BRAVIAよ、お前もか2026年01月22日

BRAVIAよ、お前もか
ルンバの中華製移転を嘆いていたら、今度は愛用してきたBRAVIAまでが中国資本の軍門に下ったという報道が飛び込んできた。先日、ソニーがテレビ事業「BRAVIA」を中国TCLとの合弁会社へ移管すると発表したのだ。出資比率はTCL51%、ソニー49%。製品には引き続き「ソニー」「BRAVIA」の名が残るというが、長年ソニーのテレビを買い続けてきた身としては、「BRAVIAよ、お前もか」と呟かずにはいられない。思えばソニーのテレビは、日本の映像技術の象徴だった。小学生の頃に家にあったトリニトロン管、ウォークマンや小型テレビで培われた技術、そして近年ではプレイステーションと連動した映像表現。BRAVIAは単なる家電ではなく、「ソニー=日本の誇り」を体現する存在だった。その看板が、中国メーカーとの合弁という形で存続する。感情的な喪失感が先に立つのは無理もない。

だが、現実はさらに冷酷だ。世界の薄型テレビ市場で、ソニーのシェアは2005年の約9%から2024年には2%台へと縮小した。一方でTCLは10%を超える世界有数のメーカーに成長している。勝敗を分けたのは技術力ではない。量産規模と調達力、そして赤字を恐れずに投資を続けられる体力だ。テレビはもはや「精巧な工芸品」ではなく、「巨大な物流産業」になってしまった。ソニーが選んだのは、その現実を直視した上での延命策である。画質エンジンや映像アルゴリズムといった“頭脳”は自社で守り、製造と調達という“筋肉”はTCLに委ねる。技術流出や安全保障の懸念は当然あるが、それを理由に単独路線を貫ける体力は、もはや残っていなかったというのが本音だろう。

振り返れば、日本のテレビ産業はすでに瓦解している。日立は撤退し、東芝はハイセンスに売却、シャープは鴻海傘下、パナソニックも存続を迷い続けてきた。ソニーだけが「高付加価値路線」で踏みとどまっているかのように見えたが、その実態は、敗北を先送りしていただけだったのかもしれない。それでも今回の決断を、単なる「身売り」や「屈服」と切り捨てるのは短絡的だ。市場構造が変わった以上、勝ち方を変えるしかない。問題は別のところにある。日本企業はいつも、勝てなくなってからようやくルール変更に気づく。その間に、主導権はすべて他国に渡っている。

BRAVIAは生き残るだろう。だが、それはもはや「日本のテレビ」ではない。ブランドは残り、技術も残る。しかし、産業としての主導権は完全に手放した。その現実を直視せず、「合理的判断だった」と自分たちを慰める限り、日本のものづくりは同じ敗北を何度でも繰り返す。敗北そのものよりも、敗北を敗北と認めるのが遅すぎたこと――そこにこそ、日本企業の本当の敗因がある。