全東信倒産の仕組み2026年07月12日

全東信倒産の仕組み
先日、決済代行会社の全東信(大阪市中央区)が力尽きてしまった。ニュースでは「全国の小さなお店が売上金を受け取れず大混乱」と騒いでいるけれど、画面を見ているこちらは思わずお茶を飲む手が止まった。だってこの会社、カード会社からの入金を待たず、お店へ先に売上金を支払う「早期入金サービス」を売りにしていたのだ。聞こえは便利だが、仕組みを少し考えれば眉間にしわが寄る。本当にこんな綱渡りが長く続くのだろうか、と。

算数の得意な小学生なら「先生、これ続きません」と手を挙げるだろう。お店の売上を先に立て替え、あとから少しだけ手数料を受け取る商売だ。しかも便利な“立て替え屋さん”になればなるほど、「はいはい、先に払いますよ」と差し出すお金は雪だるま式に膨らんでいく。昨日の立て替えを回すために今日も立て替え、明日もまた立て替える。こぎ続けなければ倒れる自転車なのに、前へ進むほど立て替え額という荷物だけが重くなる。そんな、じわじわ体力を削られる商売なのである。

それなのに、この会社は二十年以上も事業を続け、最後は粉飾決算にまで手を染めたというのだから、「ええっ」と声が出る。資金繰りが苦しくなれば、赤字を隠してでも資金調達を続けたいという誘惑が生まれるのは珍しい話ではない。会計士や税理士も関わっていたらしいが、結局は止められなかった。止めようとした人はいたのかもしれない。それでも経営者が「うちは大丈夫」と言い張れば、組織はそちらへ流れてしまう。非上場の中堅企業の社長というのは、売上が伸びているときほど妙に自信満々になり、耳がふさがってしまうことがある。周囲は陰で苦笑しながらも、本気では止め切れない。学校で妙にテンションが高い男子を誰も止められず、遠巻きに見守る空気によく似ている。

そもそも、この会社が相手にしていたのは、資金繰りに余裕のない小規模事業者や、売上の変動が大きい店だった。名義上は健全に見える加盟店も少なくなかったが、その名義のいくつかは、全東信がカード会社の審査を通すために用意した“偽装”であり、本来なら審査に通らない事業者を別名義の傘の下へ潜り込ませるために使われていた。つまり、健全に見える名義の中に、実態としては高リスクの店が意図的に混ぜ込まれていたのである。こうなると事故率はじわじわ跳ね上がる。

信用の弱い店ほど「今日の売上を今日ほしい」と早期入金を求め、立て替え額は膨らみ続ける。まともな店が積み上げる利益より、高リスク加盟店が生む損失のほうが重くなれば、経営は追い詰められていく。決済代行会社と呼ばれてはいたが、早期入金サービスだけ見れば、実態は短期の運転資金を供給する金融業に近い。本来なら厳しい信用管理が求められる事業なのに、無担保で資金を差し出しているような危うさがあった。手数料を少々高くしても、とても吸収しきれない構造だったのである。そこへ来て偽装発覚で銀行融資が止まり、万事休すとなったのが事件の全容だ。

そして一番気の毒なのは、売上金が入らなくなったお店の人たちだ。未入金は約二万件、五十三億円規模。給料が払えない。仕入れもできない。家賃も払えない。数字は冷たいが、その裏には「今日もお客さんが来てくれるだろうか」と胸を締めつけられながら店を開けてきた人たちの暮らしがある。そこへ突然「売上金は入りません」と告げられるのだから、泣くしかない。レジ横の観葉植物まで、しょんぼりして見えてくる。

つまり今回の騒ぎは、信用管理と資金管理を誤った経営を誰も止められないまま二十年以上引っ張り、そのツケを最後に一番弱い立場の人たちが背負わされたという、なんとも後味の悪い話なのである。ニュースを閉じたあと、胸のあたりがじんわり重くなる。食べようと思っていたプリンを誰かに先に食べられたときの、あのやるせなさに少し似ている。もっとも、プリンはまた買えばいい。潰れた店は、そうはいかない。

追記:
今回の全東信方式の破綻という出来事は、一企業の資金管理やガバナンスの失敗として片づけてしまうには、どこか惜しい気がする。もちろん、直接の原因は企業の内部にある。しかし、世の中には一社だけを眺めていては見えてこない景色というものがある。都市という生き物は、地域経済の危険をどう嗅ぎ取り、どう受け止めるのか──今回問われているのは、そのことである。

大阪市行政には昔から、縦割りだとか閉鎖性だとか、いろいろ言われてきた。役所というものは、どこの国でも放っておけば書類は縦に積み上がるが、情報は横へ流れにくい。消費者相談は消費者行政へ、中小企業の資金繰りは産業部門へ、金融機関の動きはまた別の部署へという具合である。行政組織図を眺めていると、なるほど情報が一か所に集まりにくい理由がよく分かる。全東信のような事業が、その隙間へ入り込んだとしても、さほど不思議な話ではないのかもしれない。

もちろん、実際にどれほどの情報が行政に集まり、それを束ねれば危険を早く察知できたのかは分からない。ここは実証を待つしかない。しかし、だからといって都市行政には何の役割もないと言ってしまえば、少々乱暴である。都市は法律を執行するだけではなく、地域経済を眺め、その変調を感じ取る役目も担っているはずだからだ。許認可権限はなくとも、注意喚起を行い、情報を集め、関係機関を結び付け、必要であれば制度改善を国に求める。そんな「柔らかな防波堤」を築く余地は、確かにあったように思われる。

東京都との比較や都構想については、もう少し慎重でありたい。制度を統合すれば万事うまくいくというほど、行政は単純ではない。しかし、情報が一つの器に集まりやすい制度と、組織の境界を何度もまたがなければならない制度とでは、危険を見つける速さに違いが生まれる可能性はある。その程度のことは言ってもよいだろう。行政というものは、器の形が変われば、情報の流れ方も変わるのだから。

結局のところ、今回の出来事が問いかけているのは、一企業の失敗ではなく、都市は自分の経済をどこまで自分で守る気があるのか、ということである。答えはまだ出ていない。しかし、この問いだけは、全東信とともに倒産させてしまってはいけない。都市が危険を察知し、自ら防波堤を築こうとする。その意思があるかどうかは、おそらく次の危機が教えてくれる。

根回しと「静謐」2026年07月10日

楽ちん議長仕事
皇室典範改正の手続きというものが、どうにも妙である。妙というより、立憲政治の背骨が梅雨どきの畳のように湿気を吸い、じわりと曲がり始めているように見える。本来なら政府が法案を整え、国会に提出し、公開の場で議論を尽くし、多数決で結論を出す。これが憲政の常道である。ところが今回の典範改正案は、政府案が議場に届く前に、衆参両院の正副議長による「事前調整」を経るという、どこか裏口めいた経路をたどった。近道はいつも便利に見える。しかし近道ばかり歩けば、道そのものが歪む。気づけば正面玄関より裏口のほうが人通りの多い、奇妙な家になってしまう。

この流れの起点は、2017年の退位特例法である。あのときは「一代限り」と明記された例外措置であり、正副議長による各党調整も退位という特殊事情への対応にすぎなかった。制度は一度の例外には耐えられる。しかし例外が前例となり、前例が慣例となった瞬間、原則は静かに後退を始める。「今回だけ」は便利な言葉だが、積み重なれば「いつものこと」になる。裏口は一度開けば、正面玄関より近道に見えてしまうものだ。だから制度は例外を例外のまま終わらせることに、もっと神経質でなければならない。

本来、正副議長の役割は議会運営を円滑に進めることであり、政策内容を取りまとめることではない。それにもかかわらず、今回も政府案は議長調整を経て「各党が受け入れやすい形」へと丸められた。しかし国会審議が動き始めると、その合意は早くも揺らぎ始めた。立憲民主党は典範改正案への反対を決め、中道改革連合は付帯決議への追加を求めるなど、各党は独自の主張を改めて打ち出した。議長が「静謐」を求めて整えたはずの合意は、公開の審議の前に容易に崩れた。静謐を求めるのであれば、必要なのは密室ではなく、透明性の高い議論の場である。

さらに衆院では、野党側が典範改正案の審議入りに応じず、その条件として自民・維新が提出した定数削減法案の撤回を求めた。議員立法は国会議員に認められた立法権の行使であり、それを交渉材料として政府案の審議を止めるのであれば、立法府自らが果たすべき役割を狭めることになる。実際、与党は定数削減法案の成立断念と首相出席の集中審議の実施を約束し、停滞していた国会運営は一転して動き始めた。典範改正案は議院運営委員会で審議入りし、そのまま採決、本会議へ緊急上程される見通しとなった。皇室制度という国家の根幹に関わる議論が、公開の熟議ではなく政局上の取引の帰結として動き出したように映ったことは否めない。

加えて、付帯決議には養子の子の皇位継承資格の検討や女性宮家の創設に関わる事項を盛り込むべきだとの主張も示された。付帯決議は本来、法案の運用や将来の検討課題を示す補足的なものであり、法的拘束力はない。しかしその内容が法案に匹敵する重みを帯び始めれば、付帯決議は補足ではなく「影の本体」となる。制度の背骨が軋む音が、またひとつ聞こえた。皇室制度が繊細であることに異論はない。しかし、繊細であることと民主主義の手続きを曖昧にしてよいこととは別である。曲がり始めているのは皇室制度ではない。立憲政治を支える民主主義の手続き、その背骨なのである。

『与党の横暴』と宿題のつけ2026年07月05日

『与党の横暴』と子どもの言い訳
選挙制度の協議というやつは、どうにも長い。長いというより、海辺に放置された古いロープみたいに、潮を吸ってぐずぐずに伸びきり、もう元の形へ戻る気配がない。議長が「抜本改革をやろうじゃないか」と声を上げたのが2019年。それから今年2026年まで、足掛け八年。八年といえば、子どもがランドセルを背負って学校へ通い、気づけば卒業しているほどの時間である。そのあいだ協議は続いたが、結論は一度も出なかった。机の上で地図を広げ、「このあたりに宝が埋まっているはずだ」と言いながら、誰ひとりシャベルを手にしない探検隊のようなものだった。

参政党やチームみらいといった新しい政党も国会に加わった。しかし顔ぶれが変わっても協議は前へ進まなかった。いや、正確に言えば、進んでいるように見えるだけだった。各党が案を持ち寄り、「それでは困る」「こちらも飲めない」と応酬を繰り返すが、選挙制度は各党の議席そのものに直結する。自ら不利になる案へ積極的に賛成する政党はない。幅広い合意を前提として協議を重ねれば重ねるほど結論は遠のき、新しい政党が増えれば調整はさらに難しくなる。八年かけて結論ゼロというのは、制度の構造から見ても不思議な帰結ではない。

そんな膠着状態のなか、昨年の臨時国会で自民党と日本維新の会は比例代表定数削減法案を提出した。といっても、野党が言うような「今すぐ削減する」という乱暴な話ではない。法案には「可決後一年間協議を続け、それでも結論が出なければ削減を実施する」という案だ。削減はあくまで一年後の協議不調時に限る“最終手段”であり、即時の削減ではない。この構造は今回の国会でも変わっていない。与党は、八年間動かなかった協議にようやく“期限”をつけようとしているだけなのである。それにもかかわらず、野党はこの条件をほとんど無視して「強行だ」と反発し、審議入りそのものを拒んだ。削減が“今すぐ”ではない以上、審議拒否の理由としてはあまりに心許ない。協議の場に出れば修正も提案もできるのに、議論の前段階で門を閉ざすのは、どうにも筋が通らない。

夏休みの宿題を八月三十一日まで机の隅へ積み上げておき、先生から「提出は一週間後でいいから、そろそろ仕上げなさい」と言われた途端、「急に言うな」と怒り出す小学生のようなものである。先生は明日出せとは言っていない。むしろ一週間の猶予を与えている。それなのに「強行だ」と言い張り、宿題を開きもしないまま机を叩く姿では、どうにも筋が通らない。「議論が尽くされていない」と言いながら、その議論の場に出てこないのだから、国民が納得できるはずがない。

選挙制度の背骨が湿気を吸ってぐにゃりと曲がっているのは、潮風のせいではない。ロープを巻き直す時間は十分にあったのに、誰も手を伸ばさず、「まだ早い」「もっと議論が必要だ」と言い続けた。その積み重ねが八年という長い停滞を生み出したのである。制度の構造が重たいのは確かだが、動かそうとしなかった責任まで潮風のせいにするのは、さすがに無理がある。

審議拒否の理由2026年07月04日

審議拒否の理由
小川党首の記者会見を聞いていると、論理というものは必ずしも階段のように一段ずつ上へ積み上がるものではないらしい、という妙な感慨を覚える。党首はまず「動画作成疑惑には証拠がない」と断言し、続いて「証拠を探すのはわれわれの仕事だ」と胸を張る。さらに「首相が否定しているからといって、否定の証拠を探さなくてよいわけではない」と話を進める。しかし政府は「疑惑の集中審議」について、「証拠のない疑惑を審議しても意味がない」として拒否した。制度運営としては当然の判断である。ところが野党は、この政府の拒否をそのまま自らの全面審議拒否の理由に仕立て上げた。論理の綱は途中までは張られていたのに、最後の支柱だけが別の手で外され、全体がそのまま倒れてしまったような印象を受ける。冷蔵庫にプリンがあった証拠がないのに、食べていないという証拠を出せとは誰でも面を食らう。

さすがにこれだけでは審議拒否の理由として心許なかったのだろう。衆院比例代表の定数削減も「民主主義の危機」として加えられ、捏造疑惑と比例削減という二枚看板を掲げて、衆参の野党はそろって審議拒否へ入った。政治家の言葉というものは、ときに立派な舞台装置のように見える。しかし幕の裏へ回ると、肝心の支柱が一本足りないこともある。

日本の選挙制度というものも、どうやら長いあいだ日本人の政治的気質と、どこか噛み合わぬまま今日まで来てしまったようである。制度とは既製服に似ている。外国で見事に似合ったからといって、日本人にそのまま着せれば寸法まで合うとは限らない。ところが政治家も学者も、ときに仕立屋より既製服屋を信用する癖があるらしい。

小選挙区制が導入された当時、識者も新聞も、これで二大政党制が育ち、日本政治も成熟した民主主義国家らしい姿になる、と景気のよい話をしていた。制度を変えれば政治文化まで変わると信じたのであろう。しかし制度は人間の性分まで作り替えてはくれない。蓋を開けてみれば、政権交代より地域ボスの固定化や死票の増加が目立ち、比例代表は激変緩和のための補助装置だったはずが、いつしか小政党の避難所となった。避難所というものは非常時のために設けられる。しかし居心地がよければ、人はなかなか出ていかない。

もちろん、国民が与党を全面的に支持しているわけではない。経済も社会保障も物価も、注文はいくらでもある。それでも野党に政権を託そうという機運が高まらないのは、制度だけの責任ではあるまい。政策より政局を優先し、選挙のたびに離合集散を繰り返し、国会では審議より対決の構図づくりが前面へ出る。そうした光景を繰り返し見せられれば、有権者が「本当に政権を任せられるのか」「審議を拒否して議員と言えるのか」と首をかしげるのも無理はない。政治とは結局、信頼という目に見えない資本を積み重ねる仕事なのである。

比例代表は少数意見を国政へ反映させる制度であると同時に、小選挙区で議席を得にくい政党にとっては生命線でもある。だから削減論が持ち上がるたび「民主主義への攻撃だ」という声が上がる。しかし、議論すべき当事者が審議そのものを拒めば、有権者は説明を聞く機会を失う。説明を欠いた制度は理解より疑念を生み、疑念は支持より不信を育てる。制度とは舞台にすぎない。観客が見ているのは舞台装置ではなく、その上でどんな芝居が演じられているかである。いま有権者の目に映っているのは制度ではない。そこでどのように振る舞っているかという政治家たちの姿なのだ。

皇位継承問題2026年07月03日

皇位継承問題
皇室問題というと、まず「男女平等がどうの」「女系でもいいじゃないの」と、昼下がりのワイドショーのような軽い空気が漂う。2600年の歴史を背負った皇統を前にしても、現代日本はまるでコンビニの新商品でも選ぶような調子で制度を論じる。「こちら新発売です。男系の代わりに女系はいかがでしょう」。そんな棚のPOP広告みたいな話ではないはずなのに、議論の机の上には妙に乾いた制度論だけが並んでいる。

そもそも現在のは、自然に湧いてきたわけではない。戦後、GHQの占領政策で十一の旧宮家が皇籍を離脱し、男系男子の基盤は大きく縮小した。これは歴史上の事実である。その経緯にはほとんど触れず、「後継者が少ないのだから制度を変えましょう」という議論だけが先へ進むのは、どうにも順番が逆である。木の根を細くしておいて「枝が弱っていますね。では葉っぱを磨きましょう」と相談しているようなもので、根が細れば枝は弱る。当たり前の話だ。

養子制度だの女系天皇だのという制度論はもちろんあってよい。しかし、根を見ずに枝ばかり眺めていては木の勢いは戻らない。病名を確かめる前に「今、一番売れている薬をください」と薬局へ飛び込むようなもので、効くかもしれないが効かないかもしれない。まず原因を知る。それが議論の出発点であるはずなのに、皇統の話になると日本では急に座が静まり返る。占領政策を語ることへの遠慮なのか、戦後長く続いた空気なのかは分からない。

雨漏りする家で天井紙だけ貼り替え、「修理完了」と胸を張るような議論が続く。新品の壁紙は気持ちがいい。しかし夜になれば雨だれは相変わらず枕元へ落ちてくる。原因を語らず結果だけを論じるとは、そういうことだ。さらに不思議なのは「多様性」という言葉との付き合い方である。宗教も家族の形も価値観も違っていていい。それが現代社会の合言葉になった。少数文化も少数言語も守ろうという。ところが、長い歴史で受け継がれてきた皇統になると、急に「そこは現代に合わせて変えましょう」という話になる。

これはまさに寛容のパラドックスである。寛容を広げようとするあまり、本来なら寛容であるべき対象にまで不寛容になってしまう。文化の多様性を守ろうと言いながら、世界でも類例の少ない皇統という文化には「例外」を求める。多様性の鍋を囲みながら「皇統という具材だけはクセが強いので外してください」と言っているようなものだ。それでは鍋はできても、だしの味はまるで違う。湿度の高い日本で、皇統だけが乾燥棚に置かれたままなのはどうにも奇妙である。

結局のところ、皇室問題は男女平等だけの問題でも制度設計だけの問題でもない。戦後の占領政策によって皇統の基盤が縮小したという歴史をどう評価し、どう向き合うかという歴史認識の問題でもある。旧宮家の復帰や養子制度の活用が適切かどうかは冷静な議論が必要だ。しかしその前に、「なぜ今日の姿になったのか」という歴史だけは共有しておきたい。土台が違えば、どれほど立派な設計図を描いても家はまっすぐ建たない。湿度の高い国で歴史の湿気だけが拭き取られ、乾いた制度論ばかりが机に並ぶ。その乾燥こそが、戦後日本が抱え続ける寛容のパラドックスなのだ。

負け方の作法2026年07月02日

負け方の作法
ヒューストンの空気は、焼け残ったホットドッグのように湿っていた。今回のブラジル戦は、幾度も世界の頂点に立った、はるかに格上のチームとの対戦だった。日本は防戦に苦しみながらも、怯まず、逃げず、先制点をもぎ取った。佐野海舟は「結果がすべて」と言い、森保一は「力がなくてすいません」と頭を下げた。あの一礼には、日本人が昔から大切にしてきた負け方の作法がにじんでいた。格上相手に挑み、倒れ、また立ち上がる。スポーツとは、そういう世界である。逃げ場がないからこそ、潔さが育つ。湿度を含んだ空気の中で、選手たちの背筋だけが妙にまっすぐに見えた。

ところが国会はどうだろう。選挙では減税も政治資金の透明化も、どの党も競うように公約へ掲げた。ならば国会が始まれば、その勝負が始まるのだろうと思っていた。ところが始まったのは、週刊誌報道をめぐる応酬だった。「本当なのか」「いや違う」とボールとは別のところで人だかりができる。そのうち衆院比例代表の定数削減を議題にしようという話になると、今度は理事会だ、集中審議だと笛ばかりが鳴り、試合そのものが動かなくなる。採決では数で負ける。だから審議そのものを止める。そんな構図にしか見えない場面が続いた。見ている国民としては、「今日は何の競技だったかな」と首をかしげるばかりである。ポップコーンだけが湿気ていく。

本来、政治家にとって試合とは国会である。政策をぶつけ合い、論戦を交わし、法案を審議し、その結果を国民に示す。その積み重ねを採点する日が選挙だ。選挙は試合ではない。試合の結果を告げるスコアボードであり、成績表である。だからこそ、選挙で厳しい判定を受けたなら、なおさら議場に立たなければならない。政策を練り直し、論戦で存在感を示し、「次は任せてもよい」と国民に思わせる。その舞台が国会なのである。スポーツなら、リーグ戦で敗れたチームが次の試合を放棄することはない。悔しさを抱えたままでもピッチに立つ。立つからこそ、次の勝利がある。

今回の国会では、試合より笛の音のほうがよく聞こえた。減税も政治資金の透明化も定数削減も、選挙中はあれほど元気だったのに、国会へ来ると急に影が薄くなる。代わりに議事進行をめぐる押し問答ばかりが続く。スポーツなら、相手が強いからといって試合を止めるチームはない。まずピッチへ出る。勝つか負けるかは、そのあとである。観客はプレーを見に来たのであって、ホイッスルの吹き方を見に来たのではない。売店のホットドッグだけが冷めていく。冷めたホットドッグほど、むなしいものはない。

ヒューストンで頭を下げた日本代表の姿は、その意味で国会の風景とは対照的だった。負けることは恥ではない。負けを認めず、戦う場所から姿を消すことのほうが、よほど信頼を失う。スポーツも政治も、勝負は負けた瞬間には終わらない。次に何をするかで評価は変わる。国民はサポーターであると同時に審判でもある。その目の前に立たない選手を、誰が応援するだろう。今日もまた、湿気たポップコーンと冷めたホットドッグを手にした国民は、試合開始の笛が鳴っているのに、いつまでもピッチに姿を見せない選手を待ち続けている。

寛容のパラドックス2026年07月01日

寛容のパラドックス
LGBT理解増進法の見直しをめぐり、世の中がどこか落ち着かない。風が吹けば桶屋が儲かるという話でもないのに、教育や行政の現場まで含めて空気がざわついている。思い返せば、法律が施行された2023年の日教組の教研集会では、小学校高学年の児童が『竹取物語』を題材にした劇を発表したという。かぐや姫が「体の性は男、心の性は女」で、月の使者から「王子として生きろ」と迫られ葛藤する筋書きだったらしい。台本は児童が考え、教員が「アドバイス」したとされるが、その助言がどこまで作品に影響したのかはブラックボックスのままだ。昔話の改変が「桃から生まれた桃子の鬼退治」くらいの軽い遊びなら笑って見ていられるが、今回のように価値観の方向づけが入り込むと、さすがに笑って済ませるわけにはいかない。

もちろん、多様性を重視する側にも理屈はある。「子どものうちからさまざまな生き方を知ることは大切だ」「性的マイノリティの子どもが孤立しないようにしたい」。言われてみれば、たしかに筋は通っている。教室で自分だけが違うと感じて苦しむ子どもを減らしたいという願い自体を否定する人は多くないだろう。ただ、その理屈が万能薬のように何にでも当てはめられ始めると、話は急にややこしくなる。古典作品を現代のジェンダー観を表現する教材として積極的に再構成することまで学校教育の役割なのか。子ども主体と言いながらも、教員の助言や授業の方向性が作品づくりに影響を与えることは珍しくない。道具箱のフタが開きっぱなしになっていないか、ときどきのぞいてみる必要がある。

こうした議論は海外でも続いている。アメリカ・ニューヨーク州では家族法の見直しに伴い、「母」「父」という表現を「妊娠する親」「妊娠しない親」や「ペアレント」といった中立的な用語に置き換える法改正が進んでいる。提案側は代理出産や同性カップル、多様な家族形態を公平に扱うためだと説明する。これもまた理屈としてはわからなくはない。しかし、生物学的な現実を必要以上に抽象化すると、濃い出汁を水で割って「これも味です」と言い張るようなものだ。共和党は「常識を壊す改革だ」と怒鳴り、民主党は「包摂社会に必要だ」と胸を張る。どちらも声が大きく、鍋のフタがガタガタしている。

ここには、多様性という理念が抱える難しさがある。多様性を尊重しようという考え方自体は現代社会に欠かせない価値だ。しかし、その理念が唯一絶対の価値として扱われ始めると、「伝統的な家族観を大切にしたい」「生物学的な区別も社会には必要だ」という考え方まで排除されかねない。多様性を掲げながら、多様な意見そのものが認められなくなる──これはカール・ポッパーの「寛容のパラドックス」を思わせる。多様性の鍋を一生懸命かき混ぜていたら、いつの間にか「自分たちの味だけが正しい」という料理になってしまう。

教育も法律も、本来は社会の共通基盤である。だからこそ、古典を現代の価値観で安易に読み替えたり、長年使われてきた言葉を次々と抽象化したりすることには慎重さが求められる。制度を変えること自体が目的ではない。社会全体が納得できる共通の土台を維持しながら、多様な人々が共に暮らせる仕組みを考えることこそ本来の課題である。教育は価値観を押しつける場ではなく、子どもが自ら考える力を育てる場であってほしい。古典は古典として味わい、家族を表す言葉は誰にでも伝わるものであり続ける。そのうえで、多様な人々への理解を深めていく──そのくらいのバランス感覚が、いま一番求められているのではないか。

ベネズエラ地震災害2026年06月28日

ベネズエラ地震災害
ベネズエラで地面がドドンと揺れた。M7.2のあとにM7.5が「まだ立ってるのか、ではもう一発」とでも言いたげに追い打ちをかける。自然というやつは、ときどき人間相手に妙な執念を見せる。震度に換算すれば6強から7ほど。阪神・淡路に匹敵する揺れである。数字だけでも十分だが、同じ日の午前7時30分、青森でも地面がガツンと揺れた。こちらも M7.2。数字だけ見れば、ベネズエラの最初の“ドドン”と同じ規模である。M7.5は7.2とのエネルギー差では3倍近いので一見すれば、ベネズエラの大被害は揺れのダブルパンチと地震のエネルギー差で説明がつくように思える。

ところが、被害は揺れの大きさだけでは決まらない。青森では激しい揺れにもかかわらず、大規模な倒壊は避けられ、死者も出なかった。一方のベネズエラでは、高層ビルが折れ、住宅が潰れ、多くの人が一夜にして住まいを失った。自然が出した試験問題は同じでも、答案を書いたのは社会である。天災は平等でも、被害は不平等。そこに、人間が長年積み重ねてきた“差”が露骨に表れる。

では、なぜこうも差がつくのか。理由は長年積み上げられた政治の腐敗である。建築検査官は賄賂で目をつぶり、施工業者は鉄筋を削り、行政は「問題なし」と判を押す。臭いものには蓋をし、その蓋の上から布団まで掛け、最後には「臭いなど最初からなかった」と言い張る。こうして積み上げた“見なかったこと”の山が、地震の一撃で請求書となって国民の頭上に降ってきた。消防車は燃料不足で走れず、通信は途絶え、救助は遅れる。自然災害が政治災害へ姿を変える典型である。

その構図を変える契機となったのが、今年一月の政権崩壊だった。米軍によるマドゥロ大統領拘束という異例の展開は、国際法上の議論を呼びつつも、結果として中国寄りの権威主義体制に幕を下ろした。閉ざされていた国際協力の扉が開き、世界銀行やIDBが制度改革や復興支援に関与し始めた。建築基準の見直しや行政機能の立て直しにも外からの手が入る。乱暴な手術ではあったが、腐敗で壊死しかけていた組織にとっては、その荒療治が再生の第一歩になったという皮肉もある。

もちろん、一夜にして耐震国家へ生まれ変わるわけではない。老朽化した建物は残り、行政能力は痩せ細り、財政事情も楽ではない。それでも、進む方向が変わった意味は大きい。長いトンネルを歩き続け、ようやく遠くに出口の灯が見えたようなものだ。地震そのものは止められないが、倒れる建物は減らせる。腐敗を一日で消すことはできないが、外からの監視は効く。ベネズエラはようやく「見なかったことにする国」から「見えたものを直そうとする国」への長い一歩を踏み出した。その一歩こそが、何より大切なのである。

日本人社員、中国にまた拘束2026年06月26日

日本人社員、中国にまた拘束
5月下旬、中国・大連で富士電機グループの日本人社員2名が拘束された。容疑はレアアース加工品の輸出管理違反とされるが、何がどう違反なのかは霧の向こうだ。事実と当局の「解釈」の境界は、朝もやの中で横断歩道を探すようにぼんやりしている。情報が欠ければ欠けるほど人は空白を埋めたくなり、ジグソーパズルの最後の一片を求めてソファの下をまさぐるような焦りが生まれる。大連には多くの日系企業が進出しているが、外務省も企業も口を閉ざし、中国国内の情報発信も国家の強い管理下。検索しても風が吹き抜けた跡のように静まり返り、現地の実情は影のように輪郭を持たない。

日本政府や企業が情報を公表しない理由は理解できる。本人や家族の安全、外交交渉の余地、事業への影響回避――どれも「まあ、そうだよね」とうなずける理由だ。しかし過去を振り返ると、この“静かにしていれば嵐は過ぎる”方式が功を奏した例は多くない。アステラス製薬社員拘束事件では長期拘束の末に有罪判決が下されたが、何が違法行為と認定されたのか、企業側にどこまで回避可能性があったのかは今も霧の中だ。2015年以降、中国で拘束された日本人は少なくとも17人。氏名すら公表されず、罪状も曖昧なままのケースが積み重なり、喉の奥に小骨が刺さったような違和感だけが残る。

もちろん、中国だけが特別というわけではない。ロシアやイラン、北朝鮮など、国家安全保障を理由に外国人を拘束する国は他にもある。ただ中国の厄介さは、巨大市場であり、日本企業が日常的に出入りし、経済活動が生活の延長のように行われている点にある。危険と隣り合わせなのに、どこからが危険なのかが外から見えない。足元に落とし穴があるのに、地面だけは妙にきれいに舗装されている、そんな不気味さがある。さらに日本側の備えは十分とは言い難い。欧米諸国は経済安全保障や機密保護の法体系を整備しているが、日本ではスパイ防止法の議論が長年棚上げされたまま。何が危険で、どこまでが許容されるのか、国としての“地図”がない。

その状況で「とにかく黙って交渉を待つ」という対応は、あまりにも受け身だ。地図も持たせず危険地帯に送り出し、「無事に帰ってくることを祈ろう」と言っているようなものだ。祈りは大事だが、祈りだけで地雷原は歩けない。今回、中国政府は重要鉱物の輸出規制違反行為について国民に通報を促す公告まで出した。国家が「見ているぞ」と影を落とすとき、人々の行動は変わる。企業関係者や駐在員にとっては、法律の条文よりも、その運用がどこまで広がるのか分からないことの方が恐ろしい。薄手の傘で防弾シールドに向き合うような非対称性がそこにはある。

だからこそ、日本に残された数少ない対抗手段の一つが情報公開だ。公表したからといって即座に解放される保証はないが、事件の存在を可視化し、国際社会や投資家にリスクを共有させることはできる。不透明な拘束が続けば、企業は投資をためらい、人材は赴任を避ける。そのコストを相手に意識させることは、沈黙よりはるかに意味がある。今回の事件はまだ詳細が分かっていない。しかし、分からないことが増えるほど、人も企業も最悪の事態を想定する。そして失われるのは一件の商談や一人の駐在員ではなく、「ここなら安心して働ける」という信頼そのものだ。沈黙はときに防御になる。だが、沈黙だけで国民や企業を守れる時代は、もう終わりに近づいている。

ホルムズ海峡を封鎖するぞ2026年06月23日

ホルムズ海峡を封鎖するぞ
停戦合意をしたばかりのイランがまた「レバノンが攻撃された。ならばホルムズ海峡を封鎖するぞ」と言い出した。言うだけなら自由である。晩酌の席で「明日から毎朝五キロ走る」と宣言するのと同じで、口にするのは簡単だが、実行までの距離はときに太平洋並みに遠い。ホルムズ海峡も似たようなもので、昔は「ここを塞げば世界が困るぞ」という脅しに迫力があったが、停戦後の今は海にも空にも米英の目が光り、まるで大型スーパーの防犯カメラ売り場の中を歩いているような状態である。高速艇が少し沖へ出れば居場所はすぐ見え、機雷をまいて長期封鎖という昔ながらの筋書きも、現実にはかなり難しい。

さすがに中国もロシアも、この話題になると急に口数が減る。賛成しても得はなく、巻き込まれれば面倒が増える。宴会で隣の席が急に夫婦げんかを始めたときのように、視線をそっと料理へ落とすのが最適解だ。そもそもイランの理屈には独特の癖がある。レバノンにはヒズボラがいて、イランにとっては重要な仲間であり戦略資産でもある。だからレバノンで何か起きると、自宅の庭石を蹴飛ばされたような顔になる。だがレバノンはレバノンであってイランではない。世の中の家には境界線があるのに、「塀の向こうも実質うちの庭だ」と言い出す人が現れると、近所は少し距離を置く。中国やロシアが全面的に乗ってこないのも、その“自分ルール”の愚かさをよく理解しているからだろう。

ところが日本の一部報道では、この前提がほとんど語られない。イランの発言だけが並び、「米国が止めるべきだ」「米国が責任を負うべきだ」という話へ進んでいく。まるで米国が世界共通のリモコンを持っていて、赤いボタンで停戦、青いボタンで和平、黄色いボタンで万事解決――そんな便利な家電があるかのようである。そんなものがあるなら一台ほしいが、現実はそうはいかない。イスラエルは米国ではなく、レバノンもイランではない。国際政治はむしろ古い配電盤に近く、どの線がどこへつながっているのか分かりにくい。一本触ると別の場所が動く。一つのスイッチで全部を制御できるほど親切な仕組みではないのである。

そして問題は海峡だけではない。国家にとって案外こたえるのは、お金の話だったりする。財布の中身を見られて気分のいい人はいない。個人でも嫌だが国家でも嫌である。強気の発言は続けられても、資金の流れを監視され、政策の自由度が狭くなるのはじわじわ効く。歯医者の麻酔と同じで、その場は平気でも後から痛くなる。表向きは復興支援や経済再建という合意内容でも、実際にはイラン経済の急所に手が伸びたのだ。

それにもかかわらず、こうした“構造”の話はあまり大きく報じられない。ホルムズ海峡は日本にとって大事な海路なのだから、本来なら「誰が海を押さえているのか」「誰が資金を握っているのか」「誰が本当に支援する気なのか」という話のほうが重要なはずだ。国際政治は声の大きさではなく構造で動く。しかし報道は時々、骨組みを抜いたまま外壁だけを見せる。地図を持たずに山へ入ると、人は不安になる。最近の中東報道を眺めていると、どうもそんな気分になるのである。山道の先よりも、そもそも今どこを歩いているのかが見えにくいからだ。