がんを食い殺す細菌2026年01月11日

がんを食い殺す細菌
「がんを食い殺す細菌が見つかった」。そう聞けば眉に唾をつけたくなるが、これは眉唾でも怪談でもない。ニホンアマガエルの腸内から、がん組織にだけ選択的に集まり、腫瘍を破壊する細菌が発見されたのだ。北陸先端科学技術大学院大学の都英次郎教授らによる報告は、がん治療の常識を静かに、しかし確実に揺さぶっている。この細菌は、マウスに静脈注射すると腫瘍内部の低酸素環境に集積し、正常な臓器にはほとんど定着しない。腫瘍内で直接細胞を破壊するだけでなく、免疫を活性化するという“二段構え”の攻撃を仕掛ける点も特徴だ。副作用が問題になりがちな抗がん剤や免疫療法と比べ、安全性の高さが示唆されているのは大きい。忘れられかけていた「細菌療法」が、再び現実の治療選択肢として浮上してきた瞬間である。

実は、細菌をがん治療に使う試みは150年以上前にまで遡る。だが近年、腫瘍にだけ集まる天然細菌の存在が相次いで明らかになり、研究は机上の空論から実装フェーズへと移りつつある。海洋細菌フォトバクテリウム・アングスタムに続く今回の成果は、日本の生物多様性が医療資源として持つ潜在力を端的に示す象徴的な例だ。

もっとも、ここからが日本の「いつもの問題」である。世界級の発見が、そのまま世界を変える治療法になるとは限らない。日本は基礎研究では強いが、臨床応用へ橋渡しするトランスレーショナル研究が決定的に弱い。生きた細菌を医薬品として扱うには、GMP準拠の製造設備、厳格な毒性試験、環境影響評価、そして規制当局との継続的な対話が不可欠だ。しかし国内には、これらを一貫して担える拠点が限られている。資金調達力も乏しく、数百億円規模の投資が前提となる細菌療法では、研究成果が海外に流出しやすい構造が温存されてきた。

対照的なのが米国である。腫瘍選択性細菌や腫瘍溶解ウイルスの臨床試験はすでに複数進行し、FDAは前例がなくとも科学的合理性があれば早期臨床入りを認める。大学、ベンチャー、投資家が迅速に連携し、「まず試す」文化が根付いている。その結果、「発見は日本、開発と利益は海外」という構図が、何度も繰り返されてきた。

では、今回も同じ道を辿るのか。必ずしも、そうとは言い切れない。アマガエルの腸内細菌は、腫瘍選択性と安全性を兼ね備えた天然細菌であり、過度な遺伝子改変を施さずとも、弱毒化処理によって早期臨床入りが視野に入る。これは、日本が主導権を握れる数少ない条件が揃ったケースでもある。生菌医薬に特化した研究・製造拠点を整備し、PMDAが明確な早期承認ルートを示せば、基礎研究の成果を国内で育てる道は開ける。日米共同で臨床試験を進め、日本は菌株、製造技術、知的財産で主導権を確保する――そんな現実的な戦略も描ける。

がん治療は、もはや万能薬を探す時代ではない。患者ごとに異なる病態に、異なる武器をどう組み合わせるかの時代である。ウイルスや細菌という「生きた薬」を社会にどう実装するかは、日本の医療技術力だけでなく、制度設計力そのものを映し出す。アマガエルの腹の中に眠っていた細菌は、単なる生物学的発見ではない。それは、日本が再び「発見するだけの国」で終わるのか、それとも治療を生み出す国へ踏み出せるのかを問いかけている。