佐賀関火災と漁村防災 ― 2025年11月23日
海風に煽られた火の粉が夜空を染め、狭い路地を逃げる住民の背中に炎が迫る――。大分市佐賀関で発生した大規模火災は、わずか数時間で170棟以上を焼き尽くした。強風と乾燥、そして木造家屋の密集という“条件の三重奏”が、漁村を丸ごと呑み込んだのである。様相は2016年の糸魚川大火とまるで写し鏡。日本の沿岸部に横たわる「木密・道狭・空家多数」という構造的リスクが、再び牙をむいた格好だ。
全国あちこちを巡って目に付くのは佐賀関のような漁村は山のように存在していることだ。リアス式海岸に張り付くように形成される漁村は、平地が乏しく、家屋は密集。道は生活導線に合わせて曲がりくねり、生活道路は軽トラ一台がやっと通るか通らないかの幅が当たり前だ。中には狭い階段が坂の上まで続くところも少なくない。人口減少と高齢化が進んだ結果、空き家は増え、無人の家は火の発見を遅らせ、延焼拡大の“燃料”にもなる。佐賀関だけが特異なのではない。全国に同じ危うさを抱えた漁村は数百単位に上るという。
制度がないわけではない。建築基準法の接道義務やセットバック規定、防火地域指定、空き家対策特措法もある。だが既存集落に対しては強制力が弱く、「危険空き家」に該当しなければ自治体も手を出せない。財政体力の乏しい小規模自治体では、撤去や道路拡幅など“面的な改善”には踏み出せないのが実情だ。こうして三重苦は、まるで“構造的宿命”のように温存され続けている。
しかし、解決の糸口は確かにある。その一つが、京都府伊根町の舟屋群のケースだ。海沿いに建ち並ぶ独特の景観で知られる伊根町では、老朽化した舟屋が増え、耐震性・防火性ともに問題が指摘されていた。そこで町は、文化庁・府と連携し、「景観を残しながら防災性を高める」方針へかじを切る。不燃材による補強、屋根材の更新、耐火性の高い建具の導入など、外観をほぼ変えずに安全性を底上げした。撤去が必要な建物には公費補助を組み合わせ、空き地は防火広場や避難スペースとして再配置した。つまり伊根は、“景観か防災か”という二者択一を乗り越え、両立を実現した数少ない成功例だ。
佐賀関のような漁村に必要なのは、この「両立の設計思想」であり、自治体任せでは到底実現し得ない制度的後押しだ。国が動くべき優先順位は明確だ。第一に、空き家撤去の公費負担を恒久化すること。 撤去後の土地は延焼遮断帯となり、防火広場として再配置できる。第二に、再建築時のセットバックを徹底し、不燃化リノベーションへの補助制度を広げることで、道路拡幅と防火帯形成を同時に達成できる。第三に、所有者不明土地の公的管理を強化し、国交省・消防庁・水産庁の縦割りを越えた合同プログラムを創設することだ。
「人口の少ない漁村に多額の税金を投入する価値はあるのか」。必ず出る疑問だ。しかし、ひとたび火災や津波が集落を飲み込めば、被害額は数十億円単位になる。景観資産や歴史文化の喪失は、金額では測れない。漁港は食料安全保障の要であり、沿岸防災の最前線でもある。観光、移住促進、地域ブランド――漁村の価値は人口統計に表れない層でこそ大きい。
佐賀関火災は、漁村の防災が“自治体任せでは限界”である現実を突きつけた。火災を都市型自然災害として正式に位置づけ、空き家対策と地域リノベーションを国策として束ねる。伊根町に学ぶべきは、文化を守りながら安全性を底上げした“総合的な処方箋”である。次の火災の報は、決して遠い未来の話ではない。分かっていたのに動かなかった――そんな悔恨だけは残してはならない。
全国あちこちを巡って目に付くのは佐賀関のような漁村は山のように存在していることだ。リアス式海岸に張り付くように形成される漁村は、平地が乏しく、家屋は密集。道は生活導線に合わせて曲がりくねり、生活道路は軽トラ一台がやっと通るか通らないかの幅が当たり前だ。中には狭い階段が坂の上まで続くところも少なくない。人口減少と高齢化が進んだ結果、空き家は増え、無人の家は火の発見を遅らせ、延焼拡大の“燃料”にもなる。佐賀関だけが特異なのではない。全国に同じ危うさを抱えた漁村は数百単位に上るという。
制度がないわけではない。建築基準法の接道義務やセットバック規定、防火地域指定、空き家対策特措法もある。だが既存集落に対しては強制力が弱く、「危険空き家」に該当しなければ自治体も手を出せない。財政体力の乏しい小規模自治体では、撤去や道路拡幅など“面的な改善”には踏み出せないのが実情だ。こうして三重苦は、まるで“構造的宿命”のように温存され続けている。
しかし、解決の糸口は確かにある。その一つが、京都府伊根町の舟屋群のケースだ。海沿いに建ち並ぶ独特の景観で知られる伊根町では、老朽化した舟屋が増え、耐震性・防火性ともに問題が指摘されていた。そこで町は、文化庁・府と連携し、「景観を残しながら防災性を高める」方針へかじを切る。不燃材による補強、屋根材の更新、耐火性の高い建具の導入など、外観をほぼ変えずに安全性を底上げした。撤去が必要な建物には公費補助を組み合わせ、空き地は防火広場や避難スペースとして再配置した。つまり伊根は、“景観か防災か”という二者択一を乗り越え、両立を実現した数少ない成功例だ。
佐賀関のような漁村に必要なのは、この「両立の設計思想」であり、自治体任せでは到底実現し得ない制度的後押しだ。国が動くべき優先順位は明確だ。第一に、空き家撤去の公費負担を恒久化すること。 撤去後の土地は延焼遮断帯となり、防火広場として再配置できる。第二に、再建築時のセットバックを徹底し、不燃化リノベーションへの補助制度を広げることで、道路拡幅と防火帯形成を同時に達成できる。第三に、所有者不明土地の公的管理を強化し、国交省・消防庁・水産庁の縦割りを越えた合同プログラムを創設することだ。
「人口の少ない漁村に多額の税金を投入する価値はあるのか」。必ず出る疑問だ。しかし、ひとたび火災や津波が集落を飲み込めば、被害額は数十億円単位になる。景観資産や歴史文化の喪失は、金額では測れない。漁港は食料安全保障の要であり、沿岸防災の最前線でもある。観光、移住促進、地域ブランド――漁村の価値は人口統計に表れない層でこそ大きい。
佐賀関火災は、漁村の防災が“自治体任せでは限界”である現実を突きつけた。火災を都市型自然災害として正式に位置づけ、空き家対策と地域リノベーションを国策として束ねる。伊根町に学ぶべきは、文化を守りながら安全性を底上げした“総合的な処方箋”である。次の火災の報は、決して遠い未来の話ではない。分かっていたのに動かなかった――そんな悔恨だけは残してはならない。