沈黙の艦隊・北極海大海戦2025年10月17日

沈黙の艦隊・北極海大海戦
映画『沈黙の艦隊』シリーズ第2作は、いわば“潜水艦界のマーベル”。原作ファンならお待ちかねの「北極海大海戦」と「やまと選挙」を、映画とドラマを跨いでようやくスクリーンに浮上させた。監督は前作に続き吉野耕平。主演・大沢たかおの海江田四郎はますます“海の総理”らしく貫禄を増し、上戸彩、江口洋介のほか、津田健次郎ら新顔も加わる。潜水艦の密室ドラマと政界の密室政治が並走する構成は、まさに「水と油のハイブリッド」である。

物語は、東京湾大海戦を制した海江田が国連総会に出席するためニューヨークへ向かうという、いきなり国際政治のど真ん中へ突入する展開。北極海で米原潜との死闘が繰り広げられ、日本では竹上首相が〈やまと〉支持を表明して衆院選へ――と、もはや「沈黙」している暇などない。サブタイトルを付けるなら『喋りすぎの艦隊』だ。ただし、映画単体で観ると導入がやや不親切。前作映画とドラマ版の記憶がないと、「え?これ誰の艦?何と戦ってるの?」と混乱する。おそらくAmazonは“ドラマ既視聴者”を前提にしているのだろう。その強気ぶりは潜水艦よりも沈まない。

海戦シーンは、氷山の下を潜り抜ける描写が息をのむほどリアル。氷塊が艦をかすめる音に、思わずポップコーンを握り潰した観客もいるだろう。一方で艦橋シーンの合成はやや“冷凍食品感”が漂い、映像の温度差が惜しい。VFX技術は進歩しているのに、なぜか照明と質感で昭和の戦争映画っぽさが顔を出す。だがこのアンバランスさも、シリーズの味といえば味か。

一方の「やまと選挙」編は、政治ドラマとして妙にリアル。〈やまと〉派2勢力と旧来の左右政党がぶつかり合い、テレビ報道が各党に“トロッコ問題”を答えさせる――このシーン、どこかで見たような気がすると思ったら、最近の日本政治そのものだ。政策論争よりも“踏み絵ショー”のようなメディア演出。まさか漫画原作のほうが現実より真面目に民主主義を描いているとは。

興味深いのは、〈やまと〉派新党の大滝代表が唱える「やまと保険」構想。独立戦闘国家〈やまと〉を“世界平和の保険会社”にしようという発想だ。軍事力で脅しておきながら「安心してください、侵略行為がないなら撃ちませんよ。ただし掛け金は払ってね」と言っているようなもの。海江田もこれを了承し、〈やまと〉が“核抑止の請負人”として世界の安全保障を担う――という筋書きは、まるでJICAと無国籍テロを足して2で割ったような壮大さである。

もちろんツッコミどころは山ほどある。ニューヨーク沖で米大西洋艦隊と単艦で対峙するくだりは、もはや潜水艦版『トップガン:マーベリック』。雨のように降り注ぐ魚雷を避け、ロックオンをソナーで知らせ「お前はもう沈んでいる」と威嚇する海江田は、潜水艦の中のトム・クルーズか北斗の拳か。兵器性能と物理法則、国際法も置き去りにした男のロマンである。だが、そんな荒唐無稽を真正面からやりきる潔さに、日本映画の元気を感じる。

物語は「つづく」で幕を閉じる。思わず「またアマプラで続きをやる気だな」と笑ってしまうが、次章を観ずにはいられない。海江田の“沈黙”が、いまやAmazonのドル箱として再浮上したことは皮肉だが、ここまでやるなら最後まで付き合いたくもなる。現実離れしているのに、どこか現実を突いてくる――。それが『沈黙の艦隊』という怪物シリーズの本質だ。日本が“沈黙する国”をやめる日は来るのか? 答えは海の底で、次回作が教えてくれるはずだ。