本当にお金がないのか2025年06月11日

本当にお金がないのか
ニュースや政治家の発言で、「日本は借金まみれで財政が危ない」「減税なんて無理、財源がない」といった言葉を耳にすることが多い。しかし、本当にそうなのだろうか。政府の借金と税金の関係について、もう一度冷静に見つめ直してみたい。まず、「政府の借金」とは何か。多くの場合、それは国債のことを指す。国債とは政府が発行する借用証書であり、銀行や保険会社、個人投資家など多様な主体がこれを買い支えている。つまり、政府の借金は誰かの「資産」でもあるのだ。例えば銀行は国債を保有し、その利子収入を得ている。だから、政府の借金がそのまま「悪」だと断じるのは短絡的と言える。

またよく聞く話に、「日本の債務はGDPの260%で、ギリシャより悪い」というものがある。確かに数字だけ見ると驚くかもしれない。しかし、それだけで日本の財政が危機的状況にあるとは限らない。日本の国債の約9割は国内の金融機関や日本銀行が保有しており、しかも日本は自国通貨で返済できる。これはギリシャのように外貨建ての借金が多く、返済に苦しむ国とは根本的に違う状況だ。さらに注目すべきは、借金から資産を差し引いた「ネット債務」で見る視点だ。日本政府は多くの金融資産やインフラを持ち、ネット債務のGDP比は約100%台前半とされている。また、日本は30年以上にわたり世界屈指の対外純資産国でもある。海外に対する資産が多いことは、日本全体の経済力が依然として強固であることを示している。

では、本当に「税金は財源」なのだろうか。多くの人は税金がなければ政府はお金を使えないと思い込んでいるが、現代の貨幣制度に照らせばそれは誤解だ。日本のように自国通貨を発行できる国では、中央銀行と連携して必要な資金を創り出せる。政府はまず支出を行い、その後で税金を回収することで経済が回っている。言い換えれば、税金は財源の「事前条件」ではなく、「事後的な調整手段」としての役割を担っている。ここで重要なのは「信用創造」という仕組みだ。信用創造とは銀行が預かったお金を貸し出し、実際の現金以上のお金を経済に生み出す過程である。例えば、銀行に10万円を預けると、その一部が他者に貸し出され、そのお金はまた別の人の預金になり、さらに貸し出される。この繰り返しで、10万円の預金が何倍もの購買力となって経済に流れる。政府の支出も同様に貨幣の流れを生み出し、企業や労働者へと波及し、経済を動かす原動力となっている。

だが、この貨幣や経済の仕組みを、政治家や政策担当者が十分に理解していないことは少なくない。政治家は政局に追われ、経済理論や中央銀行の役割を深く学ぶ機会が限られ、家庭の家計と同じ感覚で財政を考え、実態を誤解する場合もある。その結果、「財源がないから何もできない」という表現が使われやすくなるのだ。これは単なる政治的選択だけでなく、理解不足による誤解だ。また、「お金を増やせばインフレになる」とよく言われるが、これは必ずしも当てはまらない。確かに、経済に必要以上のお金が流れれば物価は上がる。しかし日本は長年、物価がほとんど上がらないデフレ状態にあった。これは企業や消費者がお金を使わず、経済が停滞していたためだ。インフレを抑えるための仕組みも政府や中央銀行には備わっている。例えば、増税や支出削減で市場からお金を減らしたり、日本銀行が金利を引き上げて借入を抑制したり、国債の売却で市場の資金を吸収したりと、経済の「アクセル」も「ブレーキ」も自在に操作できるのだ。また、利率が上がれば債務の利払いによって財政が逼迫すると言われるが、重要なのは利払い利率を上回る経済成長の維持である。経済成長が堅調であれば、債務負担は問題にならない。

それでもなお、なぜ政治家や政府は「財源がない」と強調するのか。それは社会全体に「政府も家計と同じで借金は悪い」という根強い思い込みがあるからだ。また、「借金は将来世代へのツケ」という言説に惑わされている向きも多いが、今困窮している状態を続けて明るい将来が見いだされるはずもない。増税や財政支出の拡大は既得権益層の反発を招き、政治リスクが高い。こうした社会的・政治的な圧力が、実際の経済理論の理解を後回しにし、誤った財政観を強化してしまっている。しかし、現実には政府は自国通貨を発行でき、必要に応じて柔軟に支出を行える。そしてインフレ抑制の手段も持っている。つまり、「財源がないからできない」というのは、経済的な事実よりも政治的な選択や理解不足による判断の可能性が高いのだ。

私たちが「借金」や「税金」の仕組みを正しく理解することは、社会や未来を変える大きな力になる。正しい知識をもって議論すれば、より建設的で現実的な政策提案が可能になり、国の財政運営にも良い影響を与えるだろう。しかし残念ながら、現政権においてはその期待を持つのは難しい。政治家の劣化が進み、こうした重要な知識の理解や活用がおろそかになっているからだ。