不破哲三氏逝く ― 2026年01月01日
日本共産党元議長・不破哲三氏の死去を伝える記事は、同氏を「柔軟路線」を掲げた理論家として位置づけ、その知的影響力の大きさを改めて伝えた。不破氏が、日本共産党において長く理論的支柱であり続けたことは疑いようがない。マルクス主義を単なる教条ではなく、現実政治に接続しようとした姿勢、学究的誠実さ、そして粘り強い思索は、思想家として高く評価されるべきだろう。自分も若いころは何度も不破氏の演説に耳を傾け、その弁舌にあこがれもした。だが、その「柔軟さ」は、国際政治、とりわけ民主主義の制度的評価において、必ずしも深い洞察と結びつかなかった。ここにこそ、日本共産党が長年抱えてきた構造的弱点が、象徴的に凝縮されている。
日本共産党はこれまで、ソ連、中国、キューバ、ベトナム、北朝鮮、そして21世紀にはベネズエラといった「反米・自主路線」を掲げる国家を、しばしば「人民のための変革」として肯定的に評価してきた。その評価軸は一貫している。すなわち、資本主義批判、帝国主義への抵抗、社会的平等の理念――いずれも理念としては理解できる。
しかし問題は、その評価があまりにも理念寄りで、民主主義を支える制度的条件への感度が決定的に弱かった点にある。権力分立、司法の独立、言論の自由、多様な政治的意見の共存。こうした制度的基盤が脆弱なまま「人民の名」を掲げた権力が、いかに容易に権威主義へと変質するか。その構造的危険性を、日本共産党は繰り返し見誤ってきた。
権威主義は、独裁者の出現から始まるわけではない。むしろ出発点は、「民意の回復」「腐敗の一掃」「人民のための改革」といった、極めて民主主義的な物語である。民衆の熱狂は制度的チェックを弱め、異論や穏健な批判は「敵」「反動」として排除される。例外措置は常態化し、制度は静かに、しかし確実に変質していく。この過程は歴史上、何度も繰り返されてきた。
そして決定的なのが、ベネズエラの事例だ。ベネズエラは冷戦期の「特殊な社会主義国家」ではない。選挙で誕生した政権が、「民主主義を通じて社会主義へ」という物語を掲げ、21世紀において国際的な期待を集めた国家だった。チャベス政権は国民投票を重ね、民主主義の深化を強調しながら権力を拡張していった。
しかしその帰結は、司法と選挙制度の形骸化、メディア統制、野党排除、経済崩壊、そして国民の大量流出である。これは「民主主義が未成熟だったから起きた」のではない。民主主義の制度を用いて、民主主義そのものが空洞化していったのである。
それでも日本共産党は、当初チャベス政権を「社会主義的前進」と評価し、後にマドゥロ政権下で権威主義と人権侵害が顕在化してから批判に転じた。この「期待→権威主義化→批判」という構図は、ソ連、中国、北朝鮮でも繰り返されてきたため、国民の目にはどうしても「またか」と映る。
不破氏自身も、ソ連崩壊に際して、社会主義体制が内包していた権力集中と独裁化の萌芽を、十分に総括できたとは言い難い。共産党は一貫して「民主主義が十分に発展しなかったから失敗した」と説明してきたが、むしろ問題は逆だ。民主主義の制度を軽視し、理念を優先したこと自体が、失敗の条件だったのではないか。
この発想は、国際政治評価にとどまらず、日本共産党の国内政策や党内統治にも色濃く反映されている。多様性の尊重を掲げながら、異論は「民主集中制」という言葉のもとに封殺される。討論は存在しても、結論は常に同質的だ。その帰結が、長期固定化した指導部と、驚くほど多様性を欠いた人事構成である。
民主主義は、理念ではなく制度と運用に現れる。党内人事が単調で不透明であるという事実は、組織の民主主義がどこで止まっているかを、雄弁に物語る。
不破哲三という思想家の死は、単なる訃報ではない。それは、日本共産党が長年抱えてきた認識の限界を、静かに照らし出す出来事でもある。理念に殉じた知性だからこそ、その理念が制度として結実しなかった現実から、目を背けてはならない。社会主義の失敗を「民主主義が足りなかった」と語り続ける限り、日本共産党は、ベネズエラで起きた現実からも、そして自らの組織の硬直からも、永久に学ぶことができないだろう。
日本共産党はこれまで、ソ連、中国、キューバ、ベトナム、北朝鮮、そして21世紀にはベネズエラといった「反米・自主路線」を掲げる国家を、しばしば「人民のための変革」として肯定的に評価してきた。その評価軸は一貫している。すなわち、資本主義批判、帝国主義への抵抗、社会的平等の理念――いずれも理念としては理解できる。
しかし問題は、その評価があまりにも理念寄りで、民主主義を支える制度的条件への感度が決定的に弱かった点にある。権力分立、司法の独立、言論の自由、多様な政治的意見の共存。こうした制度的基盤が脆弱なまま「人民の名」を掲げた権力が、いかに容易に権威主義へと変質するか。その構造的危険性を、日本共産党は繰り返し見誤ってきた。
権威主義は、独裁者の出現から始まるわけではない。むしろ出発点は、「民意の回復」「腐敗の一掃」「人民のための改革」といった、極めて民主主義的な物語である。民衆の熱狂は制度的チェックを弱め、異論や穏健な批判は「敵」「反動」として排除される。例外措置は常態化し、制度は静かに、しかし確実に変質していく。この過程は歴史上、何度も繰り返されてきた。
そして決定的なのが、ベネズエラの事例だ。ベネズエラは冷戦期の「特殊な社会主義国家」ではない。選挙で誕生した政権が、「民主主義を通じて社会主義へ」という物語を掲げ、21世紀において国際的な期待を集めた国家だった。チャベス政権は国民投票を重ね、民主主義の深化を強調しながら権力を拡張していった。
しかしその帰結は、司法と選挙制度の形骸化、メディア統制、野党排除、経済崩壊、そして国民の大量流出である。これは「民主主義が未成熟だったから起きた」のではない。民主主義の制度を用いて、民主主義そのものが空洞化していったのである。
それでも日本共産党は、当初チャベス政権を「社会主義的前進」と評価し、後にマドゥロ政権下で権威主義と人権侵害が顕在化してから批判に転じた。この「期待→権威主義化→批判」という構図は、ソ連、中国、北朝鮮でも繰り返されてきたため、国民の目にはどうしても「またか」と映る。
不破氏自身も、ソ連崩壊に際して、社会主義体制が内包していた権力集中と独裁化の萌芽を、十分に総括できたとは言い難い。共産党は一貫して「民主主義が十分に発展しなかったから失敗した」と説明してきたが、むしろ問題は逆だ。民主主義の制度を軽視し、理念を優先したこと自体が、失敗の条件だったのではないか。
この発想は、国際政治評価にとどまらず、日本共産党の国内政策や党内統治にも色濃く反映されている。多様性の尊重を掲げながら、異論は「民主集中制」という言葉のもとに封殺される。討論は存在しても、結論は常に同質的だ。その帰結が、長期固定化した指導部と、驚くほど多様性を欠いた人事構成である。
民主主義は、理念ではなく制度と運用に現れる。党内人事が単調で不透明であるという事実は、組織の民主主義がどこで止まっているかを、雄弁に物語る。
不破哲三という思想家の死は、単なる訃報ではない。それは、日本共産党が長年抱えてきた認識の限界を、静かに照らし出す出来事でもある。理念に殉じた知性だからこそ、その理念が制度として結実しなかった現実から、目を背けてはならない。社会主義の失敗を「民主主義が足りなかった」と語り続ける限り、日本共産党は、ベネズエラで起きた現実からも、そして自らの組織の硬直からも、永久に学ぶことができないだろう。
職員室に封印された「禁書」 ― 2026年01月02日
防衛省が小学生向けに作成した「こども防衛白書」が全国の学校に配布され、教育現場がざわついている。なかでも長崎市では「職員室で保管」との対応まで取られたというが、これは事実上の“封印”に等しい。報道の多くは「政府が一方的な政治教材を送りつけ、現場が迷惑している」という、お決まりの被害者構図でこの騒動を描く。しかし、それはあまりに浅い理解だ。問題の核心は、“押し付け”か否かではない。日本の学校教育が、長年にわたって意図的に空白にしてきた領域が、ついに露呈したという点にある。
民主主義とは何か。自由はどのように守られているのか。国家は何のために存在するのか。多くの民主主義国家では、これらは市民教育の出発点として教えられる。民主主義は自然に与えられたギフトではなく、歴史的な闘争と犠牲の上に成立し、不断の努力なしには容易に崩れうる制度であること。国家が国民の生命や領土を守る役割を持つことも、特定の政治思想ではなく、社会を成り立たせる前提として共有されている。
ところが日本では、戦前教育への強烈なアレルギーと「政治的中立性」という言葉の誤用が絡み合い、国家や安全保障を語ること自体が“危険思想”のように忌避されてきた。その象徴が、学習指導要領における安全保障分野の極端な抽象化であり、教員養成課程で国防や国際安全保障を正面から扱わない構造である。結果として、教師自身が「教え方を知らない」まま現場に立たされ、扱いづらいテーマから距離を取ることが常態化した。
その帰結として、子どもたちは民主主義の脆さも、自由を支える制度設計も十分に学ばないまま社会に送り出される。そこへ突然、防衛省名義の白書が届けば、内容の是非以前に“異物”として拒絶反応が起きるのは当然だ。今回の混乱は、白書の出来が良いか悪いかの問題ではない。これまで「教えるべきことを教えてこなかった」教育行政のツケが、一気に噴き出したに過ぎない。
皮肉なのは、現代の子どもたちが学校の外では、スマートフォンを通じて戦争や軍事衝突の生々しい映像に日常的に触れているという現実だ。それらは断片的で、感情を刺激する一方、文脈や検証を欠くものが多い。学校が「中立」を盾に安全保障から目を背け続ければ、子どもたちは最初に出会った過激な言説に思考を“ハック”されるだけである。教えないことは中立ではない。ただの無防備な放置であり、教育の放棄に近い。
本来必要なのは、特定の政策を刷り込むことではない。事実と意見を区別し、国家間の力関係や国際秩序を理解するための「安全保障リテラシー」を育てることだ。これは思想教育ではなく、現代社会を生き抜くための思考の基礎体力である。にもかかわらず、一部メディアは「迷惑がる現場」という表層だけを強調し、防衛省の配布行為を単純な悪役に仕立てる。その結果、なぜ現場がここまで脆弱なのかという制度的欠陥は、都合よく不可視化されていく。これは批判ではなく、論点のすり替えだ。
中立性とは、国家の役割を曖昧にすることではない。複数の視点を示し、考える材料を与えることだ。国家が存在し、国を守る仕組みがあることを教えるのは、民主主義と何ら矛盾しない。むしろ、市民意識は教育によって耕されるものであり、自然発生するものではない。
「こども防衛白書」をめぐるドタバタ劇は、日本の教育が長年放置してきた巨大な空白を白日の下にさらした。問うべきは白書の是非ではない。民主主義と自由、国家の役割を土台に、現実の安全保障を多面的に考える力を、いつまで教育現場から締め出し続けるのかという点だ。問われているのは子どもでも教師でもない。学習指導要領を定め、教員養成の枠組みを設計しながら、その責任から逃げ続けてきた文部科学省と教育行政が、いつこの空白を自らの責任として引き受けるのか。その覚悟の欠如こそが、今回の騒動の「真の原因」ではないか。
民主主義とは何か。自由はどのように守られているのか。国家は何のために存在するのか。多くの民主主義国家では、これらは市民教育の出発点として教えられる。民主主義は自然に与えられたギフトではなく、歴史的な闘争と犠牲の上に成立し、不断の努力なしには容易に崩れうる制度であること。国家が国民の生命や領土を守る役割を持つことも、特定の政治思想ではなく、社会を成り立たせる前提として共有されている。
ところが日本では、戦前教育への強烈なアレルギーと「政治的中立性」という言葉の誤用が絡み合い、国家や安全保障を語ること自体が“危険思想”のように忌避されてきた。その象徴が、学習指導要領における安全保障分野の極端な抽象化であり、教員養成課程で国防や国際安全保障を正面から扱わない構造である。結果として、教師自身が「教え方を知らない」まま現場に立たされ、扱いづらいテーマから距離を取ることが常態化した。
その帰結として、子どもたちは民主主義の脆さも、自由を支える制度設計も十分に学ばないまま社会に送り出される。そこへ突然、防衛省名義の白書が届けば、内容の是非以前に“異物”として拒絶反応が起きるのは当然だ。今回の混乱は、白書の出来が良いか悪いかの問題ではない。これまで「教えるべきことを教えてこなかった」教育行政のツケが、一気に噴き出したに過ぎない。
皮肉なのは、現代の子どもたちが学校の外では、スマートフォンを通じて戦争や軍事衝突の生々しい映像に日常的に触れているという現実だ。それらは断片的で、感情を刺激する一方、文脈や検証を欠くものが多い。学校が「中立」を盾に安全保障から目を背け続ければ、子どもたちは最初に出会った過激な言説に思考を“ハック”されるだけである。教えないことは中立ではない。ただの無防備な放置であり、教育の放棄に近い。
本来必要なのは、特定の政策を刷り込むことではない。事実と意見を区別し、国家間の力関係や国際秩序を理解するための「安全保障リテラシー」を育てることだ。これは思想教育ではなく、現代社会を生き抜くための思考の基礎体力である。にもかかわらず、一部メディアは「迷惑がる現場」という表層だけを強調し、防衛省の配布行為を単純な悪役に仕立てる。その結果、なぜ現場がここまで脆弱なのかという制度的欠陥は、都合よく不可視化されていく。これは批判ではなく、論点のすり替えだ。
中立性とは、国家の役割を曖昧にすることではない。複数の視点を示し、考える材料を与えることだ。国家が存在し、国を守る仕組みがあることを教えるのは、民主主義と何ら矛盾しない。むしろ、市民意識は教育によって耕されるものであり、自然発生するものではない。
「こども防衛白書」をめぐるドタバタ劇は、日本の教育が長年放置してきた巨大な空白を白日の下にさらした。問うべきは白書の是非ではない。民主主義と自由、国家の役割を土台に、現実の安全保障を多面的に考える力を、いつまで教育現場から締め出し続けるのかという点だ。問われているのは子どもでも教師でもない。学習指導要領を定め、教員養成の枠組みを設計しながら、その責任から逃げ続けてきた文部科学省と教育行政が、いつこの空白を自らの責任として引き受けるのか。その覚悟の欠如こそが、今回の騒動の「真の原因」ではないか。
ストレンジャー・シングス ― 2026年01月03日
2016年の配信開始から、気づけば10年という歳月が流れた。2026年の元旦、ついに最終章となるシーズン5が配信され、私は「ああ、ここまで来たのか」と静かな感慨を抱きながら画面を見つめていた。年末にシーズン4までを一気に視聴し、ホーキンスの闇へ深く沈み込んだまま、その流れで最終シーズンに突入した。この物語を語るうえで、イレブン役のミリー・ボビー・ブラウンという存在を外すことはできない。
彼女は11歳でシリーズに参加し、最終章を迎えた今は21歳になった。子どもから大人へ――その不可逆な変化の時間そのものを、作品と共に生きた稀有な俳優である。日本で言えば『北の国から』の純と螢、海外なら『ハリー・ポッター』の三人組が思い浮かぶが、ここまで役柄と俳優自身の成長が分かちがたく重なった例は多くない。私たちはドラマを観ていたのではない。一人の少女が変貌していく10年間を、リアルタイムで目撃してきたのだ。
初期シーズンを振り返ると、シーズン1のイレブンは驚くほど言葉を持たなかった。丸刈りの頭に、サイズの合わないピンクのワンピース。社会から隔絶された彼女には、自らの意志を伝えるための「言語」が欠落していた。ゆえにミリーは、「目」「呼吸」「身体のこわばり」だけで感情を表現するという、極めて過酷な演技を課せられた。
未知への恐怖、拭いきれない孤独、ふと滲む優しさ。鼻血を流しながら世界を睨みつける、あの射抜くような視線。言葉がないからこそ、視聴者は彼女の瞳の揺らぎに神経を集中させてしまう。子役という枠を軽々と超えた、痛々しいほどに成熟した「沈黙の演技」。それこそがシリーズ初期の強烈な引力であり、本作に底知れぬ深みを与えていた最大の要因だった。そこには、技術を超えた「本物の異質感」が確かに宿っていた。
物語が進むにつれ、イレブンは単なる実験体ではなく、友情や恋、そして自分という存在の輪郭に悩む一人の少女へと変化していく。それに呼応するように、ミリーの演技もまた確かな広がりを見せた。怒りや悲しみだけでなく、思春期特有の戸惑い、大切な人を守ろうとする意志までもが、丁寧に表現されていく。シリーズ外でも『エノーラ・ホームズ』で主演を務め、彼女は着実にスターダムを駆け上がっていった。
しかし、「洗練されたスター」として成熟していく姿を目にするほど、言いようのない寂しさが胸に広がる。経験を積み、大人の俳優へと脱皮していく過程で、かつて彼女が放っていた唯一無二の輝きが、少しずつ遠ざかっていくように感じてしまうのだ。天才子役が成長と引き換えに初期の輝きを失う例は古今東西に枚挙にいとまがない。それでもなお、切なさは拭えない。
シーズン1のミリーには、説明不能な不気味さと、今にも壊れそうな脆さが同居する特異な磁力があった。あの異質感こそが、イレブンというキャラクターの魂だったはずだ。だが現在の彼女からは、そうした危うい輝きは後景に退き、どこか「完成された女優」という安定した場所に収まってしまった印象が否めない。整った表情、計算された身振り、プロフェッショナルな立ち居振る舞い。それは俳優としての正解である一方、かつて私が彼女に見ていた「奇跡」とは、微妙に異なる地点にある。
かつてのイレブンが放っていた、言葉にならないほど強烈な「個の光」は、社会性と技術を獲得する代償として、どこかに置き去りにされたのではないか。もちろんそれは、人としても俳優としても正しい成長だろう。それでも、あの凍えるような孤独の中で世界を睨みつけていた少女に心を奪われた者としては、その洗練を手放しで祝うことができない。あの圧倒的なカリスマ性は、あの年齢、あの瞬間にしか宿り得なかった、刹那の奇跡だったのかもしれない。
10年間の撮影を終え、ミリーは「卒業は安堵ではない。この作品は私を育ててくれた」と語ったという。このシリーズは、彼女にとってキャリアの出発点であると同時に、人生そのものを形作った聖域だったはずだ。脚本や演出、80年代ノスタルジーを喚起する世界観の完成度もさることながら、その中心に刻一刻と変化するミリー・ボビー・ブラウンという「生身の成長」があり続けたことこそが、本作を単なる人気ドラマではなく、一つの文化現象へと押し上げた最大の理由である。
最終章を見届けながら、かつてあどけなくも圧倒的な存在感を放っていたイレブンの残像を今も画面の隅々に探している。ミリーの10年間と、それを見守ってきた私たちの10年間。物語の終わりとともに、あの奇跡のような「子役時代の輝き」が完全に過去へと沈んでいく。その切なさを噛み締めながら、この壮大なフィナーレを最後まで見届けたいと思う。
彼女は11歳でシリーズに参加し、最終章を迎えた今は21歳になった。子どもから大人へ――その不可逆な変化の時間そのものを、作品と共に生きた稀有な俳優である。日本で言えば『北の国から』の純と螢、海外なら『ハリー・ポッター』の三人組が思い浮かぶが、ここまで役柄と俳優自身の成長が分かちがたく重なった例は多くない。私たちはドラマを観ていたのではない。一人の少女が変貌していく10年間を、リアルタイムで目撃してきたのだ。
初期シーズンを振り返ると、シーズン1のイレブンは驚くほど言葉を持たなかった。丸刈りの頭に、サイズの合わないピンクのワンピース。社会から隔絶された彼女には、自らの意志を伝えるための「言語」が欠落していた。ゆえにミリーは、「目」「呼吸」「身体のこわばり」だけで感情を表現するという、極めて過酷な演技を課せられた。
未知への恐怖、拭いきれない孤独、ふと滲む優しさ。鼻血を流しながら世界を睨みつける、あの射抜くような視線。言葉がないからこそ、視聴者は彼女の瞳の揺らぎに神経を集中させてしまう。子役という枠を軽々と超えた、痛々しいほどに成熟した「沈黙の演技」。それこそがシリーズ初期の強烈な引力であり、本作に底知れぬ深みを与えていた最大の要因だった。そこには、技術を超えた「本物の異質感」が確かに宿っていた。
物語が進むにつれ、イレブンは単なる実験体ではなく、友情や恋、そして自分という存在の輪郭に悩む一人の少女へと変化していく。それに呼応するように、ミリーの演技もまた確かな広がりを見せた。怒りや悲しみだけでなく、思春期特有の戸惑い、大切な人を守ろうとする意志までもが、丁寧に表現されていく。シリーズ外でも『エノーラ・ホームズ』で主演を務め、彼女は着実にスターダムを駆け上がっていった。
しかし、「洗練されたスター」として成熟していく姿を目にするほど、言いようのない寂しさが胸に広がる。経験を積み、大人の俳優へと脱皮していく過程で、かつて彼女が放っていた唯一無二の輝きが、少しずつ遠ざかっていくように感じてしまうのだ。天才子役が成長と引き換えに初期の輝きを失う例は古今東西に枚挙にいとまがない。それでもなお、切なさは拭えない。
シーズン1のミリーには、説明不能な不気味さと、今にも壊れそうな脆さが同居する特異な磁力があった。あの異質感こそが、イレブンというキャラクターの魂だったはずだ。だが現在の彼女からは、そうした危うい輝きは後景に退き、どこか「完成された女優」という安定した場所に収まってしまった印象が否めない。整った表情、計算された身振り、プロフェッショナルな立ち居振る舞い。それは俳優としての正解である一方、かつて私が彼女に見ていた「奇跡」とは、微妙に異なる地点にある。
かつてのイレブンが放っていた、言葉にならないほど強烈な「個の光」は、社会性と技術を獲得する代償として、どこかに置き去りにされたのではないか。もちろんそれは、人としても俳優としても正しい成長だろう。それでも、あの凍えるような孤独の中で世界を睨みつけていた少女に心を奪われた者としては、その洗練を手放しで祝うことができない。あの圧倒的なカリスマ性は、あの年齢、あの瞬間にしか宿り得なかった、刹那の奇跡だったのかもしれない。
10年間の撮影を終え、ミリーは「卒業は安堵ではない。この作品は私を育ててくれた」と語ったという。このシリーズは、彼女にとってキャリアの出発点であると同時に、人生そのものを形作った聖域だったはずだ。脚本や演出、80年代ノスタルジーを喚起する世界観の完成度もさることながら、その中心に刻一刻と変化するミリー・ボビー・ブラウンという「生身の成長」があり続けたことこそが、本作を単なる人気ドラマではなく、一つの文化現象へと押し上げた最大の理由である。
最終章を見届けながら、かつてあどけなくも圧倒的な存在感を放っていたイレブンの残像を今も画面の隅々に探している。ミリーの10年間と、それを見守ってきた私たちの10年間。物語の終わりとともに、あの奇跡のような「子役時代の輝き」が完全に過去へと沈んでいく。その切なさを噛み締めながら、この壮大なフィナーレを最後まで見届けたいと思う。
経団連会長年頭会見 ― 2026年01月04日
年頭会見で経団連会長が口にしたのは、もはや聞き慣れたフレーズだった。「地方の中小企業は深刻な人手不足に直面している。外国人材の受け入れ拡大が不可欠だ」。政府にはデータに基づく制度整備を求め、企業には賃上げの継続を促す——一見、バランスの取れた提言に映る。だが、この発言を要約という“解剖台”に載せると、いくつかの矛盾が鮮明に浮かび上がる。
第一に、「人手不足→外国人材」という因果があまりに短絡的だ。なぜ賃金を引き上げて国内労働力を引き寄せないのか。なぜ省人化投資や業務改革によって人手依存を減らさないのか。その説明は意図的に省かれている。要約すれば、「不足しているから入れる」という単線論法だけが残り、前提の妥当性は検証されないままだ。
第二に、賃上げの継続と外国人材受け入れ拡大を同時に唱える点である。労働供給を増やせば、賃金上昇圧力は弱まる。これは経済学の初歩だ。インフレギャップ期とは、本来、賃金上昇をきっかけに企業が自動化や設備投資に踏み切り、非効率な企業が退出し、労働がより生産性の高い分野へ移動する局面である。外国人材で“穴埋め”すれば、この新陳代謝は鈍る。要約すればするほど、「賃上げ」と「労働供給拡大」を同時に求める構造矛盾が際立つ。
第三に、「地方中小企業の存続」を大義名分にした外国人材政策の危うさだ。突き詰めれば、それは低生産性企業の延命策に近い。市場から退出すべき企業が、安価な労働力によって生き残れば、経済全体の生産性は上がらない。名目GDPが物価上昇で膨らんでも、国民所得の実質的な増加には結びつかない。
結局、経団連会長の発言は「短期の人手不足対策を優先し、長期の生産性向上との整合性を欠く」という一点に収れんされる。外国人材受け入れ拡大を強調すればするほど、日本経済が長年陥ってきた“低生産性均衡の固定化”という構造的問題が、むしろ鮮明に浮かび上がる。対症療法としての外国人材依存が繰り返されるたび、賃上げも生産性改革も先送りされ、停滞の責任は曖昧化され、失われた時間だけが積み上がってきた。
今後の政策は、労働供給の量的補填を前提とする発想から脱却し、生産性向上を中心に据えた制度設計へと軸足を移す必要がある。具体的には、賃金上昇を通じた労働移動の促進、低生産性企業の退出を阻害しない市場環境の整備、自動化・設備投資を後押しする税制・規制改革など、構造的改善を促す政策が不可欠である。外国人材の受け入れは、そのような改革の代替ではなく、あくまで補完的手段として位置づけられるべきだ。
日本経済が持続的成長を取り戻すためには、短期的な人手不足への対処にとどまらず、どのような産業構造と生産性水準を将来像として描くのかという根本的な政策ビジョンを明確にする必要がある。求められているのは、安易な延命策を政府に求め続けることではなく、長期的な成長基盤を再構築するために、全企業の9割を占める中小企業の生産性を抜本的に引き上げる政策である。
第一に、「人手不足→外国人材」という因果があまりに短絡的だ。なぜ賃金を引き上げて国内労働力を引き寄せないのか。なぜ省人化投資や業務改革によって人手依存を減らさないのか。その説明は意図的に省かれている。要約すれば、「不足しているから入れる」という単線論法だけが残り、前提の妥当性は検証されないままだ。
第二に、賃上げの継続と外国人材受け入れ拡大を同時に唱える点である。労働供給を増やせば、賃金上昇圧力は弱まる。これは経済学の初歩だ。インフレギャップ期とは、本来、賃金上昇をきっかけに企業が自動化や設備投資に踏み切り、非効率な企業が退出し、労働がより生産性の高い分野へ移動する局面である。外国人材で“穴埋め”すれば、この新陳代謝は鈍る。要約すればするほど、「賃上げ」と「労働供給拡大」を同時に求める構造矛盾が際立つ。
第三に、「地方中小企業の存続」を大義名分にした外国人材政策の危うさだ。突き詰めれば、それは低生産性企業の延命策に近い。市場から退出すべき企業が、安価な労働力によって生き残れば、経済全体の生産性は上がらない。名目GDPが物価上昇で膨らんでも、国民所得の実質的な増加には結びつかない。
結局、経団連会長の発言は「短期の人手不足対策を優先し、長期の生産性向上との整合性を欠く」という一点に収れんされる。外国人材受け入れ拡大を強調すればするほど、日本経済が長年陥ってきた“低生産性均衡の固定化”という構造的問題が、むしろ鮮明に浮かび上がる。対症療法としての外国人材依存が繰り返されるたび、賃上げも生産性改革も先送りされ、停滞の責任は曖昧化され、失われた時間だけが積み上がってきた。
今後の政策は、労働供給の量的補填を前提とする発想から脱却し、生産性向上を中心に据えた制度設計へと軸足を移す必要がある。具体的には、賃金上昇を通じた労働移動の促進、低生産性企業の退出を阻害しない市場環境の整備、自動化・設備投資を後押しする税制・規制改革など、構造的改善を促す政策が不可欠である。外国人材の受け入れは、そのような改革の代替ではなく、あくまで補完的手段として位置づけられるべきだ。
日本経済が持続的成長を取り戻すためには、短期的な人手不足への対処にとどまらず、どのような産業構造と生産性水準を将来像として描くのかという根本的な政策ビジョンを明確にする必要がある。求められているのは、安易な延命策を政府に求め続けることではなく、長期的な成長基盤を再構築するために、全企業の9割を占める中小企業の生産性を抜本的に引き上げる政策である。
トランプ政権のベネズエラ攻撃 ― 2026年01月05日
トランプ政権がベネズエラ国内の軍事施設を攻撃したと米メディアが報じた。この動きを、日本では「大統領の暴走」や「石油利権を狙った軍事行動」といった分かりやすい物語で消費する論調が目立つ。しかし、賛否を語る前に、なぜ米国でこの問題が安全保障の議題として浮上するのか、その前提を確認する必要がある。
米国では毎年10万人以上が麻薬の過剰摂取で死亡している。これは個人の嗜好や自己責任の問題を超え、社会基盤を侵食する国家的危機である。ベネズエラが米国の脅威認識の俎上に載る理由は、単に麻薬カルテルが存在するからではない。米国政府は長年、同国の政権高官が麻薬密輸ネットワークと結びついている疑いを公にしてきた。つまり問題は、「国家が犯罪を抑えられない」ことではなく、「国家が犯罪の一部になっている可能性がある」という点にある。
この違いは、しばしば比較されるメキシコとの関係を見ると明確だ。メキシコも治安は不安定でカルテルの影響力は強いが、民主的正統性を有する政府が存在し、米国と治安協力を行っている。対照的に、ベネズエラは選挙の公正性が疑われ、司法や議会が政権に従属する体制にあり、国家と犯罪の境界が曖昧だと見なされている。米国にとって両国は同一視できない存在なのである。
もちろん、こうした事情が直ちに軍事行動を正当化するわけではない。主権侵害や国際法違反の懸念は、当然に慎重に検証されるべきだ。軍事行動が新たな混乱や犠牲を生む危険性も否定できない。むしろ、安易な武力行使が事態を悪化させてきた歴史は、世界各地で繰り返し確認されてきた。
それでもなお、この問題が「最後の手段」として議論される背景には、国家の第一義的責務が国民の生命を守ることにあるという現実がある。水源に毒が流し込まれている状況で、水質基準の解釈論だけを続けても被害は止まらない。外交、制裁、司法手続きといった手段を尽くしてもなお、国民が日々命を落とし続けるなら、国家がより踏み込んだ対応を検討すること自体を「異常」と断じるのは現実的ではない。
問題は、日本の報道がこの前提をほとんど共有していない点にある。米国の麻薬危機の規模も、ベネズエラ政権と犯罪ネットワークをめぐる疑惑も、国際法が想定していない現代的脅威も、十分に説明されない。その結果、議論は政策の是非ではなく、人物評価や感情的反発へと矮小化される。
問われているのは、トランプ政権を支持するか否かではない。国民が「見えない戦争」で命を落とし続ける現実を前に、国家はいかなる責任を負うのか――その問いを提示せず、単純な善悪二元論に回収する言説こそが、最も議論を貧しくしている。
米国では毎年10万人以上が麻薬の過剰摂取で死亡している。これは個人の嗜好や自己責任の問題を超え、社会基盤を侵食する国家的危機である。ベネズエラが米国の脅威認識の俎上に載る理由は、単に麻薬カルテルが存在するからではない。米国政府は長年、同国の政権高官が麻薬密輸ネットワークと結びついている疑いを公にしてきた。つまり問題は、「国家が犯罪を抑えられない」ことではなく、「国家が犯罪の一部になっている可能性がある」という点にある。
この違いは、しばしば比較されるメキシコとの関係を見ると明確だ。メキシコも治安は不安定でカルテルの影響力は強いが、民主的正統性を有する政府が存在し、米国と治安協力を行っている。対照的に、ベネズエラは選挙の公正性が疑われ、司法や議会が政権に従属する体制にあり、国家と犯罪の境界が曖昧だと見なされている。米国にとって両国は同一視できない存在なのである。
もちろん、こうした事情が直ちに軍事行動を正当化するわけではない。主権侵害や国際法違反の懸念は、当然に慎重に検証されるべきだ。軍事行動が新たな混乱や犠牲を生む危険性も否定できない。むしろ、安易な武力行使が事態を悪化させてきた歴史は、世界各地で繰り返し確認されてきた。
それでもなお、この問題が「最後の手段」として議論される背景には、国家の第一義的責務が国民の生命を守ることにあるという現実がある。水源に毒が流し込まれている状況で、水質基準の解釈論だけを続けても被害は止まらない。外交、制裁、司法手続きといった手段を尽くしてもなお、国民が日々命を落とし続けるなら、国家がより踏み込んだ対応を検討すること自体を「異常」と断じるのは現実的ではない。
問題は、日本の報道がこの前提をほとんど共有していない点にある。米国の麻薬危機の規模も、ベネズエラ政権と犯罪ネットワークをめぐる疑惑も、国際法が想定していない現代的脅威も、十分に説明されない。その結果、議論は政策の是非ではなく、人物評価や感情的反発へと矮小化される。
問われているのは、トランプ政権を支持するか否かではない。国民が「見えない戦争」で命を落とし続ける現実を前に、国家はいかなる責任を負うのか――その問いを提示せず、単純な善悪二元論に回収する言説こそが、最も議論を貧しくしている。
金利2.1%で大騒ぎするメディア ― 2026年01月06日
「ついに来てしまったのか……」。日本の長期金利(10年物国債利回り)が2.1%を超えたというニュースを受け、市場関係者の間にそんな空気が広がったと伝えられる。テレビや新聞、ネットニュースでは、「国の借金が重くなる」「将来、日本は財政破綻する」といった不安をあおる解説が相次いでいる。日々の暮らしを考える立場からすれば、「やはり日本は危ないのではないか」と感じてしまうのも無理はない。しかし、金利が上がったという事実だけで、国の財政がすぐに行き詰まると考えるのは早計だ。まず理解すべきなのは、ここ二十年以上続いてきた「金利がほぼゼロ」という状態そのものが、実はかなり特殊だったという点だ。日本は長いデフレの中で、景気も物価も動かず、金利も眠ったままだった。世界的に見れば、これは例外的な状況であり、決して「普通」ではなかった。
金利とは、例えるなら経済の体温。体が元気になれば体温が少し上がるように、経済が動き出せば金利も上がる。長い間、日本経済は体温の低い状態が続いてきた。最近の金利上昇は、経済がようやく目を覚まし、平熱に戻りつつある兆しと見ることもできる。平熱に戻っただけなのに、「高熱が出た」と騒ぐのは、判断の基準そのものがずれていると言える。
それにもかかわらず、なぜ多くのメディアは金利上昇を「危機」として描く。その背景には、いくつかの事情がある。第一に、不安や恐怖をあおる話題のほうが、人の関心を集めやすいという現実。「破綻」「崩壊」といった強い言葉は、視聴率やアクセス数につながりやすい。第二に、長年デフレしか経験してこなかった記者や解説者自身が、「金利のある経済」に慣れておらず、変化そのものを過剰に恐れている側面もある。さらに、「財政が厳しい」という空気は、増税や支出抑制を進めたい側にとって都合がよいという政治的事情もある。インフレは悪で歳出を抑え物価を元に戻すべきだと信じ込んでいる政治家は少なくない。
よく聞かれる「金利が上がると利払いが急増し、日本は破綻する」という議論も、実態を十分に踏まえていない。日本の国債は、すべてが一斉に金利の影響を受ける仕組みではない。国債には返済期限があり、その平均は約9年である。つまり、今日金利が上がったからといって、明日からすべての借金の利息が急に増えるわけではない。低い金利で借りた国債は、その条件のまま残り、影響は時間をかけて少しずつ現れる。国には、状況に対応するための猶予がある。
財政を考えるうえで重要な考え方に、「ドーマー条件」がある。難しく聞こえるが、中身は単純である。名目の経済成長率が名目金利を上回っていれば、借金は大きな問題にならないという考え方である。家計に置き換えれば、住宅ローンの金利が2%でも、収入が毎年3%ずつ増えていれば、返済はそれほど重荷にならないのと同じ理屈だ。
現在の日本では、物価はおおむね2%前後で推移し、企業の賃上げも広がりつつある。経済全体の成長率が金利と同程度、あるいはそれを上回れば、税収は自然に増加し、財政の持続性はむしろ高まる可能性がある。そもそも先進諸国の長期金利は概ね3%以上が標準的だ。それにもかかわらず、メディアは円安だと騒ぎ、金利上昇だと騒ぎ、いったい何を望んでいるのか理解しがたい。では、これまでの30年間のように円高と低金利であれば経済が上向くとでもいうのだろうか。論理は完全に破綻している。
本当に危険なのは、金利上昇そのものではない。不安に駆られて、景気が動き始めたところで増税や支出削減を急ぐことだ。過去の日本は、「財政再建」を急ぐあまり、景気回復の芽を自ら摘み取り、結果として税収を減らし、借金を増やすという失敗を繰り返してきた。その教訓を忘れてはならない。
重要なのは、金利の数字に一喜一憂することではなく、その金利を上回る力で稼げる国になれるかどうかである。若い世代が将来に希望を持ち、企業が安心して投資できる環境を整えられるか。それこそが、日本の財政の行方を左右する。
「金利が上がったから、もう終わりだ」と嘆く必要はない。むしろこれは、長い停滞から抜け出し、「普通の経済」に戻るための入口である。不安をあおる声に振り回されず、成長する力をどう育てるかを冷静に考えることが、今の日本に最も求められている姿勢ではないか。
金利とは、例えるなら経済の体温。体が元気になれば体温が少し上がるように、経済が動き出せば金利も上がる。長い間、日本経済は体温の低い状態が続いてきた。最近の金利上昇は、経済がようやく目を覚まし、平熱に戻りつつある兆しと見ることもできる。平熱に戻っただけなのに、「高熱が出た」と騒ぐのは、判断の基準そのものがずれていると言える。
それにもかかわらず、なぜ多くのメディアは金利上昇を「危機」として描く。その背景には、いくつかの事情がある。第一に、不安や恐怖をあおる話題のほうが、人の関心を集めやすいという現実。「破綻」「崩壊」といった強い言葉は、視聴率やアクセス数につながりやすい。第二に、長年デフレしか経験してこなかった記者や解説者自身が、「金利のある経済」に慣れておらず、変化そのものを過剰に恐れている側面もある。さらに、「財政が厳しい」という空気は、増税や支出抑制を進めたい側にとって都合がよいという政治的事情もある。インフレは悪で歳出を抑え物価を元に戻すべきだと信じ込んでいる政治家は少なくない。
よく聞かれる「金利が上がると利払いが急増し、日本は破綻する」という議論も、実態を十分に踏まえていない。日本の国債は、すべてが一斉に金利の影響を受ける仕組みではない。国債には返済期限があり、その平均は約9年である。つまり、今日金利が上がったからといって、明日からすべての借金の利息が急に増えるわけではない。低い金利で借りた国債は、その条件のまま残り、影響は時間をかけて少しずつ現れる。国には、状況に対応するための猶予がある。
財政を考えるうえで重要な考え方に、「ドーマー条件」がある。難しく聞こえるが、中身は単純である。名目の経済成長率が名目金利を上回っていれば、借金は大きな問題にならないという考え方である。家計に置き換えれば、住宅ローンの金利が2%でも、収入が毎年3%ずつ増えていれば、返済はそれほど重荷にならないのと同じ理屈だ。
現在の日本では、物価はおおむね2%前後で推移し、企業の賃上げも広がりつつある。経済全体の成長率が金利と同程度、あるいはそれを上回れば、税収は自然に増加し、財政の持続性はむしろ高まる可能性がある。そもそも先進諸国の長期金利は概ね3%以上が標準的だ。それにもかかわらず、メディアは円安だと騒ぎ、金利上昇だと騒ぎ、いったい何を望んでいるのか理解しがたい。では、これまでの30年間のように円高と低金利であれば経済が上向くとでもいうのだろうか。論理は完全に破綻している。
本当に危険なのは、金利上昇そのものではない。不安に駆られて、景気が動き始めたところで増税や支出削減を急ぐことだ。過去の日本は、「財政再建」を急ぐあまり、景気回復の芽を自ら摘み取り、結果として税収を減らし、借金を増やすという失敗を繰り返してきた。その教訓を忘れてはならない。
重要なのは、金利の数字に一喜一憂することではなく、その金利を上回る力で稼げる国になれるかどうかである。若い世代が将来に希望を持ち、企業が安心して投資できる環境を整えられるか。それこそが、日本の財政の行方を左右する。
「金利が上がったから、もう終わりだ」と嘆く必要はない。むしろこれは、長い停滞から抜け出し、「普通の経済」に戻るための入口である。不安をあおる声に振り回されず、成長する力をどう育てるかを冷静に考えることが、今の日本に最も求められている姿勢ではないか。
スクールバスで交通空白解消 ― 2026年01月07日
山間の集落で一人暮らしをする高齢者は、月に一度の通院のため、前夜から段取りを考える。かつて走っていた路線バスは廃止され、タクシーは予約がなかなか取れない。家の前を毎朝決まった時間に通り過ぎるのは、孫世代を乗せたスクールバスだけだ。「あれに乗れたら、どれだけ楽か」。地方の「交通空白」は、すでに生活の細部を侵食している。政府がこの問題にようやく本腰を入れた。過疎化や人口減少で移動手段の確保が難しくなった地域を救うとして、スクールバスや福祉施設の送迎車など、地域に存在するあらゆる車両を一般住民の移動にも活用できるよう、地域公共交通活性化再生法(地域交通法)の改正案を次期通常国会に提出する方針だ。
自治体が交通、教育、医療、福祉といった関係者を横断的に調整し、地域の実情に応じた旅客運送サービスを構築する役割を担うことを明確化する。国は新サービス導入に財政支援を行う。学校や病院の統廃合が進む一方、バスやタクシーの運転手不足が深刻化し、既存の交通網だけでは住民の移動需要を支えきれなくなっている現実が、ようやく政策を動かした格好だ。
だが、切り札とされるスクールバスの活用には、以前から指摘されてきた構造的な歪みがある。多くの自治体で運行は民間委託され、朝夕の登下校と学校行事以外はほとんど稼働しない。土日や長期休暇中は完全停止。年間を通せば、車両と運転手の多くが長時間「止まったまま」だ。
特別支援学校では、この非効率がさらに際立つ。下校時には放課後等デイサービス事業所の車が児童を迎えに来るため、スクールバスはほとんど乗客を乗せないまま走る。「空気を運ぶバス」が日常化しているのである。教育委員会と福祉部局の縦割り、委託契約の硬直性、送迎加算をめぐる制度設計――現場では長年、改善不能な前提条件として扱われてきた。
今回の法改正案は、こうした“空白時間”を地域交通に転用しようという試みだ。デイサービス車両を非営業日に有料送迎として活用する、スクールバスを空き時間に予約制のデマンド交通として走らせる。事業認可の簡略化、車両や運転手の共同活用、運行データの標準化も盛り込まれる。制度設計としては、確かに前進である。
しかし冷静に見れば、これは地方交通の延命措置に過ぎない。車両のやり繰りで危機をしのげる段階は、すでに通り過ぎている。世界に目を向ければ、一般ドライバーが有償で乗客を運ぶUberやLyftが、都市部だけでなく郊外や地方の移動を支えている。保険、GPS監視、評価システムといったプラットフォーム管理によって安全性を担保するのが、いまや国際標準だ。
一方、日本では一般ドライバーによる有償運送は依然として原則禁止のままだ。導入された「日本版ライドシェア」も、タクシー会社が主体となり、二種免許を必須とするなど強い制約が課されている。「安全性」を理由に規制は維持されているが、その裏側で、移動手段を失った高齢者や通院が困難な人々が生まれている現実は、制度の外側に置き去りにされている。
わが町でもライドシェア制度を活用した町内バスが運行されるようになった。しかし、バス停までは自力で移動する必要があるし、使用されている大型ワゴン車はステップの段差が高く、足の弱い高齢者や障害のある人は利用しづらい。運転者が介助を行わないという取り決めもあり、実質的に対象外となっている。こうした状況は、指定した場所に来てくれるUberやLyftのように柔軟で利用者層の広い海外のライドシェアと比べると、到底同じ仕組みとは言えないほど不便だ。
地方の交通空白を本質的に解消するには、スクールバスの遊休活用だけでは不十分だ。二種免許要件の見直しや地域限定での規制緩和、さらにはプラットフォーム側に安全管理責任を負わせる制度設計など、誰がハンドルを握れるのかという「資格の壁」を、時代に合わせて引き直す覚悟が問われている。また、既存の路線に自動運転を導入する構想もあるが、道路交通法をはじめとする厳しい規制が立ちはだかり、実現の時期は依然として見通せない。
今回の法改正は、確かに重要な一歩だ。だが本当の焦点は、走らないバスをどう動かすかではない。動かせない制度を、いつまで守り続けるのか。地方交通の再生は、日本社会が規制と現実のどちらを選ぶのかを映す、静かな踏み絵になりつつある。
自治体が交通、教育、医療、福祉といった関係者を横断的に調整し、地域の実情に応じた旅客運送サービスを構築する役割を担うことを明確化する。国は新サービス導入に財政支援を行う。学校や病院の統廃合が進む一方、バスやタクシーの運転手不足が深刻化し、既存の交通網だけでは住民の移動需要を支えきれなくなっている現実が、ようやく政策を動かした格好だ。
だが、切り札とされるスクールバスの活用には、以前から指摘されてきた構造的な歪みがある。多くの自治体で運行は民間委託され、朝夕の登下校と学校行事以外はほとんど稼働しない。土日や長期休暇中は完全停止。年間を通せば、車両と運転手の多くが長時間「止まったまま」だ。
特別支援学校では、この非効率がさらに際立つ。下校時には放課後等デイサービス事業所の車が児童を迎えに来るため、スクールバスはほとんど乗客を乗せないまま走る。「空気を運ぶバス」が日常化しているのである。教育委員会と福祉部局の縦割り、委託契約の硬直性、送迎加算をめぐる制度設計――現場では長年、改善不能な前提条件として扱われてきた。
今回の法改正案は、こうした“空白時間”を地域交通に転用しようという試みだ。デイサービス車両を非営業日に有料送迎として活用する、スクールバスを空き時間に予約制のデマンド交通として走らせる。事業認可の簡略化、車両や運転手の共同活用、運行データの標準化も盛り込まれる。制度設計としては、確かに前進である。
しかし冷静に見れば、これは地方交通の延命措置に過ぎない。車両のやり繰りで危機をしのげる段階は、すでに通り過ぎている。世界に目を向ければ、一般ドライバーが有償で乗客を運ぶUberやLyftが、都市部だけでなく郊外や地方の移動を支えている。保険、GPS監視、評価システムといったプラットフォーム管理によって安全性を担保するのが、いまや国際標準だ。
一方、日本では一般ドライバーによる有償運送は依然として原則禁止のままだ。導入された「日本版ライドシェア」も、タクシー会社が主体となり、二種免許を必須とするなど強い制約が課されている。「安全性」を理由に規制は維持されているが、その裏側で、移動手段を失った高齢者や通院が困難な人々が生まれている現実は、制度の外側に置き去りにされている。
わが町でもライドシェア制度を活用した町内バスが運行されるようになった。しかし、バス停までは自力で移動する必要があるし、使用されている大型ワゴン車はステップの段差が高く、足の弱い高齢者や障害のある人は利用しづらい。運転者が介助を行わないという取り決めもあり、実質的に対象外となっている。こうした状況は、指定した場所に来てくれるUberやLyftのように柔軟で利用者層の広い海外のライドシェアと比べると、到底同じ仕組みとは言えないほど不便だ。
地方の交通空白を本質的に解消するには、スクールバスの遊休活用だけでは不十分だ。二種免許要件の見直しや地域限定での規制緩和、さらにはプラットフォーム側に安全管理責任を負わせる制度設計など、誰がハンドルを握れるのかという「資格の壁」を、時代に合わせて引き直す覚悟が問われている。また、既存の路線に自動運転を導入する構想もあるが、道路交通法をはじめとする厳しい規制が立ちはだかり、実現の時期は依然として見通せない。
今回の法改正は、確かに重要な一歩だ。だが本当の焦点は、走らないバスをどう動かすかではない。動かせない制度を、いつまで守り続けるのか。地方交通の再生は、日本社会が規制と現実のどちらを選ぶのかを映す、静かな踏み絵になりつつある。
司法の闇=プレサンス事件 ― 2026年01月08日
大阪地検特捜部が主導したプレサンス事件をめぐり、違法な取り調べを受けたとして元主任検事を刑事告発していた山岸元・元社長。その告発について大阪高検は「不起訴処分を維持する」と判断した。無罪が確定してなお、捜査の誤りを問う声は今回も検察組織の分厚い壁にはね返された形であり、関係者に広がるのは驚きではなく、諦念に近い怒りである。プレサンス事件では、大阪地検特捜部が山岸氏を横領幇助容疑で逮捕・起訴した。しかし直接証拠は乏しく、供述の信用性も当初から揺らいでいた。それでも拘留は248日に及び、経営者としての社会的信用は深く損なわれた。公判が始まると検察が描いた「犯罪ストーリー」は次々と崩れ、最終的に無罪が確定。裁判所は特捜部が構築した犯罪構造そのものを否定した。
それでも、捜査を主導した元主任検事への刑事告発は大阪地検により「嫌疑なし」とされ、大阪高検の再検討でも覆らなかった。山岸氏側は付審判請求という最後の手段に踏み切ったが、検察は自らの判断の正当性を崩そうとしない。無罪判決よりも組織のメンツを優先しているように見える。
付審判請求の判断を下すのは大阪地裁であり、望みが完全に断たれたわけではないが、同事件の国家賠償訴訟では大阪地裁が原告の主張を退けており、楽観視はできない。一方で、この地裁判決は、高裁の刑事裁判が明確に示した「検察捜査の不当性」と整合せず、大阪高裁の判断を事実上脇に置いたものにも見える。こうした矛盾を踏まえれば、仮に付審判請求が却下されたとしても、国家賠償控訴審の大阪高裁で逆転勝訴となる可能性は残されている。
検察側の反論は定型的だ。「この事件は全面的な証拠開示義務が課される類型ではない。法の定める範囲で開示は尽くしている」と。しかし問題は、直接証拠に乏しく供述に依存した事件であるにもかかわらず、供述に至る経緯や変遷を示す「無罪に資する情報」が検察の裁量で十分に俎上に載せられなかった点にある。捜査の適否を外部が検証できない構造が温存されているのである。
この構図は大川原化工機事件と驚くほど似ている。警視庁公安部は輸出規制違反と誤認し、経営者らを逮捕、11カ月に及ぶ長期拘留を行った。後に装置が規制対象外であることが判明し、内部告発を契機に誤認捜査が明るみに出た。検察は起訴を取り消し、裁判所は逮捕・勾留を違法と認定。国と東京都に賠償を命じる異例の結末となった。
両事件を分けた最大の違いは、内部告発という“外圧”の有無である。大川原事件では偶然の内部告発が安全弁として機能したが、プレサンス事件にはそれがなかった。無罪は勝ち取ったものの、捜査手法の妥当性が正面から検証されることはなかった。
無罪は出た。だが、誰も責任を取らない。この現実こそ、両事件に共通する日本の刑事司法の「平常運転」ではないか。国会が行政と司法のあり方を正すべきだが、検察や裁判所を敵に回したくないという弱腰は今も続く。頼みの綱であるメディアですら、この闇を追及し続ける存在はごくわずかだ。これで権威主義国家を揶揄する資格があるのかと思う。
それでも、捜査を主導した元主任検事への刑事告発は大阪地検により「嫌疑なし」とされ、大阪高検の再検討でも覆らなかった。山岸氏側は付審判請求という最後の手段に踏み切ったが、検察は自らの判断の正当性を崩そうとしない。無罪判決よりも組織のメンツを優先しているように見える。
付審判請求の判断を下すのは大阪地裁であり、望みが完全に断たれたわけではないが、同事件の国家賠償訴訟では大阪地裁が原告の主張を退けており、楽観視はできない。一方で、この地裁判決は、高裁の刑事裁判が明確に示した「検察捜査の不当性」と整合せず、大阪高裁の判断を事実上脇に置いたものにも見える。こうした矛盾を踏まえれば、仮に付審判請求が却下されたとしても、国家賠償控訴審の大阪高裁で逆転勝訴となる可能性は残されている。
検察側の反論は定型的だ。「この事件は全面的な証拠開示義務が課される類型ではない。法の定める範囲で開示は尽くしている」と。しかし問題は、直接証拠に乏しく供述に依存した事件であるにもかかわらず、供述に至る経緯や変遷を示す「無罪に資する情報」が検察の裁量で十分に俎上に載せられなかった点にある。捜査の適否を外部が検証できない構造が温存されているのである。
この構図は大川原化工機事件と驚くほど似ている。警視庁公安部は輸出規制違反と誤認し、経営者らを逮捕、11カ月に及ぶ長期拘留を行った。後に装置が規制対象外であることが判明し、内部告発を契機に誤認捜査が明るみに出た。検察は起訴を取り消し、裁判所は逮捕・勾留を違法と認定。国と東京都に賠償を命じる異例の結末となった。
両事件を分けた最大の違いは、内部告発という“外圧”の有無である。大川原事件では偶然の内部告発が安全弁として機能したが、プレサンス事件にはそれがなかった。無罪は勝ち取ったものの、捜査手法の妥当性が正面から検証されることはなかった。
無罪は出た。だが、誰も責任を取らない。この現実こそ、両事件に共通する日本の刑事司法の「平常運転」ではないか。国会が行政と司法のあり方を正すべきだが、検察や裁判所を敵に回したくないという弱腰は今も続く。頼みの綱であるメディアですら、この闇を追及し続ける存在はごくわずかだ。これで権威主義国家を揶揄する資格があるのかと思う。
セクハラ福井県政 ― 2026年01月09日
福井県が公表した特別調査委員会の報告書は、県政の深部に長年埋め込まれていた「静かな爆弾」を白日の下にさらした。前知事による複数の女性職員への不適切行為が、約20年という異様な長期間にわたり続いていたことを、行政自らが公式に認定したのである。しかも、この爆弾が露出したタイミングは偶然ではない。知事失職を受け、県政はこれから知事選に入ろうとしている。有権者が「次」を選ぼうとする直前、過去の闇が一気に照射された。
注目すべきは調査のスピードと踏み込みだ。調査期間はわずか1か月。それでも被害者4名の詳細な証言が集められ、前知事が送信した約1000件に及ぶメッセージが精査された。そこには、「キスしちゃう」「エッチなことは好き?」といった、業務とは無縁の露骨な性的表現が並ぶ。さらに、身体的接触行為も事実として明確に認定された。
調査委員会は一線を越えた。これらの行為を単なるセクハラにとどめず、ストーカー規制法や不同意わいせつ罪に抵触する可能性にまで言及。前知事が一部を否定した点については「信用できない」と断じ、事実上、反論の余地を封じた。地方行政の内部調査としては、異例の厳しさである。
会見で副知事は、「圧倒的に優位な地位にある知事からの行為で、被害者は長期間にわたり精神的苦痛を受けた。許されるものではない」と述べ、県として謝罪した。だが、この言葉はこれから始まる知事選で、重い問いとして跳ね返る。被害者が耐え続けたのは、前知事個人の言動だけではない。声を上げた瞬間に何を失うか分からない――その組織の空気そのものだ。
なぜ20年以上も問題は表に出なかったのか。短期間の調査で事実が一気に噴出したことは、「証拠がなかった」のではなく、「語らせない環境」が維持されていたことを物語る。幹部がトップの異常な言動をまったく把握していなかったと考える方が不自然だ。人事権が首長に集中する自治体では、幹部は不祥事に触れにくく、「見て見ぬふり」が慣行となる。これは管理能力の問題ではない。県政を包んできた組織文化そのものの問題である。
さらに深刻なのは、県議会の沈黙だ。行政が調査したからといって、議会が沈黙してよい理由にはならない。「行政が調べたのだから、議会は動かない」という構造が成立しているとすれば、それは県政の自律的統治がすでに崩壊していることを意味する。議会は行政の後追い機関ではなく、独立した監視装置のはずだからだ。
議会の沈黙は二つの可能性を示す。何も把握していなかったのか、把握しながら沈黙していたのか。どちらであっても、県政のガバナンスは深刻に損なわれていた。そしてもし今回も議会が動かないなら、次の知事は「何が起きても止められない県政」を引き継ぐことになる。
これから始まる知事選は、単なる後任選びではない。問われるのは、この沈黙の構造と決別できるのかという一点だ。その健全性を測る最大の試金石は、候補者の言葉ではない。県議会が自ら動くかどうかである。今回の問題は、前知事個人の資質に矮小化できない。行政と議会、その双方に横たわる沈黙の構造を可視化した事件である。これを「過去の不祥事」として処理すれば、同じ構造は必ず再生産される。選ばれるべきなのは、次の知事ではない。沈黙を断ち切る県政そのものだ。
注目すべきは調査のスピードと踏み込みだ。調査期間はわずか1か月。それでも被害者4名の詳細な証言が集められ、前知事が送信した約1000件に及ぶメッセージが精査された。そこには、「キスしちゃう」「エッチなことは好き?」といった、業務とは無縁の露骨な性的表現が並ぶ。さらに、身体的接触行為も事実として明確に認定された。
調査委員会は一線を越えた。これらの行為を単なるセクハラにとどめず、ストーカー規制法や不同意わいせつ罪に抵触する可能性にまで言及。前知事が一部を否定した点については「信用できない」と断じ、事実上、反論の余地を封じた。地方行政の内部調査としては、異例の厳しさである。
会見で副知事は、「圧倒的に優位な地位にある知事からの行為で、被害者は長期間にわたり精神的苦痛を受けた。許されるものではない」と述べ、県として謝罪した。だが、この言葉はこれから始まる知事選で、重い問いとして跳ね返る。被害者が耐え続けたのは、前知事個人の言動だけではない。声を上げた瞬間に何を失うか分からない――その組織の空気そのものだ。
なぜ20年以上も問題は表に出なかったのか。短期間の調査で事実が一気に噴出したことは、「証拠がなかった」のではなく、「語らせない環境」が維持されていたことを物語る。幹部がトップの異常な言動をまったく把握していなかったと考える方が不自然だ。人事権が首長に集中する自治体では、幹部は不祥事に触れにくく、「見て見ぬふり」が慣行となる。これは管理能力の問題ではない。県政を包んできた組織文化そのものの問題である。
さらに深刻なのは、県議会の沈黙だ。行政が調査したからといって、議会が沈黙してよい理由にはならない。「行政が調べたのだから、議会は動かない」という構造が成立しているとすれば、それは県政の自律的統治がすでに崩壊していることを意味する。議会は行政の後追い機関ではなく、独立した監視装置のはずだからだ。
議会の沈黙は二つの可能性を示す。何も把握していなかったのか、把握しながら沈黙していたのか。どちらであっても、県政のガバナンスは深刻に損なわれていた。そしてもし今回も議会が動かないなら、次の知事は「何が起きても止められない県政」を引き継ぐことになる。
これから始まる知事選は、単なる後任選びではない。問われるのは、この沈黙の構造と決別できるのかという一点だ。その健全性を測る最大の試金石は、候補者の言葉ではない。県議会が自ら動くかどうかである。今回の問題は、前知事個人の資質に矮小化できない。行政と議会、その双方に横たわる沈黙の構造を可視化した事件である。これを「過去の不祥事」として処理すれば、同じ構造は必ず再生産される。選ばれるべきなのは、次の知事ではない。沈黙を断ち切る県政そのものだ。
ベネズエラの政治犯釈放 ― 2026年01月10日
ベネズエラの国会議長が、政治犯の釈放に言及したと報じられた。マドゥロ政権下で野党支持者の拘束が続き、「独裁国家」の代名詞のように語られてきた同国に、久々に聞こえた柔らかな言葉である。だが、このニュースをもって「民主化の兆し」と受け取るのは早計だ。ベネズエラの危機は、善政か悪政かという単純な物語では説明できない。
この国の民主主義は、壊されたというより、もともと強くなかった。チャベス以前のベネズエラは、南米で最も安定した民主国家の一つと称されてきたが、実態は二大政党が石油利権を分け合う“閉じたエリート民主主義”にすぎなかった。司法は弱く、メディアは政党と癒着し、市民社会は育たなかった。国家財政の中心が石油収入である以上、政府は国民から税を取らずに済み、説明責任や制度改革への圧力も生まれなかった。「税を取らない国家は、制度を鍛える必要がない」からだ。
その歪みが露呈したのが、1980〜90年代の石油価格下落である。貧困は拡大し、汚職は常態化し、既存政党への信頼は瓦解した。国民が「この国は誰のものなのか」と問い始めたとき、その空白を埋めたのがチャベスだった。反エリート、反米を掲げ、石油マネーを使った大規模再分配で喝采を浴びる。しかしそれは、未来への投資ではなく、現在への動員だった。そしてベネズエラは独裁まで動員してしまった。
国有化、価格統制、外貨規制――革命の名の下で進められた社会主義政策は、民間投資を冷え込ませ、石油産業の技術基盤さえ蝕んだ。制度が脆弱な国家では、権力集中は驚くほど容易だ。司法も議会もメディアも、気づけば政権の延長線上に置かれ、民主主義の防波堤は静かに崩れていった。石油収入がある間は失政も制度破壊も覆い隠せたが、価格が下がった瞬間、そのツケは一気に噴き出す。
マドゥロ期に顕在化したハイパーインフレ、物資不足、国民の大量流出は、独裁の帰結であると同時に、制度を育てなかった資源国家の末路でもある。今回の政治犯釈放が象徴的な前進だとしても、それだけで民主主義が再生することはない。問題の核心は、石油という富を「成長の資産」ではなく「分配の道具」として使い続け、国家の足腰を鍛えなかった点にある。
制度なき民主主義は、危機に耐えられない。この病はベネズエラ固有のものではない。資源、財政余力、あるいは人気取りの政策によって説明責任が曖昧になった瞬間、どの国でも同じ空洞化は起こり得る。ベネズエラで問われているのは政権交代の有無ではなく、国家を支える制度を再建できるかどうかだ。その答えが示されない限り、釈放のニュースもまた、次の危機までの蜃気楼に終わるだろう。
この国の民主主義は、壊されたというより、もともと強くなかった。チャベス以前のベネズエラは、南米で最も安定した民主国家の一つと称されてきたが、実態は二大政党が石油利権を分け合う“閉じたエリート民主主義”にすぎなかった。司法は弱く、メディアは政党と癒着し、市民社会は育たなかった。国家財政の中心が石油収入である以上、政府は国民から税を取らずに済み、説明責任や制度改革への圧力も生まれなかった。「税を取らない国家は、制度を鍛える必要がない」からだ。
その歪みが露呈したのが、1980〜90年代の石油価格下落である。貧困は拡大し、汚職は常態化し、既存政党への信頼は瓦解した。国民が「この国は誰のものなのか」と問い始めたとき、その空白を埋めたのがチャベスだった。反エリート、反米を掲げ、石油マネーを使った大規模再分配で喝采を浴びる。しかしそれは、未来への投資ではなく、現在への動員だった。そしてベネズエラは独裁まで動員してしまった。
国有化、価格統制、外貨規制――革命の名の下で進められた社会主義政策は、民間投資を冷え込ませ、石油産業の技術基盤さえ蝕んだ。制度が脆弱な国家では、権力集中は驚くほど容易だ。司法も議会もメディアも、気づけば政権の延長線上に置かれ、民主主義の防波堤は静かに崩れていった。石油収入がある間は失政も制度破壊も覆い隠せたが、価格が下がった瞬間、そのツケは一気に噴き出す。
マドゥロ期に顕在化したハイパーインフレ、物資不足、国民の大量流出は、独裁の帰結であると同時に、制度を育てなかった資源国家の末路でもある。今回の政治犯釈放が象徴的な前進だとしても、それだけで民主主義が再生することはない。問題の核心は、石油という富を「成長の資産」ではなく「分配の道具」として使い続け、国家の足腰を鍛えなかった点にある。
制度なき民主主義は、危機に耐えられない。この病はベネズエラ固有のものではない。資源、財政余力、あるいは人気取りの政策によって説明責任が曖昧になった瞬間、どの国でも同じ空洞化は起こり得る。ベネズエラで問われているのは政権交代の有無ではなく、国家を支える制度を再建できるかどうかだ。その答えが示されない限り、釈放のニュースもまた、次の危機までの蜃気楼に終わるだろう。