東海林風うまいコメが喰いたい ― 2026年04月20日
スーパーの米売り場というのは、どうしてああ、いつも静かなんだろう。肉売り場はジュワジュワ、魚売り場はピチピチ、総菜売り場はガヤガヤしているのに、米売り場だけは妙に落ち着いている。袋がドンと積まれて、こちらを見ている。「わたしら、そんなに騒ぐほどのことじゃありませんよ」とでも言いたげだ。ところが最近、その静かな米売り場の外側で、業界とメディアが大騒ぎしている。「米価が下がった!」「在庫が増えた!」「大変だ!」まるで米袋が倉庫で泣き叫んでいるかのような報道ぶりである。しかし売り場の米袋たちは、どこ吹く風である。
特にブランド米。コシヒカリ、あきたこまち。この2つは売り場の真ん中で、どっしり腕組みしているような風格だ。値札を見ると、5キロ4000円台。平年の倍近い値段でも、眉ひとつ動かさない。「値下がり? ああ、あれはブレンド米の話でしょ」と、どっこい知らん顔である。一方、ブレンド米。こちらは売り場の手前で、ヤケクソ気味に値札をぶら下げている。「3000円割れたぞー」「特売だぞー」と、もってけドロボー風の声が聞こえてきそうだ。味も香りも控えめで、値段も下がりやすい。ちょっと需給が緩むと、すぐに値崩れしてしまう。「わたしら、代わりはいくらでもいますから……」とでも言っているようで、なんだか健気でもある。
しかし、ここで問題なのは、メディアがこの「2種類の米」をひとまとめにして報じてしまうことだ。「在庫が増えた」「米価が下がった」——いや、それはブレンド米の話であって、ブランド米はどっこい知らん顔である。そもそも米価というのは、在庫で決まるのではない。需要より供給が多ければ下がり、供給より重要が多ければ上がる。在庫はその「結果」であって「原因」ではない。ところがニュースは、在庫を原因のように扱う。「在庫が増えたから値下がりした」——いやいや、逆である。供給が多いから在庫が増え、値段が下がるのだ。
ブランド米は味が違う。香りが違う。粘りが違う。だから需要が減らない。だから値段も下がらない。だから在庫も増えない。だから業界がどれだけ騒いでも、知らん顔である。そして、ここで私は叫びたくなる。「わしは安いコシヒカリの熱々ご飯が欲しいのだ!」湯気の立つ白いご飯を、茶碗にこんもりよそって、そこに梅干しを1つ置いて、「うむ、これぞ日本の朝だ」と言いたい。しかし現実はどうだ。ブランド米は4000円台で仁王立ち。値下がりの気配など、どこにもない。
さらに言えば、「ブランド米をもっと植え付ければいいじゃないか」と思うのだが、これができない。なぜなら、もう苗床ができてしまっているからだ。米というのは、2〜3月に苗を作り、4〜5月に田植えをする。つまり、今さら「ブランド米を増やせ」と言っても、もう遅い。今年の供給はすでに決まっている。増やしたくても増やせない。この「供給の硬直性」こそが、ブランド米の値段を支えている。
米売り場を歩いていると、ブレンド米が「わたし、値下げしました……」としょんぼりしている横で、ブランド米が「人生塞翁が馬」とでも言いたげな顔をしている。同じ米袋なのに、こうも態度が違うのかと感心してしまう。結局のところ、今回の「米価下落騒動」は、「米が下がった」のではなく、「ブレンド米が下がった」だけの話である。ブランド米はどっこい知らん顔で、4000円近辺にどっしり腰を据えている。そして、在庫ばかりを報じて需給メカニズムを説明しないメディアこそ、この騒動のいちばんの「混乱の元凶」なのだ。
特にブランド米。コシヒカリ、あきたこまち。この2つは売り場の真ん中で、どっしり腕組みしているような風格だ。値札を見ると、5キロ4000円台。平年の倍近い値段でも、眉ひとつ動かさない。「値下がり? ああ、あれはブレンド米の話でしょ」と、どっこい知らん顔である。一方、ブレンド米。こちらは売り場の手前で、ヤケクソ気味に値札をぶら下げている。「3000円割れたぞー」「特売だぞー」と、もってけドロボー風の声が聞こえてきそうだ。味も香りも控えめで、値段も下がりやすい。ちょっと需給が緩むと、すぐに値崩れしてしまう。「わたしら、代わりはいくらでもいますから……」とでも言っているようで、なんだか健気でもある。
しかし、ここで問題なのは、メディアがこの「2種類の米」をひとまとめにして報じてしまうことだ。「在庫が増えた」「米価が下がった」——いや、それはブレンド米の話であって、ブランド米はどっこい知らん顔である。そもそも米価というのは、在庫で決まるのではない。需要より供給が多ければ下がり、供給より重要が多ければ上がる。在庫はその「結果」であって「原因」ではない。ところがニュースは、在庫を原因のように扱う。「在庫が増えたから値下がりした」——いやいや、逆である。供給が多いから在庫が増え、値段が下がるのだ。
ブランド米は味が違う。香りが違う。粘りが違う。だから需要が減らない。だから値段も下がらない。だから在庫も増えない。だから業界がどれだけ騒いでも、知らん顔である。そして、ここで私は叫びたくなる。「わしは安いコシヒカリの熱々ご飯が欲しいのだ!」湯気の立つ白いご飯を、茶碗にこんもりよそって、そこに梅干しを1つ置いて、「うむ、これぞ日本の朝だ」と言いたい。しかし現実はどうだ。ブランド米は4000円台で仁王立ち。値下がりの気配など、どこにもない。
さらに言えば、「ブランド米をもっと植え付ければいいじゃないか」と思うのだが、これができない。なぜなら、もう苗床ができてしまっているからだ。米というのは、2〜3月に苗を作り、4〜5月に田植えをする。つまり、今さら「ブランド米を増やせ」と言っても、もう遅い。今年の供給はすでに決まっている。増やしたくても増やせない。この「供給の硬直性」こそが、ブランド米の値段を支えている。
米売り場を歩いていると、ブレンド米が「わたし、値下げしました……」としょんぼりしている横で、ブランド米が「人生塞翁が馬」とでも言いたげな顔をしている。同じ米袋なのに、こうも態度が違うのかと感心してしまう。結局のところ、今回の「米価下落騒動」は、「米が下がった」のではなく、「ブレンド米が下がった」だけの話である。ブランド米はどっこい知らん顔で、4000円近辺にどっしり腰を据えている。そして、在庫ばかりを報じて需給メカニズムを説明しないメディアこそ、この騒動のいちばんの「混乱の元凶」なのだ。