碗は割れ、箪笥は軋み、床板は破壊され、近所は戸を閉める。
ところがである。ひっくり返したはずなのに、浮気相手は案外しぶとい。「ほぼ無傷だ」と友達が妻に言う。これを聞いた妻が黙っているわけがない。「まだ足りないのね」となる。追撃である。旦那は逆ギレする。ミサイルだのドローンだの、家庭内の道具ではないものを持ち出して、関係ないお隣に飛んでくる。玄関(ホルムズ海峡)にも物を積み上げ、「通るな」とやる。近所の商店は「商売あがったりだ」とぼやく。
三月半ばともなると、家の中はほとんど戦場である。怒号が飛び、家具が倒れ、話し合いという言葉がどこかへ行く。「証拠はある」「誤解だ」「いやある」「ない」。堂々巡りとはこのことである。近所は壁越しに聞きながら、「もう少し静かにできんのか」と思うが、巻き込まれるのが嫌なので黙っている。
そこで登場するのが、親戚のおじさん(パキスタン)だ。「まあまあ」と言いながら座敷を整える。座布団を並べ、湯気の立つ茶を用意する。この段取りの良さが、いかにもおじさんである。イスラマバードのホテルというのは、要するにそういう座敷だ。
四月。ようやく二人が座る。ここまではいい。実にいい。ところが箸を持ったところで、旦那が妙なことを言い出す。「お前、あの友達と付き合うな」「暴れたことも謝れ」。妻が箸を落とす音がする。これはいい音ではない。「なぜ私が?」と聞く。旦那は続ける。「他の友達とも距離を置け」。つまり、自分の浮気の話をしている最中に、妻の交友関係を制限しようとするのである。筋が通らない。通らないものは通らない。
妻は怒る。怒るとどうなるか。財布が閉まる。「あなたの仲間との付き合いも全部止めるわ」。資金は止まり、物資は止まり、道は細くなる。いわゆる兵糧攻めである。旦那は「なんで俺の財布が」と言うが、理由はさっき自分で作った。因果応報とはこういう形で来る。
せっかくの座敷はそのまま残る。茶は冷める。おじさんは肩をすくめる。「いつでも来なさい」と言うが、来ないものは来ない。四月二十四日、旦那側がようやく靴を揃えるが、妻が玄関に出てくるかどうかはわからない。夫婦げんかは続く。近所は回覧板を回しながら、「いっそ家ごと建て替えた方が早いんじゃないかね」と小声で言う。もっとも、その建て替えが一番難しいのも、この家の特徴なのである。