千葉豪雨と社会的割引率2026年08月15日

千葉豪雨と社会的割引率
千葉でドバーッと降った。もう「雨」というより、空の蛇口を全開にして、誰かが「はいストップ!」と言うのを忘れたみたいな降り方である。駅前ロータリーは一瞬で池。マンホールはブクブク逆流。1時間に降る水を集めれば、1平方メートルあたり45リットルのゴミ収集バケツ二杯分近くになる。あの、清掃のおじさんが片手で持つとちょっとプルプルする、底の広いバケツである。気象庁の統計を見ても、1時間50mm以上の強い雨は長期的に増加している。こうした豪雨が増えたと聞くと、ラーメン屋で「替え玉無料です」と言われたみたいで景気がよさそうだが、実際は景気が悪い。水だけが増えて、排水インフラは増えない。

なぜか。ここが今回の話の肝である。日本の都市部には、1時間50mm程度の降雨を基準に整備された排水施設も少なくない。つまり、1平方メートルに降る水なら45リットルバケツ一杯分程度である。ところが現実は二杯、三杯と降る。そりゃあ溢れる。アンダーパスなど、地形的に一番低いところにあるのだから、雨が降れば水が集まるのは当たり前だ。周囲の道路から雨水がゾロゾロ流れ込み、アンダーパスは巨大な45リットルバケツの「受け皿」になる。そこへ限られた排水能力で対抗しようというのだから、これはもう勝負にならない。バケツにホースで水を入れながら、スプーンでかき出しているようなものだ。

では、なぜインフラを強化しないのか。ここで出てくるのが「社会的割引率」という、経済学の裏口みたいな概念である。日本は長く、社会的割引率4%を公共事業の費用便益分析の標準値として使ってきた。4%なら、30年後の便益100は現在価値で約31にしかならない。つまり、将来の洪水被害を防ぐための投資ほど、現在から見れば価値が小さく評価される。未来の便益が、まるで賞味期限の近い豆腐みたいに急速に値下がりするのである。デフレと低金利が長く続いた時代にも、この4%は維持されてきた。その結果、排水路の拡大、雨水貯留施設、透水性舗装など、数十年先まで使うインフラへの投資は、短期的な費用に比べて不利な評価を受けやすかった。

しかし、全部をやり直す必要はない。アンダーパスに水が流れ込む構造そのものを変えればいい。入口の周囲に排水施設を設け、雨水を横へ逃がす。浸透トレンチで地中に逃がす。周囲の流域で雨水を一時的に受け止めれば、アンダーパスに集中する水量を大幅に減らせる。残った水は専用ポンプでくみ上げればいい。要するに、「水が集まる構造を変える」のである。すべてを巨大な排水施設に置き換える必要はない。雨水を分散させ、低地に集中させない。それだけでも、豪雨対策は大きく前進する。

そして、ここには少し明るい話もある。公共事業の社会的割引率は、これまでの4%から、今後は1%以下へ引き下げる方向にある。そうなれば、30年、50年先まで使うインフラの将来便益は、これまでより大きく評価できる。排水路や貯留施設、浸透設備への投資も、「今カネがかかるから後回し」ではなく、「将来の被害を減らすために今やる価値がある」という判断に変わってくる。千葉豪雨が教えているのは、雨が降ったことだけではない。水は正直だ。降れば流れる。流れれば低地に集まる。ならば、集まらないようにすればいい。豪雨そのものは自然現象だが、被害の大きさまで自然に決まっているわけではない。制度と投資判断によって増幅された被害なら、仕組みを変えれば減らせる。天災だから仕方がない、ではない。人間が作った人災なら、人間の手で直せる。そこに、少しばかり未来の明るさがある。

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