ハメネイ師と神権独裁国家2025年06月20日

ハメネイ師と神権独裁国家
イランとイスラエルの対立が、もはや局地的な衝突を超え、全面戦争の危機をはらむ段階に突入している。国際社会の多くはイスラエルのネタニヤフ首相の強硬姿勢に注目し、批判の矛先を彼に向けている。だが、その陰に隠れているもう一人のキーパーソン、イランの最高指導者、アリー・ハメネイ師の存在については、ほとんど語られない。ハメネイ師は1939年、イランの聖地マシャドに生まれ、神学を学び、イスラム革命の指導者ホメイニ師に師事した人物である。パーレビ王朝の西欧化政策に反発し、革命後には大統領や革命防衛隊の司令官を歴任。1989年にホメイニ師の死去に伴って最高指導者に就任して以降、イランの国家方針を決定づける存在として、反米・反イスラエルの路線を一貫して貫いてきた。表向き、イランは大統領制を敷く民主的国家を装っている。だが実態は、すべての最終決定権をハメネイ師が握る、宗教と政治が一体化した神権独裁国家である。核開発の是非も、対外戦略も、親パレスチナ武装勢力への支援も、すべてハメネイ師の意志によって左右される。イスラエルとヒズボラやハマスとの武力衝突の背後に、イランの支援があるという見方はもはや陰謀論ではない。

2023年のガザ戦闘以降、イランとイスラエルの緊張は一気に高まり、2024年にはついにイラン本土からイスラエルへの直接的なミサイル攻撃が実施された。ハメネイ師は演説で「米国はイランを降伏させられない」と語り、イスラエルに対しても「制限のない報復」を宣言。国際社会が懸念する核兵器についても、「作らないが、もし作ろうと思えば米国は止められない」と挑発的な発言を重ね、世界に緊張を走らせている。こうした状況にもかかわらず、欧米や日本のメディアは、ハメネイ師の責任や影響力については驚くほど控えめだ。イスラム教を公に批判することの難しさや、宗教問題に踏み込むことへの忖度があるのかもしれない。だが、「触れてはいけない聖域」として扱ってしまえば、事態の核心には永遠に届かない。

もちろん、イスラエル側の強硬対応――ネタニヤフ政権による空爆や入植地拡大――にも多くの問題があるのは事実だ。だが、それが「先に手を出した方が悪い」という単純な構図に回収されてしまえば、政治の背後で長期にわたって火種を撒いてきた存在の責任は問われないままである。中東の安定にとって本当に必要なのは、ネタニヤフ首相の退陣でも、ハマスの武装解除でもない。イランという国家を事実上支配し、選挙に縛られることなく長年その座に君臨し続けるハメネイ師の存在を、正面から直視することではないか。彼が変わらぬ限り、地域の構造的な不安定は終わらない。宗教的権威と政治的絶対権力を併せ持つ稀有な指導者、黒いターバンをまとったこの人物の存在こそが、現代の中東における最大の「見えにくい危機」ではないか。

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