議論の季節は過ぎた2026年07月22日

温暖化シュートの守護神SMR
【昨日の続き】
北極海の海氷は、冷凍庫のコンセントを抜いた翌朝の氷みたいに、静かに、しかし確実に消えていく。しかも、いま失われつつある分は2050年前後には夏のあいだほとんど姿を消し、その欠損は簡単には戻らないと予測されている。これは複数の気候モデルが淡々と示す物理的な帰結である。氷が減れば黒い海面が太陽熱を吸収し、さらに氷を融かす。この「正のフィードバック」がいったん作動した以上、温暖化は自分で自分の勢いを増しながら進む。北極海の現実は、もはや温暖化を「止められるかどうか」ではなく、「どれだけ悪化を遅らせられるか」という段階に入ったことを告げている。

それなのに、議論はいまだに原因論をぐるぐる回っている。自然変動か、人間活動か──科学的にはもう大きな方向性は出ているのに、同じ議論が繰り返される。火事の家の前で「出火原因は何だったのか」と討論しているようなものだ。もちろん原因究明は大事だが、家が燃えている最中なら、まずホースを持つのが先である。人類が直接操作できる最大の気候のレバーはCO₂排出であり、太陽活動や海洋循環を人間の都合でいじることはできない。

では、排出を減らしながら増え続ける電力需要をどう支えるか。都市の冷房は年々強まり、AIやデータセンターは昼夜を問わず電力を食べ、半導体工場は一瞬の停電も許さない。文明社会に必要なのは、「作れる時だけ」の電気ではなく、「必要な時に、必要な量を」毎日きっちり供給できる電気である。太陽光や風力は大事な低炭素電源だが、変動を補うには送電網や蓄電設備、調整電源への投資が欠かせず、再エネが増えるほどバックアップ電源も必要になる。

高効率火力やCO₂回収技術(CCS)は排出削減に一定の役割を果たすが、短期間で大量排出をゼロに近づける決定打にはならない。燃え広がる火事に向かって「昨日より少しだけ油を減らしました」と説明しているようなもので、それだけでは火は消えない。文明を支えるベースロード電源は原子力しかないが、原子力にも量の限界がある。SMR(小型モジュール炉)を増やすにしても、核燃料にもサプライチェーンにも人材にも上限があり、最大限努力しても電力需要のすべてを担うことは難しい。

十数年の原発停止のあいだに、燃料加工、部材製造、品質保証、検査、建設、運転──これらを支える産業基盤は痩せ細り、熟練した技術者も減った。原子力は、炉を建てれば翌日から動く産業ではない。広範な企業群と長年培われた技能の積み重ねによって初めて成り立つ産業である。失われたのは設備ではなく、「産業を支える時間」だった。量産化を前提とするSMRであればなおさら、サプライチェーンと人材の再構築なしに普及はあり得ない。

北極海に回復の限界があるように、電力産業にも再構築の限界がある。どちらにも共通する最大の制約は「時間」である。だから、自然変動か人間活動か、原発か再エネか──そんな不毛な二者択一を繰り返している余裕はない。必要なのは、限られた時間の中で現実に積み上げられる最適解である。火事の家の前で「そろそろ消火活動を始めましょうか」と相談している人はいない。物理法則は政治日程も選挙も待たない。そして、人材だけは予算を積んでも明日には育たない。失われた時間は取り戻せない。その現実こそが、いま文明が直面している最大の制約なのである。
【議論の季節は過ぎた…】