繰り返す国債費過去最大報道2025年08月29日

繰り返す国債費過去最大報道
またしても「国債費が過去最大」という見出しが新聞を飾った。2026年度の予算案で、国の借金の返済や利息の支払いに使われるお金が32兆円を超えるという。利息だけでも13兆円。これを見て「国の財政は危ない」と思った人も多いだろう。だが、こうした報道は、肝心なことを語っていない。むしろ、語るべきことを意図的に避けているようにすら見える。、国が支払う利息のうち、かなりの部分は日本銀行が受け取っている。そして日銀は、その利益を国に戻している。つまり、国が払って国に戻る。これを無視して「利息が財政を圧迫」と騒ぐのは、制度の仕組みを知らないか、知っていても伝える気がないかのどちらかだ。

さらに、国の借金は、国民の資産でもある。銀行や保険会社、年金の運用先として、国の借金は安全で安定した収入源になっている。国が借金をすることで、民間にお金が流れ、生活の安定につながっている面もある。これを「借金が増えたから危機だ」とだけ言うのは、あまりに一面的だ。それでも政治家は「財源がない」「将来世代へのツケ」と言って、増税か支出削減かの二択に持ち込む。これは、政策の選択を避けるための常套句だ。本来なら「何に使うか」「どう使うか」を議論すべきなのに、「お金がないからできない」で終わらせる。これでは、責任ある政治とは言えない。

財務省は毎年の予算案で「借金の返済が増えているから、他に使えるお金が減っている」と強調する。メディアはそれをそのまま報じる。編集部に制度の仕組みを理解している人がいないのか、あるいは「わかりやすさ」を優先して、複雑な話を避けているのか。どちらにせよ、国民には「節約が正しい」「借金は悪い」という空気だけが残る。だが、国の財政は家計とは違う。家計は収入の範囲でやりくりするしかないが、国にはお金を生み出す力がある。その力をどう使うかが問われるべきなのに、「借金が増えたから節約しよう」という話ばかりが出てくる。これは、制度の本質を見失った議論だ。

そして何より問題なのは、こうした報道が国民の不安を煽るだけで、制度の仕組みや選択肢を示さないことだ。国の財政は、単なる数字の話ではない。暮らしに直結する制度の話であり、政治の責任の話でもある。それを「借金が増えたから危機だ」とだけ伝えるのは、報道の怠慢であり、政治の逃げ口上に加担しているようなものだ。国の財政を語るなら、まず制度の仕組みを正しく伝えること。そして、何にどう使うかを議論すること。それができないなら、報道も政治も、国民の信頼を得る資格はない。