争う気はなかった性的暴行裁判 ― 2026年10月30日
2018年9月。当時大阪地検検事正だった北川健太郎被告が、酒に酔った部下の女性検事に性的暴行を加えたとして後に告発された。2024年に逮捕・起訴され、同年10月の初公判では起訴事実を認め、「争うことはしない」と述べて謝罪した。ところが、その二か月後に一転して無罪主張へ転換する。さらに約二年の中断を経て開かれた2026年10月の第二回公判では、「被害者は抗拒不能状態ではなかった」「同意があった」と全面的に争う姿勢を示した。弁護側は、当初は検察組織に迷惑をかけたくなかったため争わなかったが、その後の組織批判を見て方針を改めたと説明している。
無罪を主張すること自体は何もおかしくない。裁判で争う権利は誰にでもある。問題は、その説明をしている被告が元検事正だという点である。何十年も取り調べ室で他人の供述を聞き、話が変われば理由を問い、説明が曖昧なら追及してきた職業人だ。その人物が、最初は「争わない」と言い、二年後には「争う」と言う。そして、その理由として語ったのが「組織への償いだった」「組織批判を見て考え直した」である。聞いているうちに、事件の説明を聞いているのか、酔っぱらいの反省を聞いているのか分からなくなってくる。
そもそも妙だったのは「争うことはしない」という言葉である。普通の人は、やったなら「やりました」、やっていないなら「やっていません」と言う。ところが世の中には第三の言い方があるらしい。「争うことはしない」である。認めているようでいて、どこか認め切っていない。ラーメン屋で「大盛りにしますか」と聞かれて、「大盛りであることは争いません」と答えるようなものである。店員は困る。だから結局、大盛りなのか違うのか。法律の世界には独特の表現があるのだろうが、それを口にしたのが言葉の効果を熟知した元検事正であると思うと、何とも言えない引っ掛かりが残る。
どこかで聞いた話だと思った。叱られた子供の言い訳によく似ているのである。ガラスを割った子供が最初は「ごめんなさい」と頭を下げていた。ところが数日後になって、「実は僕は割っていません」と言い出す。理由を聞くと、「最初は黙っていようと思いました。でも家族まで僕と同じだと言われ始めたので、本当のことを話そうと思いました」と説明する。聞いている大人は困る。いやいや、家族の話ではない。ガラスである。最初から最後までガラスの話をしているのである。割ったのか割っていないのか。それだけを聞いているのに、話題がいつの間にか一家の名誉へ移っている。
今回の説明も同じ構造に見える。組織が批判されたことと、事件の事実関係は本来別問題である。無罪なら最初から無罪を主張すればよい。有罪なら組織への批判とは関係なく責任を負えばよい。ところが話は、「同意があったのか」「抗拒不能状態だったのか」という本来の論点から離れ、「組織への償いだった」「組織批判を見て考え直した」という説明へ移っていく。組織を守るために争わなかったという話は、なぜ争わなかったのかの説明にはなっても、なぜ無罪なのかの説明にはならない。ところが肝心の部分が見えてこない。聞いている側は、事件の説明を聞いているのか、決意表明を聞いているのか分からなくなってくる。
さらに妙なのは、この説明を最も厳しく追及できる人物が、説明している本人だということである。もし被告席と検察官席を入れ替えたらどうなるか。「当時はこう考えていました」「後から考えが変わりました」と被疑者が供述した瞬間、元検事正は必ず聞くだろう。「それを裏付ける客観的根拠は何ですか」「なぜ二年前には言わなかったのですか」「供述が変わった合理的理由は何ですか」と。そう問い続けるのが検察官の仕事だったはずである。裁判の結論は証拠によって決まる。有罪か無罪かは法廷が判断する。しかし世間が聞きたいのは心境の変遷ではない。「組織への思い」でもない。正しい弁明はただ一つである。無実だというなら、その根拠は何なのか。その問いの重みを、本来誰よりも知っているはずなのが、ほかならぬ元検事正自身なのである。
無罪を主張すること自体は何もおかしくない。裁判で争う権利は誰にでもある。問題は、その説明をしている被告が元検事正だという点である。何十年も取り調べ室で他人の供述を聞き、話が変われば理由を問い、説明が曖昧なら追及してきた職業人だ。その人物が、最初は「争わない」と言い、二年後には「争う」と言う。そして、その理由として語ったのが「組織への償いだった」「組織批判を見て考え直した」である。聞いているうちに、事件の説明を聞いているのか、酔っぱらいの反省を聞いているのか分からなくなってくる。
そもそも妙だったのは「争うことはしない」という言葉である。普通の人は、やったなら「やりました」、やっていないなら「やっていません」と言う。ところが世の中には第三の言い方があるらしい。「争うことはしない」である。認めているようでいて、どこか認め切っていない。ラーメン屋で「大盛りにしますか」と聞かれて、「大盛りであることは争いません」と答えるようなものである。店員は困る。だから結局、大盛りなのか違うのか。法律の世界には独特の表現があるのだろうが、それを口にしたのが言葉の効果を熟知した元検事正であると思うと、何とも言えない引っ掛かりが残る。
どこかで聞いた話だと思った。叱られた子供の言い訳によく似ているのである。ガラスを割った子供が最初は「ごめんなさい」と頭を下げていた。ところが数日後になって、「実は僕は割っていません」と言い出す。理由を聞くと、「最初は黙っていようと思いました。でも家族まで僕と同じだと言われ始めたので、本当のことを話そうと思いました」と説明する。聞いている大人は困る。いやいや、家族の話ではない。ガラスである。最初から最後までガラスの話をしているのである。割ったのか割っていないのか。それだけを聞いているのに、話題がいつの間にか一家の名誉へ移っている。
今回の説明も同じ構造に見える。組織が批判されたことと、事件の事実関係は本来別問題である。無罪なら最初から無罪を主張すればよい。有罪なら組織への批判とは関係なく責任を負えばよい。ところが話は、「同意があったのか」「抗拒不能状態だったのか」という本来の論点から離れ、「組織への償いだった」「組織批判を見て考え直した」という説明へ移っていく。組織を守るために争わなかったという話は、なぜ争わなかったのかの説明にはなっても、なぜ無罪なのかの説明にはならない。ところが肝心の部分が見えてこない。聞いている側は、事件の説明を聞いているのか、決意表明を聞いているのか分からなくなってくる。
さらに妙なのは、この説明を最も厳しく追及できる人物が、説明している本人だということである。もし被告席と検察官席を入れ替えたらどうなるか。「当時はこう考えていました」「後から考えが変わりました」と被疑者が供述した瞬間、元検事正は必ず聞くだろう。「それを裏付ける客観的根拠は何ですか」「なぜ二年前には言わなかったのですか」「供述が変わった合理的理由は何ですか」と。そう問い続けるのが検察官の仕事だったはずである。裁判の結論は証拠によって決まる。有罪か無罪かは法廷が判断する。しかし世間が聞きたいのは心境の変遷ではない。「組織への思い」でもない。正しい弁明はただ一つである。無実だというなら、その根拠は何なのか。その問いの重みを、本来誰よりも知っているはずなのが、ほかならぬ元検事正自身なのである。