「STAP細胞」騒動 ― 2026年05月23日
2014年の「STAP細胞」騒動というのは、科学の不正だの研究倫理だのと白衣の袖口みたいに清潔ぶった言葉で片づけられるような代物ではなかった。むしろ、科学の仮面をかぶった巨大な利権劇場、政治と学界が裏で糸を引きまくった平成最後の見世物小屋である。2024年にアメリカで関連特許が認められたと聞いた途端、「やっぱりあったんだ」と手のひら返しで騒ぎ出す世間も世間だが、特許と科学の再現性は別腹。国が実験で確かめないペーパー特許など知財戦略の空手形にすぎない。科学界の公式見解は今も「ES細胞の混入」。ただし、その混入がいつ誰の手でどんな都合で起きたのかという核心部分は、なぜか誰も触れたがらない。宴会で誰かが落とした財布を全員が見て見ぬふりしているような気味の悪さが漂っている。
この混入疑惑の流れがまた妙だ。若山教授は当初、「STAP細胞に使われたのは、うちのラボのES細胞ではない」と主張し、自らDNA解析を求めた。ところがフタを開けてみれば、解析結果は「STAP細胞とされたサンプルは、若山ラボで保管されていたES細胞株と一致します」というオチである。つまり、最初は「その包丁、うちのじゃない」と突っぱねておきながら、鑑識に回したら「やっぱりあなたの包丁でした」と返ってきた格好だ。それでも「自分が混入させたわけではない」とは言い張るから、では誰がいつその包丁を握ったのかと尋ねれば、そこだけ急に照明が落ちて真っ真っ暗になる。出所は分かっているのに、混入者だけが煙のように消える。この否定の否定の構図こそ、事件最大のブラックボックスである。
そもそもこの研究は2011〜12年頃に、小保方氏の「要領の良さ」と、若山氏の神業キメラ技術という世界最高峰の職人芸が噛み合って転がり始めた。ここで最大の元凶となったのが早稲田大学である。実験ノートすらまともに書けず、博士論文を20ページも丸コピペするような「研究者としての基礎的素養」が皆無の学生に、まともな審査もせず博士号という免責証を与えて世に放流した。大学の杜撰な全肯定のせいで、彼女は「研究なんて、見栄えの良いプレゼンとコピペで体裁を整えればパスできるちょろいゲームだ」と致命的な誤学習をしてしまった。周囲の学者たちは、彼女のその圧倒的な脇の甘さと、客観性を欠いた情緒的なパーソナリティに早くから気づいていたはずだ。気づいていたからこそ、いつでも切り捨てられる従順な「神輿」として、また予算獲得の「広告塔」として都合よく利用したのである。
若山氏が2012年末、これから自分たちの実験の論文に取り掛かるというタイミングで理研を去り山梨大へ移籍したのも不可解だ。小保方氏のデータ管理の危うさを察知し、論文が破綻したときに「理研という別組織の、彼女個人の暴走」と言い逃れできるよう、あらかじめ籍を抜いて完璧な両天秤のアリバイを作ったようにも見える。そして2014年、案の定論文が破綻した瞬間、大人たちの冷酷な組織防衛システムが作動した。若山氏は誰よりも早く論文撤回を叫んで「最初の告発者(被害者)」のポジションに収まり、理研はロックダウンとかん口令で現場の若手研究者たちの口を完全に塞いだ。科学的な検証など最初から二の次で、すべての責任を「研究の詳細な経緯も示せず、情緒的な恨み言しか書けない未熟なひよっこ」一人に集中させ、大人たちだけが安全圏へ逃げ切るトカゲの尻尾切りが行われたように見える。
事件から十二年。2026年の今、小保方氏は静かに暮らし、若山氏は宇宙でのクローン研究など生命科学の重鎮としてトップに立ち続ける。そして、彼女に実験ノートが科学者の命であることも教えず未熟なまま放流した早稲田大学もまた、何事もなかったかのように最高学府の顔をしている。あまりにも綺麗に分かれた明暗を見ると、歴史はいつも強者の手で書き換えられるのだと嫌でも思い知らされる。科学界のドンだった笹井氏がその歪んだ政治劇の罪悪感とプライドの崩壊から自ら命を絶ったのに対し、最も現場の生データに近かった若山氏が栄達を極めている不条理。教科書がどう言おうが、あの時あったのは奇跡の細胞などではなく、無知なピエロを極限までしゃぶり尽くし、泥船が沈む寸前に神輿を放り投げて勝ち逃げした大人たちの損得勘定の残骸なのだ。
この混入疑惑の流れがまた妙だ。若山教授は当初、「STAP細胞に使われたのは、うちのラボのES細胞ではない」と主張し、自らDNA解析を求めた。ところがフタを開けてみれば、解析結果は「STAP細胞とされたサンプルは、若山ラボで保管されていたES細胞株と一致します」というオチである。つまり、最初は「その包丁、うちのじゃない」と突っぱねておきながら、鑑識に回したら「やっぱりあなたの包丁でした」と返ってきた格好だ。それでも「自分が混入させたわけではない」とは言い張るから、では誰がいつその包丁を握ったのかと尋ねれば、そこだけ急に照明が落ちて真っ真っ暗になる。出所は分かっているのに、混入者だけが煙のように消える。この否定の否定の構図こそ、事件最大のブラックボックスである。
そもそもこの研究は2011〜12年頃に、小保方氏の「要領の良さ」と、若山氏の神業キメラ技術という世界最高峰の職人芸が噛み合って転がり始めた。ここで最大の元凶となったのが早稲田大学である。実験ノートすらまともに書けず、博士論文を20ページも丸コピペするような「研究者としての基礎的素養」が皆無の学生に、まともな審査もせず博士号という免責証を与えて世に放流した。大学の杜撰な全肯定のせいで、彼女は「研究なんて、見栄えの良いプレゼンとコピペで体裁を整えればパスできるちょろいゲームだ」と致命的な誤学習をしてしまった。周囲の学者たちは、彼女のその圧倒的な脇の甘さと、客観性を欠いた情緒的なパーソナリティに早くから気づいていたはずだ。気づいていたからこそ、いつでも切り捨てられる従順な「神輿」として、また予算獲得の「広告塔」として都合よく利用したのである。
若山氏が2012年末、これから自分たちの実験の論文に取り掛かるというタイミングで理研を去り山梨大へ移籍したのも不可解だ。小保方氏のデータ管理の危うさを察知し、論文が破綻したときに「理研という別組織の、彼女個人の暴走」と言い逃れできるよう、あらかじめ籍を抜いて完璧な両天秤のアリバイを作ったようにも見える。そして2014年、案の定論文が破綻した瞬間、大人たちの冷酷な組織防衛システムが作動した。若山氏は誰よりも早く論文撤回を叫んで「最初の告発者(被害者)」のポジションに収まり、理研はロックダウンとかん口令で現場の若手研究者たちの口を完全に塞いだ。科学的な検証など最初から二の次で、すべての責任を「研究の詳細な経緯も示せず、情緒的な恨み言しか書けない未熟なひよっこ」一人に集中させ、大人たちだけが安全圏へ逃げ切るトカゲの尻尾切りが行われたように見える。
事件から十二年。2026年の今、小保方氏は静かに暮らし、若山氏は宇宙でのクローン研究など生命科学の重鎮としてトップに立ち続ける。そして、彼女に実験ノートが科学者の命であることも教えず未熟なまま放流した早稲田大学もまた、何事もなかったかのように最高学府の顔をしている。あまりにも綺麗に分かれた明暗を見ると、歴史はいつも強者の手で書き換えられるのだと嫌でも思い知らされる。科学界のドンだった笹井氏がその歪んだ政治劇の罪悪感とプライドの崩壊から自ら命を絶ったのに対し、最も現場の生データに近かった若山氏が栄達を極めている不条理。教科書がどう言おうが、あの時あったのは奇跡の細胞などではなく、無知なピエロを極限までしゃぶり尽くし、泥船が沈む寸前に神輿を放り投げて勝ち逃げした大人たちの損得勘定の残骸なのだ。