ルンバよお前もか2025年12月17日

ルンバよお前もか
先日、家庭用ロボット掃除機「ルンバ」で知られる米アイロボット社が、米デラウェア州の連邦破産裁判所にチャプター11(米連邦破産法11条)を申請したというニュースが世界を駆け巡った。パンデミック期には“巣ごもり特需”に沸き、時価総額が一時40億ドルを超えた企業が、わずか数年で経営破綻。テクノロジー産業の栄枯盛衰を象徴する出来事である。

転落の最大要因は、中国メーカーの急伸だ。RoborockやECOVACSといった中国勢は、圧倒的な量産力と改良スピードを武器に価格を切り下げ、世界市場を席巻した。高価格帯モデルに依存してきたiRobotは、この“消耗戦”に耐え切れなかった。追い打ちをかけたのが、Amazonによる買収計画の破談である。欧州規制当局は「家庭内データの独占につながる」と難色を示し、GDPRや環境規制を盾にストップをかけた。資金調達の道を断たれた同社に、もはや立て直す余力は残されていなかった。

研究開発費は削られ、人員の約3割が整理される。縮小均衡の経営は、結果として技術革新の停滞を招き、競合との差をさらに広げた。そして最終局面で選ばれたのが、中国・深センのPICEA Roboticsへの全株式売却である。最大債権者でもあった同社に身売りする形で、ルンバというブランドは生き残ったが、その所有権は中国資本に移った。アメリカ発の象徴的スマート家電ブランドが、競争と規制の狭間で飲み込まれた瞬間だった。

興味深いのは日本市場だ。ルンバは2004年の上陸以来、「お掃除ロボットの代名詞」として定着し、累計出荷台数600万台、世帯普及率10%超という圧倒的な地位を築いてきた。世界で中国勢が猛威を振るう一方、日本では「中国製IoT機器への不安感」が根強く、価格よりも“安心と信頼”が選好されてきた。家庭内データを扱うIoT製品だけに、「安いが怖い」という感情は軽視できない。日本は、ルンバにとって最後の牙城だったのである。

だが、そのルンバも今や中国企業の所有物だ。「日本ではルンバが強い」と言っても、実態は中国資本の製品を使っている構図になる。安心感の象徴だったブランドが、知らぬ間にグローバル資本の再編に組み込まれていた――この事実は、消費者にとってなかなかに複雑だ。技術史的にも文化的にも、寂しさが残る結末である。

我が家にルンバがやって来たのは7年ほど前だ。段差を越えられず、部屋の隅で立ち往生する姿はどこか愛嬌があった。タイヤが擦り切れればゴムを替え、電池がへたれば互換品を探し、今も家中を健気に走り回っている。購入当時、半額の中国製もあったが、セキュリティが怖くて敢えてルンバを選んだ。「高くても安心を買う」つもりだったのだ。

それが中国資本の傘下に入ったと知ると、家の中まで“監視”されているような、理屈ではない不安がよぎる。今回の倒産劇は、「中国以外に掃除ロボットはほぼ存在しない」という現実を白日の下にさらした。安心感を重視する日本市場と、価格競争に支配された世界市場。その対比を、これほど鮮烈に示した出来事も珍しい。ルンバの迷走は、IoT時代の消費者が何を信じ、何を選ぶのかを、静かに、しかし鋭く問いかけている。