『知床旅情』への裏切り ― 2026年08月22日

『知床旅情』への裏切り
北方領土問題というのは、日本外交の中でも特に「底まで見えるすまし汁」である。昆布と鰹で丁寧に澄ませた汁の底に、何が沈んでいるのかがはっきり見える。1855年の日露通好条約で国境が定められ、択捉島と国後島は日本領とされた。それ以来、ロシア領になったことは一度もない。それにもかかわらず、現在ロシアが不法占拠している。少なくとも日本の立場から見れば、これほど筋道の明快な問題はない。そのすまし汁の前に、サンデーモーニングの出演者たちがお盆の日曜朝に並んだ。藪中三十二元外務次官は、ここは日本固有の領土と日本の領有が条約によって確認されてきた経緯を説明し択捉上陸はプーチン氏の焦りだと評した。すまし汁の底まで、よく見えていた。議論の芯は、これ以上ないほど明快だった。視聴者は「まあそうだろう」と頷きながら、澄んだ出汁の味を確かめるように聞いていた。

ところがその直後、加藤登紀子が突然「現在、ロシアが領有しているものなので」と言い出した。すまし汁の鍋が、一瞬で真っ赤なボルシチに化けた瞬間である。しかも「色々調べてみると」と前置きしている。単なる言い間違いなら、まだ救いはある。しかし、自分で調べたうえでその言葉を選んだのであれば、話は一気に重くなる。目の前で専門家が歴史的経緯を説明しているにもかかわらず、ロシアによる現在の支配を、そのまま「領有」と言い換えてしまったからである。これは「誤認識」という生ぬるい言葉では済まない。歴史の文脈を踏み外しただけでなく、元島民の人生の物語そのものを否定する行為である。意図的かどうかは断定できないが、少なくとも「自分の世界観を鍋にそのまま投入した」ような勢いがあった。

そして、ここで怒りを覚えるのは、なにも日本の領土意識の強い人間だけではない。元島民にとっては、これは遠い国際政治の話ではない。そこは自分が生まれ育った故郷であり、ある日突然、武力によって追われ、二度と自由に暮らせなくなった土地である。その痛みを知る人々に向けて、「現在、ロシアが領有しているもの」と言えば、まるで不法に奪われた故郷が、最初からロシアのものだったかのように聞こえる。これは単なる失言ではない。故郷を奪われた人々の「痛みの記憶」を、軽々と踏みにじる行為である。怒り心頭になるのも当然だ。

しかも加藤登紀子は、『知床旅情』を歌った人物である。「はるかクナシリに 白夜は明ける」。この歌で多くの日本人が、知床の向こうに浮かぶ国後島を知った。その歌を歌って国民的歌手になった人物が、いまになって国後島を「現在、ロシアが領有しているもの」と表現する。元島民からすれば、これは単なる言葉の選び方の問題ではない。自分たちの故郷への思いを歌った歌そのものを、本人が裏切ったように感じても不思議ではない。歌の魂を支えていた歴史的前提を、歌い手自身が崩したのである。歌に泥を塗るどころではない。歌の「根」を自ら引き抜いたようなものだ。

そして番組は、すまし汁でもボルシチでもない、意味不明の闇鍋になった。歴史的事実が澄ませた出汁に、加藤氏の「世界観の具材」が赤い塊となって落ち、アナウンサーが「実効支配」と薄めようとしても、鍋は濁るばかりである。歴史の筋を通すべき場で筋が折れ、専門家の説明と出演者の認識が整理されないまま、視聴者だけが取り残された。北方領土という、元島民にとっては人生そのものともいえる問題を扱いながら、最後に残ったのは、底の見えない闇鍋だったのである。

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