「立花逮捕」で終わらせるな2025年11月10日

「立花逮捕」で終わらせるな
「逮捕寸前だった」「警察に呼ばれていた」──。兵庫県知事選の余波で自死した竹内英明元県議をめぐり、SNS上に飛び交った戦慄の言葉。その怪情報を拡散した張本人、立花孝志氏が名誉毀損容疑で逮捕された。だが、この逮捕劇をもって「一件落着」とするのはあまりに浅い。この騒動は、一人の暴走で片付けられるほど単純ではない。背後には、日本の情報空間と政治制度の深い歪みが横たわっている。発端は、現職・斎藤元彦知事が議会から不信任を突きつけられ、出直し選挙に臨むという異例の展開。火種となったのは、パワハラや公金不正支出をめぐる疑惑だったが、実際には一部週刊誌やネットメディアが裏付けの乏しい情報をセンセーショナルに報じ、それをテレビ各局が無批判に追随したことが事態を加速させた。

議会はこれに呼応し、百条委員会を設置。調査にあたった竹内氏は選挙翌日に辞職し、翌年1月に自宅で変死。自殺とみられるが、詳細は不明のままだ。そこに登場した立花氏が「逮捕予定だった」と街頭演説やSNSで発信し、名誉毀損で逮捕された──という構図だ。だが、ここで疑問が浮かぶ。立花氏の発言が違法なら、そもそも発端となったメディアの報道はどう裁かれるのか。議会を動かし、知事を辞職に追い込み、県政を混乱させた報道が「公益目的」だからといって免責されるのは妥当なのか。

報道機関は「真実と信じるに足る相当な理由」があれば名誉毀損の違法性が阻却されるという法的保護を受ける。だが、その「相当な理由」が曖昧なまま、訂正も謝罪もない報道が許される現状は、情報空間における構造的な非対称性を露呈している。このアンフェアな構造を是正するには、制度的な改革が不可欠だ。提案したいのは、テレビ報道番組に対する視聴者評価を可視化する「赤ボタン制度」の導入。リモコンの赤ボタンを押せば「偏向あり」と記録され、集計結果は公開。スポンサーはその評価を参考に広告出稿を判断し、放送局の人事にも反映される。公平な報道が高く評価されれば、メディア全体がバランス志向に傾く可能性もある。

こうした制度設計を総務省任せで待つ余裕はない。議員立法による迅速な導入こそが現実的な解だ。もちろん、「表現の自由」を侵害するとの反発は避けられない。既存の放送法第4条も「政治的に公平であること」を定めているが、その運用は萎縮効果や政治的介入の懸念から曖昧なまま放置されてきた。しかし、「赤ボタン制度」の本質は政府による規制ではない。市民という第三者の評価を市場原理(スポンサー)と組織内部のインセンティブ(人事)に反映させる、新しいガバナンスの形だ。これは表現の自由を損なう介入とは一線を画す。

放送法の空白を補完し、報道の質を市民が監視・評価する仕組みを法的に担保する。そのための議員立法は、表現の自由を守りつつ、責任ある報道を促進する最強の抑止力となる。この立法化の是非こそ、国会で真剣に議論されるべき重要課題だ。兵庫県知事選を巡る混乱は、単なる立花氏の暴走ではない。制度設計と情報空間の欠陥が生んだ構造的な事故である。立花氏の逮捕をもって幕引きとする愚を犯してはならない。今こそ、報道の責任と制度の公平性を徹底的に問い直すべき時だ。

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