個人情報保護法違反PTA名簿 ― 2026年05月18日
静岡市で、学校がPTAに名簿を渡していた──と聞くと、なんだか昔の町内会の回覧板みたいである。名前がぐるぐる回って、最後は誰の家にあるのかわからなくなる、あの感じだ。ところが今どきは、これが個人情報保護法に触れるらしい。時代というのは、ある日ふっと「それ、ダメです」と言い出すから油断がならない。市教委の調査では、20校で9200人分。同意なし。数字だけ見ると、なかなかの“大漁”である。だが現場の先生にしてみれば、「いや昨日まで普通にやってましたけど」という顔になるだろう。ここにすでに、話のズレがある。
このズレ、何に似ているかと考えると、自転車の歩道走行である。歩道は歩行者がいて気をつかうし、車道は車がビュンビュン来て怖い。だからつい歩道をそろそろ走る。誰もが一度はやっている。ところがある日、「はい違反です」と笛を吹かれる。こちらとしては、悪いことをしているつもりはなかったのに、急に“違反者”である。名簿の話も、どうもこの感じに近い。こういうときに元気になるのが、「どっちが悪いか」をすぐ決めたがる人たちだ。事情はどうでもいい、とにかく白黒つけたい。白か黒か、勝ちか負けか。おそらく判定が好きなのだろう。だが現場で動いている側からすると、「ちょっと待ってくれ」と言いたくなる。昨日までの善意が、今日から違反になるのだから、話が急すぎる。
PTAというのは教師と保護者の任意団体である。任意といいつつ、気がつくと半分くらい義務の顔をしている。役員はだいたい前任者のノートを引き継ぎ、「去年もこうだったから」で回していく。安全運転である。ここで「ちょっと変えませんか」と言うと、「じゃああなたがやってください」とくる。この一言、なかなかの切れ味で、たいていの人はここで黙る。校長先生も大変である。昔は地域の顔役みたいなところがあって、PTA顧問といえば「まあ一席どうぞ」という余裕もあった。ところが今は、書類、監査、説明責任と、机の上がどんどん高くなる。顔を上げるとまた書類が増えている。気がつけば「責任は重いが権限は軽い」という、なんとも不思議な立場である。
教育委員会はというと、ここでスッと法律を持ち出す。「これはダメです」と線を引く。たしかに間違ってはいないのだが、どうも話が早すぎる気もする。現場の「なぜこうなったか」は、その線の少し手前にある。結局のところ、学校とPTAと地域が、いちど腰を下ろして話すしかないのだろう。「なんとなく続いてきたこと」を、「これからどうするか」に変える作業である。面倒といえば面倒だが、やらないと、また同じことが別の形で起きる。
良いPTAというのは、不思議と人が集まる。頼まれていないのに手伝う人がいて、言わなくても話が通じる。そういう流れが一度できると、名簿がなくてもだいたい回る。逆に、形だけ残ると、何をやってもぎこちない。さて今回の件、違反は違反として、では明日からどうするのか。そこがいちばん難しい。笛を吹くのは簡単だが、自転車の行き先までは教えてくれない。ここから先は、誰かが少しずつ、様子を見ながら漕ぐしかないのである。
このズレ、何に似ているかと考えると、自転車の歩道走行である。歩道は歩行者がいて気をつかうし、車道は車がビュンビュン来て怖い。だからつい歩道をそろそろ走る。誰もが一度はやっている。ところがある日、「はい違反です」と笛を吹かれる。こちらとしては、悪いことをしているつもりはなかったのに、急に“違反者”である。名簿の話も、どうもこの感じに近い。こういうときに元気になるのが、「どっちが悪いか」をすぐ決めたがる人たちだ。事情はどうでもいい、とにかく白黒つけたい。白か黒か、勝ちか負けか。おそらく判定が好きなのだろう。だが現場で動いている側からすると、「ちょっと待ってくれ」と言いたくなる。昨日までの善意が、今日から違反になるのだから、話が急すぎる。
PTAというのは教師と保護者の任意団体である。任意といいつつ、気がつくと半分くらい義務の顔をしている。役員はだいたい前任者のノートを引き継ぎ、「去年もこうだったから」で回していく。安全運転である。ここで「ちょっと変えませんか」と言うと、「じゃああなたがやってください」とくる。この一言、なかなかの切れ味で、たいていの人はここで黙る。校長先生も大変である。昔は地域の顔役みたいなところがあって、PTA顧問といえば「まあ一席どうぞ」という余裕もあった。ところが今は、書類、監査、説明責任と、机の上がどんどん高くなる。顔を上げるとまた書類が増えている。気がつけば「責任は重いが権限は軽い」という、なんとも不思議な立場である。
教育委員会はというと、ここでスッと法律を持ち出す。「これはダメです」と線を引く。たしかに間違ってはいないのだが、どうも話が早すぎる気もする。現場の「なぜこうなったか」は、その線の少し手前にある。結局のところ、学校とPTAと地域が、いちど腰を下ろして話すしかないのだろう。「なんとなく続いてきたこと」を、「これからどうするか」に変える作業である。面倒といえば面倒だが、やらないと、また同じことが別の形で起きる。
良いPTAというのは、不思議と人が集まる。頼まれていないのに手伝う人がいて、言わなくても話が通じる。そういう流れが一度できると、名簿がなくてもだいたい回る。逆に、形だけ残ると、何をやってもぎこちない。さて今回の件、違反は違反として、では明日からどうするのか。そこがいちばん難しい。笛を吹くのは簡単だが、自転車の行き先までは教えてくれない。ここから先は、誰かが少しずつ、様子を見ながら漕ぐしかないのである。