金利2.1%で大騒ぎするメディア2026年01月06日

金利2.1%で大騒ぎするメディア
「ついに来てしまったのか……」。日本の長期金利(10年物国債利回り)が2.1%を超えたというニュースを受け、市場関係者の間にそんな空気が広がったと伝えられる。テレビや新聞、ネットニュースでは、「国の借金が重くなる」「将来、日本は財政破綻する」といった不安をあおる解説が相次いでいる。日々の暮らしを考える立場からすれば、「やはり日本は危ないのではないか」と感じてしまうのも無理はない。しかし、金利が上がったという事実だけで、国の財政がすぐに行き詰まると考えるのは早計だ。まず理解すべきなのは、ここ二十年以上続いてきた「金利がほぼゼロ」という状態そのものが、実はかなり特殊だったという点だ。日本は長いデフレの中で、景気も物価も動かず、金利も眠ったままだった。世界的に見れば、これは例外的な状況であり、決して「普通」ではなかった。

金利とは、例えるなら経済の体温。体が元気になれば体温が少し上がるように、経済が動き出せば金利も上がる。長い間、日本経済は体温の低い状態が続いてきた。最近の金利上昇は、経済がようやく目を覚まし、平熱に戻りつつある兆しと見ることもできる。平熱に戻っただけなのに、「高熱が出た」と騒ぐのは、判断の基準そのものがずれていると言える。

それにもかかわらず、なぜ多くのメディアは金利上昇を「危機」として描く。その背景には、いくつかの事情がある。第一に、不安や恐怖をあおる話題のほうが、人の関心を集めやすいという現実。「破綻」「崩壊」といった強い言葉は、視聴率やアクセス数につながりやすい。第二に、長年デフレしか経験してこなかった記者や解説者自身が、「金利のある経済」に慣れておらず、変化そのものを過剰に恐れている側面もある。さらに、「財政が厳しい」という空気は、増税や支出抑制を進めたい側にとって都合がよいという政治的事情もある。インフレは悪で歳出を抑え物価を元に戻すべきだと信じ込んでいる政治家は少なくない。

よく聞かれる「金利が上がると利払いが急増し、日本は破綻する」という議論も、実態を十分に踏まえていない。日本の国債は、すべてが一斉に金利の影響を受ける仕組みではない。国債には返済期限があり、その平均は約9年である。つまり、今日金利が上がったからといって、明日からすべての借金の利息が急に増えるわけではない。低い金利で借りた国債は、その条件のまま残り、影響は時間をかけて少しずつ現れる。国には、状況に対応するための猶予がある。

財政を考えるうえで重要な考え方に、「ドーマー条件」がある。難しく聞こえるが、中身は単純である。名目の経済成長率が名目金利を上回っていれば、借金は大きな問題にならないという考え方である。家計に置き換えれば、住宅ローンの金利が2%でも、収入が毎年3%ずつ増えていれば、返済はそれほど重荷にならないのと同じ理屈だ。

現在の日本では、物価はおおむね2%前後で推移し、企業の賃上げも広がりつつある。経済全体の成長率が金利と同程度、あるいはそれを上回れば、税収は自然に増加し、財政の持続性はむしろ高まる可能性がある。そもそも先進諸国の長期金利は概ね3%以上が標準的だ。それにもかかわらず、メディアは円安だと騒ぎ、金利上昇だと騒ぎ、いったい何を望んでいるのか理解しがたい。では、これまでの30年間のように円高と低金利であれば経済が上向くとでもいうのだろうか。論理は完全に破綻している。

本当に危険なのは、金利上昇そのものではない。不安に駆られて、景気が動き始めたところで増税や支出削減を急ぐことだ。過去の日本は、「財政再建」を急ぐあまり、景気回復の芽を自ら摘み取り、結果として税収を減らし、借金を増やすという失敗を繰り返してきた。その教訓を忘れてはならない。

重要なのは、金利の数字に一喜一憂することではなく、その金利を上回る力で稼げる国になれるかどうかである。若い世代が将来に希望を持ち、企業が安心して投資できる環境を整えられるか。それこそが、日本の財政の行方を左右する。

「金利が上がったから、もう終わりだ」と嘆く必要はない。むしろこれは、長い停滞から抜け出し、「普通の経済」に戻るための入口である。不安をあおる声に振り回されず、成長する力をどう育てるかを冷静に考えることが、今の日本に最も求められている姿勢ではないか。

コメント

トラックバック