仏壇のお性根抜き2025年08月26日

仏壇のお性根抜き
亡くなった叔母の家を片付けることになった。遺品整理業者から「仏壇の魂抜きをお願いします」と言われたが、自分には懇意の寺も僧侶もおらず、どうすべきか途方に暮れた。無宗教で育った私にとって、仏壇は“信仰の対象”というより“残された大きな家具”に見えてしまい、扱い方に迷いがあった。母の契約している葬儀会社に相談すると、最近は孤独死や高齢者の単身世帯の増加に伴って、仏壇や位牌の処理に困るケースが急増しているという。遺品整理業者が合同供養を行うなど、民間での対応は広がりつつある。だがそれはあくまで業務的な処理であり、残された親族が「心の区切り」をつけられるかどうかは別の問題だ。

今回の体験を通じて感じたのは、孤独死や遺品整理の問題がすでに個人や家族の範囲を超え、制度や地域の仕組みに直結しているということだ。高齢化と核家族化によって、死後の住まいが“ゴミ屋敷化”する事例は少なくない。そこに遺された仏壇や位牌は、本来は人生の痕跡であり敬意をもって扱うべきものだが、現実には「廃棄物」と同じ扱いになってしまうこともある。行政には、遺品整理や仏壇処理の最低限のガイドラインを整えることが求められている。宗教的意味を一律に押し付けるのではなく、無宗教や多様な信仰のあり方を前提とした仕組みが必要だ。また、孤独死を防ぐためには、地域による見守りや支援の仕組みをどう持続可能にしていくかが課題となる。

亡き叔母を通じて直面したこの現実は、誰にでも降りかかるかもしれない近未来の課題だ。結局のところ、一人の親族にすべてを背負わせるのではなく、社会としてどう寄り添えるか。その仕組みを整えなければ、孤立と戸惑いは繰り返されていく。