「口約束外交」の代償2025年08月07日

「口約束外交」の代償
「一体、何のための交渉だったのか」──2025年8月7日、米国が発動した“相互関税”の現実に、霞が関は声を失った。米トランプ政権は、対日輸入品に対して最大25%の関税を課す方針を示していたが、最終的に日本は15%の枠で合意したと政府は説明してきた。ところが、米官報に掲載された文書には、EUだけが税率15%と明記される一方、日本は15%「追加(これまでの関税率にさらに上乗せ)」と表記されていた。日本への優遇措置や特例の明記は一切なし。EUに対しては書面での特例扱いが確認されているのに、日本の名前はどこにも見当たらなかった。この対応の遅れと不透明さが火に油を注いでいる。7月末時点で大統領令は署名され、関税制度は発動準備に入っていた。それにもかかわらず、日本側は内容を口頭で確認しただけで、正式な文書を取り交わしていなかったという。後手に回った赤沢経済再生担当相は、制度公布後に急遽訪米したが、すでに「手遅れ」との見方も広がっている。

一方、EUは大統領との首脳会談の場で合意内容を明確に書面化し、その内容が制度にきっちり反映された。結果として、アメリカ側の“制度文書”にEUは明記、日本は空白──この事実が、交渉力の差を如実に物語っている。国会では野党が「口約束では外交にならない」「文書化を怠ったのは致命的」と批判を強めており、外交の責任を問う声が高まっている。赤沢氏は「外交は信頼の積み重ね。文書がすべてではない」と釈明したが、国際交渉の場で“信頼”という曖昧な言葉が通用しないことは、誰よりも政府が知っているはずだ。とくに問題視されているのは、自動車関税をめぐる部分。日本側は「合意済み」として説明していたが、大統領令には具体的な引き下げ措置は記されていない。これもまた、口頭合意に依存したリスクが表面化した形だ。

こうした外交の不手際は、輸出産業に波紋を広げている。自動車、精密機器など日本の主力産業にとっては死活問題であり、政府の対応には疑問符がつく。すでに憲法第53条に基づき、野党側は臨時国会の召集を求める構えだ。法的には衆参いずれかの4分の1以上が要求すれば、内閣は国会を開かなければならない。もっとも、実際の開催時期や議題の設定には内閣の裁量が残されており、政権は時間稼ぎに出る可能性もある。だが今回は、そうした“お茶濁し”が許される状況ではない。国益を損なった外交の責任は重く、政府には説明と是正、そして何より信頼回復のための行動が求められている。外交は信頼ではなく、契約だ。その原則を忘れ、国民にも審判を下された劣化政権が居座る理由はどこにもない。