東海林風ラグビー椀チーム ― 2026年04月23日
ラグビーのリーグワンで、妙な規定ができたという。「義務教育を日本で六年以上受けていないと、日本出身扱いにはせぬ」……六年である。七年でもなく五年でもなく、六年。この「六年」という数字の、なんともいえない「どうだ、これなら文句あるまい」という役所的なドヤ顔はどうだろう。そうなると、日本で小学校を卒業すれば立派な「国産」として認められるということか。味噌汁を六年飲めば日本出身、七年飲んだらもう味噌汁博士。そんなことを考えながら食卓につくと、今朝の味噌汁が急に“国籍審査官”みたいな顔をしてこちらを睨んでいるような気がして、箸がすすまない。
そもそもラグビー日本代表は昔から多国籍チームなのである。ワールドカップのときなどは、メンバーの半分近くが海外出身者だった。だが彼らは日本代表だ。いわば日本料理店の厨房に、フランスの鍋とイタリアのフライパンと中華の中華鍋が全部そろっているようなもの。味噌汁の横でパスタが茹でられ、隣で麻婆豆腐がグツグツいっている。これぞワンチーム、いやわが家流にいえば「椀チーム」である。一つの椀の中に、世界が仲良くおさまっている。
ところが今回の規定は、この国際色豊かな厨房に突然「味噌汁は味噌の故郷で六年以上暮らした者に限る」という頑固な張り紙を貼るようなものだ。しかしちょっと待ってほしい。味噌汁の主役である大豆にしても多くは外国産ではないか。日本の食卓は千年前からワンチームだったのに、今さら「出身地」を気にし始めた。これには大豆だって戸惑うだろう。「あなたはブラジル出身だから、今日の朝食には出場できません」などと言われたら、納豆だって泣きだすに違いない。
世界を見渡せば、この“出身地問題”の扱いは実にさまざまだ。アメリカなどは「国籍があればアメリカ人」という、いわばサラダボウル方式で、マンゴーがいようがアボカドがいようが気にしない。「今日のサラダは国際会議だな」とドレッシングをドバドバかけて喜んでいる。中国はまた極端で、国家が厨房を丸ごと管理している。材料も調味料もすべて国家の倉庫から出てきて、帰化選手も国家戦略の一環、料理長は国家そのもの、味見すら国家検定といった具合だ。英国にいたってはもっとややこしい。あの狭い島の中に厨房が四つもあり、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド(ラグビーはアイルランド)がそれぞれ「うちの鍋が一番だ」と譲らない。だからサッカーもラグビーも「イギリス代表」なんてものは存在しない。無理に一つの鍋にまとめようものなら蓋が飛び、スコットランドの鍋が「イングランドの味付けはなっとらん」と怒りだし、ウェールズの鍋が「俺のネギを返せ」と暴れだすらしい。
こうして見ると、今回の「六年規定」は、日本のラグビー界が急に「材料の純度」にこだわり始めたようにも見える。だが考えてもみてほしい。味噌汁、豚汁、けんちん汁、粕汁――どれもこれも外国産の大豆や野菜が混ざり合い、熱々の汁の中でとろけ合い、毎朝しれっと「ニッポンの朝」を演出しているではないか。味噌汁の大豆がどこから来たかより、その味噌汁がちゃんと熱いかどうかのほうが、よほど大事だ。ラグビーも同じで、どこで義務教育を受けたかより、どれだけ日本のために身を挺して泥にまみれたか、その「熱さ」こそが胸を打つ。
ふうふうと、今朝の審査官を啜る。熱い。椀チーム。これでいいのだ。
そもそもラグビー日本代表は昔から多国籍チームなのである。ワールドカップのときなどは、メンバーの半分近くが海外出身者だった。だが彼らは日本代表だ。いわば日本料理店の厨房に、フランスの鍋とイタリアのフライパンと中華の中華鍋が全部そろっているようなもの。味噌汁の横でパスタが茹でられ、隣で麻婆豆腐がグツグツいっている。これぞワンチーム、いやわが家流にいえば「椀チーム」である。一つの椀の中に、世界が仲良くおさまっている。
ところが今回の規定は、この国際色豊かな厨房に突然「味噌汁は味噌の故郷で六年以上暮らした者に限る」という頑固な張り紙を貼るようなものだ。しかしちょっと待ってほしい。味噌汁の主役である大豆にしても多くは外国産ではないか。日本の食卓は千年前からワンチームだったのに、今さら「出身地」を気にし始めた。これには大豆だって戸惑うだろう。「あなたはブラジル出身だから、今日の朝食には出場できません」などと言われたら、納豆だって泣きだすに違いない。
世界を見渡せば、この“出身地問題”の扱いは実にさまざまだ。アメリカなどは「国籍があればアメリカ人」という、いわばサラダボウル方式で、マンゴーがいようがアボカドがいようが気にしない。「今日のサラダは国際会議だな」とドレッシングをドバドバかけて喜んでいる。中国はまた極端で、国家が厨房を丸ごと管理している。材料も調味料もすべて国家の倉庫から出てきて、帰化選手も国家戦略の一環、料理長は国家そのもの、味見すら国家検定といった具合だ。英国にいたってはもっとややこしい。あの狭い島の中に厨房が四つもあり、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド(ラグビーはアイルランド)がそれぞれ「うちの鍋が一番だ」と譲らない。だからサッカーもラグビーも「イギリス代表」なんてものは存在しない。無理に一つの鍋にまとめようものなら蓋が飛び、スコットランドの鍋が「イングランドの味付けはなっとらん」と怒りだし、ウェールズの鍋が「俺のネギを返せ」と暴れだすらしい。
こうして見ると、今回の「六年規定」は、日本のラグビー界が急に「材料の純度」にこだわり始めたようにも見える。だが考えてもみてほしい。味噌汁、豚汁、けんちん汁、粕汁――どれもこれも外国産の大豆や野菜が混ざり合い、熱々の汁の中でとろけ合い、毎朝しれっと「ニッポンの朝」を演出しているではないか。味噌汁の大豆がどこから来たかより、その味噌汁がちゃんと熱いかどうかのほうが、よほど大事だ。ラグビーも同じで、どこで義務教育を受けたかより、どれだけ日本のために身を挺して泥にまみれたか、その「熱さ」こそが胸を打つ。
ふうふうと、今朝の審査官を啜る。熱い。椀チーム。これでいいのだ。