新型ロケット打ち上げ失敗2025年12月24日

新型ロケット打ち上げ失敗
日本の新型主力ロケット「H3」8号機は、準天頂衛星「みちびき5号機」を搭載し、青空の中、種子島宇宙センターから打ち上げられた。1段目の燃焼、分離までは予定通り。良かった良かったと胸をなでおろしていると、中継中の管制画面に異変。ロケットの軌道が太線で描かれなくなった。おかしいなぁと訝っていると、第2段エンジンが予定より早く燃焼を停止したとのアナウンス。文部科学省は、衛星は所定の軌道へと到達できず「打ち上げ失敗」と公式に認め、JAXAも対策本部を設置。H3はまたしても“壁”にぶつかった。

今回の異常は、第2段液体水素タンクの圧力低下により、2回目の燃焼が正常に立ち上がらず、エンジンが早期停止したことが直接の要因とされている。その結果、衛星は本来投入されるべき準天頂軌道に必要な高度と速度を獲得できなかった。軌道投入とは、単に「宇宙空間に放り出す」ことではない。高度数万キロ級の軌道へ向かうには、秒速約10キロ前後という精密な速度条件を満たす必要があり、わずかな不足でも衛星は地球に引き戻されるか、使い物にならない漂流体となる。

今回のみちびき5号機も、目標とする軌道高度に届かず、周回速度も不足したとみられる。高度が足りなければ軌道は楕円となり、速度が不足すれば地球重力に抗しきれない。ロケットにとって、第2段の再着火は「仕上げの一撃」であり、ここでの数十秒、数百メートル毎秒の誤差が成否を分ける。H3は、その最も繊細な局面でつまずいた。

しかもH3は、1号機でも第2段の点火失敗を経験している。同系統で再び問題が起きた事実は重い。偶発的な部品不良というより、設計思想、運用条件、あるいは冗長性の考え方そのものに、再検証すべき点が残っている可能性を示唆する。

ただし、ここで語られるべき本質は「日本の技術力低下」ではない。今回、露わになったのは液体水素ロケットという、人類が扱う中でも最難関級の技術の現実だ。液体水素はマイナス253度という極低温で管理され、タンク圧力、温度、流量、バルブ制御が完璧に連動して初めて安定燃焼が成立する。世界を見ても、液体水素を主推進に使い続けられる国は限られ、成功国ですら「ぎりぎりの均衡」の上で打ち上げを行っている。

アメリカのSLSやデルタIVは、水素漏れや圧力異常で打ち上げ延期を繰り返してきた。欧州のアリアン5も、初期は連続失敗で「信頼できないロケット」の烙印を押されかけた。液体水素ロケットとは、成功率が高く見えても、その裏で常に破綻のリスクを抱える技術なのである。H3の失敗だけを切り取って、日本だけが遅れているかのように論じるのは、国際的な文脈を欠いた見方だ。

一方で、日本が抱える構造的な弱点も見逃せない。それが経験数の差である。アメリカはスペースシャトルやデルタIVで180回以上、欧州はアリアン5で110回以上の液体水素ロケット運用実績を積み上げてきた。対して日本は、H-IIA、H-IIB、H3を合わせても約55回にとどまる。打ち上げ経験の蓄積は、トラブルの洗い出しと対策の精度を決定的に左右する。新型機が初期トラブルを繰り返すのは、国際的にはむしろ「想定内」の現象なのだ。

H-IIAが世界最高水準の成功率を誇ったのも、初期から完璧だったからではない。長年、数を打ち、失敗と改修を重ねて成熟した結果にすぎない。H3も同じ道を歩めるかどうかは、技術力以上に、継続的に飛ばし続ける覚悟があるかにかかっている。

今回の失敗は、準天頂衛星システムの整備計画や商業打ち上げ参入に影を落とすだろう。しかしそれは、日本の宇宙開発が終わったことを意味しない。限られた打ち上げ回数で高い成功率を築いてきた日本は、むしろ「技術効率の高い国」だった。H3の課題は、技術の欠如ではなく、新型機としての未成熟さにある。打ち上げ続けるしかない。

求められているのは、責任論でも精神論でもない。高度と速度を数値で突き詰め、失敗を設計に反映し、打ち上げ頻度を高めて経験を積むことだ。宇宙開発に魔法はない。H3は今、その冷徹な現実と正面から向き合っている。がんばれJAXA。