凱旋門が映した共同体の限界 ― 2026年02月15日
パリの凱旋門で行われていた戦死者追悼の点火式が襲撃された。それは単なる治安事件ではない。共同体が最後まで守るはずだった“聖域”が破られたという、象徴的な出来事である。凱旋門の足元で燃え続ける無名戦士の炎は、思想や党派を超えて共有される記憶の装置だ。保守もリベラルも、移民も旧来の住民も、本来はその前で沈黙を分かち合えるはずだった。だが、その「政治の外側」にあるべき儀式が標的となった事実は、社会の緊張がもはや水面下では収まらない段階に入っていることを示している。
フランスでは長年、急激な移民政策の転換と社会統合の遅れが重なり、都市周縁部に目に見えない断層が広がってきた。問題は個々の移民の善悪ではない。国家が選択した人口変化を、教育・雇用・地域コミュニティの制度設計が受け止めきれなかったことにある。そこへ、ポリティカル・コレクトネスの名の下で率直な議論がためらわれる空気が加わる。不満や不安は可視化されず、地下水のように蓄積される。
「急激な変化」と「議論の抑制」。この二つが掛け合わさるとき、社会は静かに臨界へ向かう。今回、容疑者が「フランス国籍の男」と強調されたのも象徴的だ。欧州では第二世代・第三世代の若者が、社会的排除や帰属意識の揺らぎの中で過激思想に引き寄せられる事例が報告されてきた。国籍はあっても、心理的な帰属が希薄であるというねじれ。その構造が、報道の文脈を複雑にする。
対岸の火事ではない。日本でも靖国神社への落書き事件が示すように、象徴空間が政治的対立の延長線上に置かれる兆しはある。かつては越えてはならない一線だった場所に、抗議や怒りが向かい始めている。社会規範が緩み、国際的な対立や歴史認識の問題が国内の公共空間へと流れ込むとき、追悼は容易に政治化される。分断が深まる社会では、怒りは目立つ場所へ向かう。そして最も目立つのは、最も神聖であるはずの場所だ。
戦死者の慰霊は、誰かの所有物ではない。右でも左でもない。国家でもない。それは共同体が自らの過去と向き合うための最低限の作法である。その作法が守られなくなったとき、社会は単に騒がしくなるのではない。静かに、しかし確実に、共通基盤を失っていく。凱旋門の炎は今も燃えている。問われているのは、その炎を守る覚悟が、私たちの社会にまだ残っているかどうかだ。
フランスでは長年、急激な移民政策の転換と社会統合の遅れが重なり、都市周縁部に目に見えない断層が広がってきた。問題は個々の移民の善悪ではない。国家が選択した人口変化を、教育・雇用・地域コミュニティの制度設計が受け止めきれなかったことにある。そこへ、ポリティカル・コレクトネスの名の下で率直な議論がためらわれる空気が加わる。不満や不安は可視化されず、地下水のように蓄積される。
「急激な変化」と「議論の抑制」。この二つが掛け合わさるとき、社会は静かに臨界へ向かう。今回、容疑者が「フランス国籍の男」と強調されたのも象徴的だ。欧州では第二世代・第三世代の若者が、社会的排除や帰属意識の揺らぎの中で過激思想に引き寄せられる事例が報告されてきた。国籍はあっても、心理的な帰属が希薄であるというねじれ。その構造が、報道の文脈を複雑にする。
対岸の火事ではない。日本でも靖国神社への落書き事件が示すように、象徴空間が政治的対立の延長線上に置かれる兆しはある。かつては越えてはならない一線だった場所に、抗議や怒りが向かい始めている。社会規範が緩み、国際的な対立や歴史認識の問題が国内の公共空間へと流れ込むとき、追悼は容易に政治化される。分断が深まる社会では、怒りは目立つ場所へ向かう。そして最も目立つのは、最も神聖であるはずの場所だ。
戦死者の慰霊は、誰かの所有物ではない。右でも左でもない。国家でもない。それは共同体が自らの過去と向き合うための最低限の作法である。その作法が守られなくなったとき、社会は単に騒がしくなるのではない。静かに、しかし確実に、共通基盤を失っていく。凱旋門の炎は今も燃えている。問われているのは、その炎を守る覚悟が、私たちの社会にまだ残っているかどうかだ。