『川のほとりに立つ者は』2023年03月19日

「誰もが同じことを同じようにできるわけではないのに、「ちゃんと」しているか、していないか、どうして言い切れるのか。」小説『川のほとりに立つ者は』は発達性ディスレクシアを題材にしたものだ。DVを発端にした事件から友情や恋愛を描いていく。関西弁なので親しみやすい文体で久しぶりにすっと入ってきた読み物だ。「ただちょっと運がよかっただけのくせに、偉そうに」している自分に気がつく。自分も子どものとき友人たちはすらすらと学習課題がこなせるのに自分は明日の予定の板書さえ写しきれずにいた。当然、忘れ物の山となり仲間同士のマウンティングの格好の餌食になった。大人になると今度は反対に自分より劣ると感じた他者を何人もマウンティングしてきた。

「生まれつき備わっているもの」は能力だけではない。生育環境の違いを「親ガチャ」と最近の子どもは言うらしいが、子どもの力ではどうしようもないんだと言う気持ちが表れている。もともと違うスタートラインなのに「不公平な競争」をうすうす気づきながらしている。格差は運命だと悟るのは簡単だ。しかし、どんなに孤独な人でも人は物心支え合って生きている。この世の存在として作用しあって生きていく。それならお互いを違うと面白がってかかわりあえた方が良い。

回顧録2023年03月15日

「安倍晋三回顧録」は面白い。官邸の中がどういうパワーバランスで成り立っているのか、官僚と政治家の綱引き、政治家同士の腹の読み合いを赤裸々に語っているところがいい。これを、回顧録はいいとこ取りだ切り取りだと批判するのは簡単だが、一国の首相が語る内容は重い。死人に口なしなのをいいことにして、あからさまに批判するのは己の小ささを証明しているだけに気が付かぬのかと思う。当然、本人が語るのだから、回顧録は全てが真実でもないだろうし言わないことの方が多いに決まっている。そんなことは読み手は分かっている。それでも、さもありなんと読み手が納得するかどうかは読み手の自由である。官僚との闘いはあるに決まっている。官僚が嘘をつくことがないわけがない。彼らは政治家のように国民の前で丸裸にされる心配はないからだ。

政治家と官僚のどちらが嘘つきかという問題でもない。どちらにもまじめに祖国を愛し国民の利益のために働く人はいる。そして、どちらにも、どこの国の人かと国を欺き、自己保身ばかりをする人もいる。安倍さんはそれを赤裸々に語ったところがすごい。言葉は柔らかだが、闘争心を強く感じた。そして、この人を煙たがっている人たちから殺されたかもしれないなと思う。それくらい、情熱を感じる回顧録だった。