グリーンランド担当特使2025年12月25日

グリーンランド担当特使
北極圏に横たわる巨大な氷の島、グリーンランドがいま、国際政治の「ニューホットスポット」として異様な熱を帯びている。かつては極寒の辺境、あるいは地図の端に描かれる「白い空白」に過ぎなかったこの地を巡り、大国たちの剥き出しの野心と冷徹な計算が、音を立ててぶつかり合っているのだ。火をつけたのは、やはりあの男である。ドナルド・トランプ米大統領は、当選早々「国家安全保障のためにグリーンランドを手に入れる必要がある」とぶち上げ、あろうことかルイジアナ州知事のジェフ・ランドリー氏を「グリーンランド担当特使」という前代未聞の役職に任命した。不動産王としての「買収」への執念か、それとも資源戦争を見据えた高度な地政学的戦略か。いずれにせよ、この人事はデンマークとの間に決定的な外交摩擦という火種を撒き散らしている。

だが、この騒動を単なるトランプ流の突飛なパフォーマンスと笑い飛ばすのは、あまりに無知というものだろう。米国が関心を剥き出しにするその陰で、北極圏にはロシアと中国が静かに、しかし確実にその触手を伸ばしているからだ。温暖化で氷が溶け、出現した「北極航路」は、世界の物流を根本から変える可能性を秘めている。さらに、その地下にはハイテク産業に不可欠なレアアースや貴金属が眠る。もはやこの島は、二十一世紀の覇権を握るための「最後のフロンティア」なのだ。

中国は「近北極国家」という強引な新造語を掲げ、港湾や鉱山への巨額投資をちらつかせて食い込みを図り、ロシアは北極海沿岸の軍事基地を再編・強化して自国の「裏庭」であることを誇示する。対するデンマークやEUは、「国際法に基づく領土の不可侵」という理想主義を盾に、米国の強引な揺さぶりを苦々しく見守るばかりだ。その倫理観は確かに尊い。しかし、クリミア併合からウクライナ侵攻に至る「力による現状変更」を目の当たりにしてもなお、既存の制度とマナーに固執し続ける欧州の姿は、冷酷なパワーゲームの現場ではどこか現実味を欠いて映る。

グリーンランド自身の足元も、また危うい。人口わずか五万七千人。広大な面積を持ちながら、約3,000億円の財政の半分近くをデンマークからの補助金に依存しているのが実情だ。島内には独立を悲願とする声が根強いものの、経済的・軍事的な自立基盤を欠いたままでは、列強による「草刈り場」となるリスクは拭えない。グリーンランド首相が「我々の未来は我々が決める」と主権を強調したところで、大国のエゴが渦巻く大海原において、小舟のような主権がいつまで荒波を凌げるのか、という残酷な問いが突きつけられている。

結局のところ、グリーンランド問題が我々に突きつけているのは、「理念」と「現実」のどちらを優先するのかという、逃げ場のない選択肢だ。もし欧州が、国際法という聖域に閉じこもり、地政学的な現実から目を逸らし続ければ、NATOの結束は内側から崩れ、中露の影響力は氷を溶かすように浸透していくだろう。

二十一世紀の安全保障の縮図は、この極北の島に凝縮されている。トランプ氏が放った「特使任命」という一石は、静まりかえっていた北極圏の秩序に波紋を広げ、既存のルールを根底から揺さぶっている。これは単なる領土の売り買いの話ではない。我々が守るべき「主権」とは何か、そして「安全保障」の本質はどこにあるのか。氷の下に眠る資源よりも先に、我々の覚悟が試されているのである。トランプの王様気取りと揶揄しているだけでは権威主義国の野望が挫けるはずがない。