名古屋城 ― 2024年10月09日

名古屋城と本丸御殿
名古屋城は空襲で焼失しコンクリートで再建され65年が経過した。天守閣は崩壊の恐れがあるそうで入れない。城の石垣もあちこち崩れて工事中だった。本丸御殿は6年前に再建された。空襲の危機を察知して設計図や写真などの資料を疎開させていたのでほぼ実物通りに再現されているという。徳川家康が清洲城から街ごと引越したのが名古屋城だという。木曽川の水害を避けて名古屋台地に据えたというが、家康の用心深さのDNAが昭和まで引き継がれた姿を垣間見たようだ。二条城は本丸御殿と同規模だと感じたが、400年前なので年季が違う。絢爛豪華とは言え、秀吉の大阪城のような成金感はない。しっとり高貴と言えば良いかもしれない。

この名古屋城を木造で建て替えるのだと河村市長はいう。保守党の政策にも一つだけ浮いたように入っている。河村市長が松の大木に斧を入れている写真も御殿にあった。日本の再現城は木造建築であるべきだというのは意義深い。木造反対派は車椅子でも上がれる天守閣にという。日本古来の天守閣を再現するのかバリアフリーのなんちゃって天守閣を作るのかは議論の余地がない。再現するのならバリアフリーにはできない。400年前の姿への再現の意義を壊してまでエレベーターを設置したいという人たちの気持ちが解せない。車椅子で行けるところを増やそうという意義はわかるが、歴史的な再現物にまでバリアフリーを求めること自身が茶番だと思う。議論の争点はバリアフリーではない、歴史的再現が市民にとって価値があるかどうかが争点だ。同じような茶番争点は山のようにある。夫婦別姓かどうか争点ではなく子供の氏名までは変えずに旧姓使用できるかどうかが争点というのも同じだが、人権という耳障りの良い言葉で人は騙されやすいものだ。