「身を切る改革」維新の八百長2025年10月21日

「身を切る改革」維新の八百長
自民党と日本維新の会が事実上の連立政権へ歩を進めた。両党の交渉で焦点となったのが、衆議院比例代表の50議席削減だ。表向きは「身を切る改革」だが、実態は自党に有利な制度再編を図る“制度的八百長”にほかならない。比例区の縮小は、少数政党や新人候補の発言権を削ぎ落とし、時の大政党による永続的支配を制度的に固定化する危険な仕掛けである。

この構図を理解するには、大阪で維新が築いた“維新王国”を見ればわかる。2011年、維新は府議会で「定数削減」を掲げながら、実際には複数人区を次々と一人区へ再編し、維新候補が独占できる選挙区構造を作り上げた。たとえば、かつて2〜3人区だった中核市の選挙区を1人区に変えることで、他党が議席を得る余地を奪ったのである。表向きは「スリムな議会」だが、実態は反対勢力を制度的に排除する政治工学だった。都構想で住民投票に敗れてもなお、維新は行政機構と議会の両輪を掌握し、地方政治を事実上の“単一政党支配”へと変えた。その手口を今、国政の場へ持ち込もうとしている。比例区削減は、その第一歩にほかならない。

比例代表制は、小選挙区制の欠陥である「死票の多さ」や「大政党の独占」を是正するために設けられた民主主義のセーフティネットである。小選挙区では票が分散すれば議席はゼロになるが、比例区があることで有権者の多様な声が国政に反映される。これを削減することは、多様性の受け皿を奪い、民意を物理的に切り捨てる行為だ。試算すれば、比例を50議席減らした場合、公明党、共産党、れいわ新選組、国民民主など中小政党の多くが議席を失う。つまり、制度の力によって少数意見を国会から排除する“制度的排除”である。

一方、小選挙区で強固な地盤を持つ自民党や維新には、この削減はほとんど痛手にならない。むしろ、両党が連携すれば、比例削減後でも“過半数”を確保できる計算になる。当然、史上最低の石破内閣時の議席数よりは必ず自民は増えるので安定多数となり得る。比例削減は、民意の調整ではなく、権力の独占を制度で保証する仕掛けなのだ。改革を装いながら、競争を封じる。まさに民主主義の衣を着た専制である。

にもかかわらず、世論の一部は「働かない議員を減らせ」「比例復活はおかしい」といった声を上げ、削減を“正論”として支持している。しかし、これらは感情的な不満に過ぎず、制度の本質を見誤っている。比例復活や離党問題は運用の問題であり、制度そのものを削る理由にはならない。維新はこの“国民の苛立ち”を巧みに利用し、民主主義の根幹を削ぎ落とす制度改悪を「身を切る改革」として演出している。これほど巧妙で冷徹な政治的詐術は、戦後日本でも例を見ない。

比例代表制の削減は、単なる議席数の調整ではない。「民意を誰が代表するか」という政治構造そのものの改造である。制度を変えることで、政権は交代せずとも、交代不能な体制へと移行し得る。大阪で成功した制度支配のロジックを、いま彼らは国政に拡張しようとしているのだ。有権者に問われているのは、「身を切る改革」という美名に酔うことなく、その裏に潜む制度的八百長の構図を見抜けるかどうかである。民主主義を守る最後の防波堤は、制度の欺瞞を拒む一人ひとりの政治的良識にかかっている。

2011年、大阪維新の会は議会の過半数を持たぬまま、連携を欠いた野党の隙を突き、わずか29名で選挙制度を改変し、「大阪維新王国」の土台を築いた。今、国政においても、その再演が始まろうとしている。

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