退職代行サービスと労働者保護2026年02月05日

退職代行サービスと労働者保護
退職代行サービス「モームリ」を運営する株式会社アルバトロスの社長と従業員が、弁護士法違反(非弁行為)の疑いで逮捕された。弁護士資格を持たない者が、退職をめぐる法律事務を弁護士に斡旋し、報酬を得ていたとされる。だが、このニュースを「グレー業者が一線を越えた末の末路」として消費するのは早計だ。退職代行市場はすでに全国に50社以上が乱立し、1件あたり2〜3万円という低単価で熾烈な競争を続けている。たいして儲からないのに違法リスクが高い。にもかかわらず、なぜこの事業は増殖したのか。

退職代行の実態は、きわめて労働集約的だ。電話、メール、チャット対応に追われ、1人の担当者が同時にさばける件数には限界がある。ITで劇的に効率化できる余地も乏しく、生産性は飲食店並み、下手をすればそれ以下と言ってよい。それでも差別化しようとすれば、「有給は消化できるのか」「未払い残業代はどうなる」といった交渉領域に踏み込まざるを得ない。だが、そこから先は弁護士法が禁じる非弁行為の地雷原だ。合法にやれば儲からず、儲けようとすれば違法に近づく。この矛盾を抱えた事業構造そのものが、すでに異常なのだ。

それでも事業者が危ない橋を渡る背景には、日本の労働者が先進国に比べて法的に十分守られていない現実がある。欧米では、退職は書面やメールによる一方的意思表示で成立し、企業が引き留めや嫌がらせを行えば即座に違法となる。未払い賃金や有給取得についても、行政が強制力をもって介入する。一方、日本では「退職の自由」は建前上存在しても、実務では上司との面談を強要され、退職届を受理しない、私物を返さない、同僚に圧力をかけるといった行為が横行する。それでも、行政が迅速に動くケースは稀だ。

ある20代の会社員はこう語る。「辞めたいと言った瞬間から、毎日『根性が足りない』『逃げるのか』と言われた。法的には辞められると分かっていても、ひとりでは無理だった」。労基署は慢性的な人手不足で個別の退職トラブルに対応しきれず、労働組合の組織率は低下し、実質的な交渉力を失った。弁護士に相談すれば解決は早いが、費用と心理的ハードルが高い。結果、労働者は「法に守られているはずなのに、現実には守られていない」という矛盾に追い込まれる。海外で退職代行という産業がほぼ存在しないのは偶然ではない。退職を外注しなければならない社会そのものが、国際的に見れば異常だからだ。日本ではその異常を是正しないまま、市場原理に丸投げした結果、低生産性・高リスクのビジネスが温存された。

事態を悪化させたのが行政監督の不在である。退職代行には登録制も許認可もなく、無資格で開業できる。労働組合を名乗っても実態審査はない。非弁行為の線引きは曖昧なまま弁護士会任せで、警察も「明確な違法」がなければ動けない。この監督の空白地帯が、「儲からないが摘発もされにくい」という歪んだインセンティブを生み出してきた。

結局、今回の逮捕劇の核心は、違法業者の倫理欠如ではない。日本の労働者が、先進国水準の法的保護を受けられていないという制度的欠陥にある。厚労省による登録制の導入、消費者庁による誇大広告規制、法務省による非弁行為の線引き明確化、そして何より、退職を妨害した企業側が即座に不利益を被る仕組みが不可欠だ。退職代行は便利な新産業ではない。それは、日本の労働法制が現実に追いついていないことを示す危険な異常値である。今回の事件は、その警告音が、もはや無視できない音量に達したことを突きつけている。