枠外輸入米前年比96倍? ― 2026年01月31日
関税341円/kgが課される「枠外輸入米」が、前年比約96倍の9万6779トンに急増したという。輸入元の大半は米国(7万5638トン)で、台湾(7024トン)、ベトナム(4515トン)が続いた。高関税を支払ってでも海外から米を調達するという選択は、国内市場における「価格」と「実効供給」のバランスがすでに崩壊していることを意味する。これは単なる価格差の問題ではない。2023年度以降に進行した食用米の実質的不足と、在庫があるにもかかわらず価格が下がらない構造的高止まりが、臨界点を超えた結果である。
事の発端は2023年度(令和5年産)に遡る。猛暑による品質悪化で白未熟米が増加し、精米歩留まりが大きく低下した。生産量は670万トンと表面上は平年並みだったものの、歩留まりの悪化による実質的な供給減は約10万トンに及んだ。一方で需要は外食回復や在留外国人の増加も重なり685万トン前後に膨らみ、需給ギャップは約25万トンへと拡大した。
翌2024年度(令和6年産)も状況は改善しなかった。生産量は679万トンにとどまり、需要は農水省自身が後に上方修正したとおり711万トンに達した。2年間で累積した不足は約57万トンにのぼり、民間在庫は150万トンへと急減した。市場で自由に動かせる「フリー在庫」は歴史的な薄さとなり、スーパーからはコメが消えた。やっと店頭に並んだ米袋の価格に市民は目を疑った。それでも農水省は「コメはある」と強弁し、春先まで備蓄米の放出をためらい続けた。ようやく放出に踏み切ったものの、量も品質も限られ、銘柄米の不足を補うには到底及ばず、実効性は乏しかった。
2025年度(令和7年産)は718万トンと増産に転じ、数量上は需給がほぼ均衡した。しかし、前年度までの累積不足は解消されず、倉庫に積み上がった在庫の多くは「売約済み」として確保されたものだった。統計上の在庫が回復しても、一般市場に出回る流通量は極端に少ないままだったのである。市場はこの「実効供給の乏しさ」という需給ギャップを正確に認識し、価格に反映させた。その結果、標準米は5kgで3500円を超え、銘柄米は5000円台という異例の高値が定着した。
にもかかわらず、農水省やメディアは「在庫は余っている」とのアナウンスを繰り返している。彼らが根拠としたのは玄米ベースの総在庫であり、そこには加工用や動かすことのできない売約済み在庫がすべて含まれている。消費者が手にする主食用米の動態とは別物であり、現実の需給は依然として供給が不足だ。農水大臣は「価格形成は市場に任せる」と静観を決め込んだが、市場が需給ギャップを反映して高値を付けている以上、政府の「在庫は十分」という認識こそが誤りだったことになる。市場に委ねるならば、政府は自らの需給把握の誤りを認め、統計情報の不備を是正する責任がある。
混乱に拍車をかけたのが、鈴木農水大臣による「備蓄米が70万トン不足しているため買い上げる」という発言だ。市場が高値で喘ぐ局面において、政府が不足した備蓄枠を埋めるために買い増しを行えば、市場からさらに米が吸い上げられ、価格が下支えされるのは自明の理である。しかし政府は、この買い上げが価格を押し上げるリスクを隠し、国民には「不足を補うための善後策」という誤ったメッセージとして伝えた。この政治的パフォーマンスが、結果として価格下落を阻害する要因となったことは否定できない。
本来、2026年度(令和8年産)は需給緩和のため、さらなる増産と流通の柔軟化が現実的な選択肢となるべき年だった。石破政権では増産を指示したが、続く高市政権では「農家所得の安定」を優先し、高値維持を容認する姿勢が強まった。結果、市場は安全弁を欠いたまま硬直化し、高関税を払ってでも輸入米を仕入れる方が合理的となる異常事態を招いている。米価高騰はもはや天候の問題ではない。需給の実態を見誤り、誤った情報を発信し続けた政策判断の連鎖が、日本の米市場を歪めている。
結局、輸入米急増の本質は「国内産のコメが足りない」という一点に尽きる。総選挙のさなか、語られるべきは目先の米価だけではなく、農水省の統計の欠陥そのものである。総在庫という「数字上の安心」を優先し、実効供給量という「市場の真実」を無視し続けた行政の責任を明らかにすべきだ。農水大臣が「市場に任せる」と言い切るならば、まず自らの需給認識の誤りを正す必要がある。正しい現状認識が共有されなければ、米不足と高騰という「政治が生んだ人災」は終わらない。
日本の食料安全保障を守るためには、統計の死角を取り除き、市場の実態を正確に反映する情報へと改めることが不可欠である。しかし、農政の構造問題を批判する議員はいても、統計処理そのものの誤りを正面から指摘する議員はほとんどいないので問題を長引かせている。現場の実態に即した政策判断が行われるよう、政治の側にも抜本的な姿勢転換を求めたい。
事の発端は2023年度(令和5年産)に遡る。猛暑による品質悪化で白未熟米が増加し、精米歩留まりが大きく低下した。生産量は670万トンと表面上は平年並みだったものの、歩留まりの悪化による実質的な供給減は約10万トンに及んだ。一方で需要は外食回復や在留外国人の増加も重なり685万トン前後に膨らみ、需給ギャップは約25万トンへと拡大した。
翌2024年度(令和6年産)も状況は改善しなかった。生産量は679万トンにとどまり、需要は農水省自身が後に上方修正したとおり711万トンに達した。2年間で累積した不足は約57万トンにのぼり、民間在庫は150万トンへと急減した。市場で自由に動かせる「フリー在庫」は歴史的な薄さとなり、スーパーからはコメが消えた。やっと店頭に並んだ米袋の価格に市民は目を疑った。それでも農水省は「コメはある」と強弁し、春先まで備蓄米の放出をためらい続けた。ようやく放出に踏み切ったものの、量も品質も限られ、銘柄米の不足を補うには到底及ばず、実効性は乏しかった。
2025年度(令和7年産)は718万トンと増産に転じ、数量上は需給がほぼ均衡した。しかし、前年度までの累積不足は解消されず、倉庫に積み上がった在庫の多くは「売約済み」として確保されたものだった。統計上の在庫が回復しても、一般市場に出回る流通量は極端に少ないままだったのである。市場はこの「実効供給の乏しさ」という需給ギャップを正確に認識し、価格に反映させた。その結果、標準米は5kgで3500円を超え、銘柄米は5000円台という異例の高値が定着した。
にもかかわらず、農水省やメディアは「在庫は余っている」とのアナウンスを繰り返している。彼らが根拠としたのは玄米ベースの総在庫であり、そこには加工用や動かすことのできない売約済み在庫がすべて含まれている。消費者が手にする主食用米の動態とは別物であり、現実の需給は依然として供給が不足だ。農水大臣は「価格形成は市場に任せる」と静観を決め込んだが、市場が需給ギャップを反映して高値を付けている以上、政府の「在庫は十分」という認識こそが誤りだったことになる。市場に委ねるならば、政府は自らの需給把握の誤りを認め、統計情報の不備を是正する責任がある。
混乱に拍車をかけたのが、鈴木農水大臣による「備蓄米が70万トン不足しているため買い上げる」という発言だ。市場が高値で喘ぐ局面において、政府が不足した備蓄枠を埋めるために買い増しを行えば、市場からさらに米が吸い上げられ、価格が下支えされるのは自明の理である。しかし政府は、この買い上げが価格を押し上げるリスクを隠し、国民には「不足を補うための善後策」という誤ったメッセージとして伝えた。この政治的パフォーマンスが、結果として価格下落を阻害する要因となったことは否定できない。
本来、2026年度(令和8年産)は需給緩和のため、さらなる増産と流通の柔軟化が現実的な選択肢となるべき年だった。石破政権では増産を指示したが、続く高市政権では「農家所得の安定」を優先し、高値維持を容認する姿勢が強まった。結果、市場は安全弁を欠いたまま硬直化し、高関税を払ってでも輸入米を仕入れる方が合理的となる異常事態を招いている。米価高騰はもはや天候の問題ではない。需給の実態を見誤り、誤った情報を発信し続けた政策判断の連鎖が、日本の米市場を歪めている。
結局、輸入米急増の本質は「国内産のコメが足りない」という一点に尽きる。総選挙のさなか、語られるべきは目先の米価だけではなく、農水省の統計の欠陥そのものである。総在庫という「数字上の安心」を優先し、実効供給量という「市場の真実」を無視し続けた行政の責任を明らかにすべきだ。農水大臣が「市場に任せる」と言い切るならば、まず自らの需給認識の誤りを正す必要がある。正しい現状認識が共有されなければ、米不足と高騰という「政治が生んだ人災」は終わらない。
日本の食料安全保障を守るためには、統計の死角を取り除き、市場の実態を正確に反映する情報へと改めることが不可欠である。しかし、農政の構造問題を批判する議員はいても、統計処理そのものの誤りを正面から指摘する議員はほとんどいないので問題を長引かせている。現場の実態に即した政策判断が行われるよう、政治の側にも抜本的な姿勢転換を求めたい。