ギリシャよりもよろしくない2025年05月25日

ギリシャよりもよろしくない
石破茂首相が5月19日の国会答弁で「日本の財政状況はギリシャよりもよろしくない」と発言し、ちょっとした騒ぎになっている。これは、減税を求めた国民民主党議員への答弁の中で出た一言だが、同党の玉木雄一郎代表は「市場に影響を与えかねない」として問題視。実際にその日の国債市場では長期金利が上昇し、石破発言の影響があったのではという見方も出ている。石破首相は、「日本の財政は厳しい。税収は増えているが、社会保障費も増えており、減税を国債で賄うという考えには賛同できない」と説明した。玉木代表は翌日の会見で「総理の発言は市場に影響を及ぼす可能性がある」と改めて批判。SNSでも「わざわざ国会で言う必要があるのか」といった声が多く見られた。

この話を聞いて思い出すのが、2010年、当時の菅直人首相が参院選の最中に「このままだと1年か2年でギリシャみたいになる」と言って物議をかもした件だ。あのときも「反自民かと思ったら結局増税か」と失望した人も多かったはずだ。その後、民主党政権では2011年に野田佳彦首相がG20で「2010年代半ばまでに消費税率を10%に引き上げる」と表明し、実際に2014年に8%、2015年に10%への増税が決まった。これには自民・公明との「三党合意」も絡んでいた。つまり、どの党が政権を取っても、結局は増税路線なのだ。今回の石破発言は、「ギリシャみたいに」ではなく「ギリシャよりも」と言ってしまった。以前の菅発言も批判されたが、その理由は「日本とギリシャの財政状況は根本的に違う」という点だった。日本の国債の約95%は国内で保有されているのに対し、ギリシャは海外投資家の保有比率が高く、国外からの資金が引き上げられたことで危機に陥った。日本の国債利回りは低く、財政赤字は国内資金で賄われている。ギリシャは慢性的な財政赤字で、税収も安定せず、海外から高金利で資金を調達していた。だから同列に語るのは無理がある。

最新のIMFのデータで見ると、日本の政府債務残高はGDP比234.9%、ギリシャは142.2%と、確かに日本の方が高い。ただし、それだけで財政の健全性は語れない。たとえば、年収500万円で1000万円の借金があっても、1000万円の資産があれば問題ない。ギリシャの負債は約4000億ユーロ、公的資産は約1200億ユーロしかなく、バランスが悪すぎる。日本は借金は多いが資産も同程度あるため、財政が破綻する状況ではない。もちろん、日本の財政が健全だと楽観していいわけではない。しかし、今のところは100兆円程度の追加債務があっても大丈夫だという見方もある。問題なのは、まともな議論をせず、「国債の利率が上がって利払いだけで国家が破綻する」といった不安を煽る声が多すぎることだ。ましてや一国の首相が、根拠の薄い例えで「ギリシャよりもよろしくない」と発言するのは、世界に向けて日本の政治家の水準の低さを示しているようなものだ。恥ずかしいから、そういうことは本当にやめてほしい。

令和の米騒動は続く2025年05月22日

令和の米騒動は続く
2025年春、コメ価格の高騰が社会問題となる中、「コメを買ったことがない」との失言で江藤拓農林水産相が更迭され、後任に小泉進次郎元環境相が就任した。小泉氏は2016年に自民党農林部会長として農協改革を主導し、JA全農の販売手数料や流通構造の見直しを求めてJA側と対立した経緯がある。今回の米価高騰では、備蓄米の9割超をJA全農が落札しながらも小売店への流通はごく一部にとどまり、JA側の流通調整や手数料収入維持への消極姿勢が問題視されている。小泉氏の農水相就任で、再びJA全農への改革圧力が強まる可能性が高い。過去にはJA全農の株式会社化も模索したが、農水族議員の抵抗で骨抜きに終わった経緯があり、今回の人事は農水族の弱体化と農政改革の転機ともなり得る。JA側も「コメは高くない」との発言や消費者感情を逆なでする広告で批判を浴びており、小泉新大臣には消費者目線での流通改革とコメ価格安定化が強く期待されている。

米価高騰の背景には、2023年産米の減反政策と猛暑による不作が重なり、需給ギャップが発生したことにある。さらに、2024年産米を本来の消費時期よりも早く消費する「先食い」が起き、2024年10月時点で既に40万トンの不足が生じていた。その後も在庫は回復せず、消費量に対する供給不足が深刻化し、米価は上昇を続けた。政府は事態を受けて備蓄米の放出に踏み切ったが、21万トンの放出量は需給ギャップを埋めるには明らかに不足しており、消費者価格の抑制効果は限定的だった。専門家や流通現場からは「昨年度の価格水準に戻すには少なくとも60万トン以上の備蓄米放出が必要」との指摘が相次ぎ、政府も最終的には追加放出を決定した。

こうした対応の遅れや不十分さの背景には、農林水産省とJA(農協)との長年にわたる癒着構造が大きく影響している。農水省は米価の下落を嫌うJAの意向を強く受け、農家の所得維持を名目に米価維持を最優先する政策を続けてきた。そのため、備蓄米の大量放出には消極的で、需給見通しも現場実態より過小評価される傾向があった。実際、農水省は「コメは不足していない」「流通業者が在庫を抱え込んでいる」と説明し、現場の新米完売や在庫消滅といった実態を十分に反映しなかった。さらに、農水省からJA関連団体への天下りが常態化しており、2009年以降だけでも28人が天下っている。元次官や元官房長クラスも含まれ、官僚のポスト確保や既得権益の維持が政策判断に影響しているとの指摘がある。こうした構造的な癒着が、農水省の政策決定に大きな影響を及ぼしている。

法制度上も、備蓄米放出の要件が厳しく、価格高騰のみでは大量放出が難しい仕組みとなっていた。農水省は制度の枠内で慎重な対応を続けたが、現場の需給逼迫や価格高騰に即応できなかった。結果として、消費者や外食産業は深刻なコメ不足と価格高騰に直面し、政府の対応の遅れや不十分さが強く批判されている。総じて、農水省が必要な備蓄米放出量を過小に見積もったのは、単なる需給見通しの甘さではなく、JAとの癒着や天下りといった構造的な要因が大きく影響している。農水省とJAの利害関係が消費者や市場全体の利益よりも優先される構造が、今回のコメ不足と米価高騰の長期化を招いた。今後は、透明性の高い需給見通しと、利害関係から独立した政策決定が不可欠である。同じことはメディアにも言える。メディアは最近まで農水省の見解をそのまま伝えるか、スーパーの店頭での取材程度で農協への直接取材はほとんどなかった。巨大な広告主である農協に配慮し、問題の本質に切り込まない姿勢が、供給不足の実態把握を遅らせた一因でもある。大臣の失言を叩いて満足するのではなく、メディアもまた問題の核心に迫る姿勢と勇気が求められている。

信用格付け2025年05月20日

ムーディーズの米国長期信用格付け
アメリカの信用格付けが引き下げられた背景には、財政赤字の拡大と債務増加がある。ムーディーズは米国の長期信用格付けを「Aaa」から「Aa1」に引き下げた。主因の一つは政府債務の急増であり、債務残高は36兆ドル、利払い費も急増している。2024年度の財政赤字は約1.8兆ドルと過去最大規模に達した。さらに、財政赤字の改善が見込めない点も影響している。議会の財政案では赤字削減が困難で、財政健全化への展望が立たないため、格付け会社は慎重な評価を下した。また、政治的要因も無視できない。ホワイトハウスはこの決定を政治的と批判したが、格付け会社は財政指標の悪化を根拠に挙げている。この格下げにより、米国債の信認低下や金利上昇が懸念され、世界経済への波及も予想される。

一方、日本の信用格付けは過去30年間で着実に下落してきた。かつて「AAA」だった日本は、1990年代のバブル崩壊以降、経済停滞と金融機関の不良債権問題に直面した。2000年代に入ると財政赤字が拡大し、2002年にムーディーズは日本の格付けを「Aa2」に引き下げた。さらに2008年のリーマン・ショック後、政府は財政支出を拡大。2011年にはS&Pが「AA-」に格下げした。2010年代以降は少子高齢化により社会保障費が増加し、経済成長率も低迷。2024年現在、日本の格付けはムーディーズ「A1」、S&P「A+」、フィッチ「A」にとどまり、ドイツやスイス、オーストラリアといった「AAA」を維持する国々との差が拡大している。これにより、日本は借入コストの上昇や市場での信頼低下を招いている。

財務省や政府が国債発行に慎重で減税にも後ろ向きなのは、この格付けが影響していると言える。ただ、他国と比較した場合、日本の格下げの背景にはより深刻な構造的要因がある。最大の要因は経済成長の鈍化だ。他の先進国がGDPや所得を伸ばしてきた一方、日本は長期的な停滞に陥った。特に1990年代以降、賃金の伸び悩みや生産性の低下が続き、政府の財政負担が増加。債務返済能力への懸念が格付けを押し下げた。この点は、経済成長ができなかったから財政赤字が拡大したのか、それとも財政赤字を恐れて投資を抑制した結果、経済成長が停滞したのかという「卵が先か鶏が先か」の議論にも似ている。

日本政府はこの30年間、財政健全化を最優先し、投資に消極的だった。バブル崩壊後は一時的に公共投資を拡大したが、1996年の橋本政権以降は緊縮財政へと転じた。2000年代には消費税引き上げや歳出抑制が進み、政府支出の伸び率は先進国中最低となった。この結果、企業の設備投資は伸びず、賃金も上がらなかった。「失われた30年」は経済産業省も認めており、国際競争力の低下が顕著だ。近年、政府は「資産運用立国」や「国内投資拡大」を掲げてはいるが、依然として減税や国債発行には慎重で、抜本的な投資拡大には至っていない。経済成長の停滞には政府の慎重すぎる財政運営が影響しているのは明らかだが、それを真に理解している官僚や政府首脳が極めて少ないことが、今後の日本経済にとって最大のリスクと言える。

年金制度改革関連法案提出2025年05月16日

年金制度改革関連法案提出
政府は、短時間労働者が厚生年金に加入しやすくなるよう、「年収106万円の壁」の撤廃を含む年金制度改革関連法案を閣議決定した。法案では、厚生年金の加入要件である賃金基準や、従業員51人以上という企業規模要件を廃止し、パートなど非正規労働者の年金額の増加を図る。また、「在職老齢年金」の基準額を月額50万円から62万円に引き上げ、働く高齢者の年金減額を緩和する措置も盛り込まれた。さらに、所得の高い人の厚生年金保険料を段階的に引き上げ、負担を増やす一方で、将来的な給付を手厚くする制度も導入される。しかし、自民党内の反対意見により「基礎年金の底上げ案」は法案に盛り込まれず、野党はこれに反発。今後の国会審議では調整の難航が予想される。

2004年、小泉政権下で「年金100年安心」とうたわれた年金制度改革が実施され、2007年には「消えた年金問題」として約5095万件の記録ミスが発覚した。そこから今日に至るまで制度は複雑化する一方だが、なぜもっとシンプルでわかりやすい制度にできないのだろうか。今回の「106万円の壁」撤廃も、本質的には基礎年金(月額上限約7万円)では生活が成り立たないという懸念に端を発したものである。パート勤務でも厚生年金を10年間納付すれば、月1万円程度の上乗せが見込まれるというが、月8千円程度の納付が必要となり、手取りは減少する。納付と給付は現在と未来のトレードオフであり、単純な損得では語れないが、それでも将来月8万円で一人暮らしをするのは心もとない。

一方、高所得者の保険料上限は月収75万円で約7万円に設定されるというが、逆に言えば年収1000万円を超える層でも、月7万円以上の負担にはならないままだ。税制であれ年金であれ仕組みは異なるが、根底にあるのは所得の多い者が少ない者を支える「所得の再分配」機能である。税金や年金を損得の視点で見るべきではなく、唯一「公平」と言える基準は、能力に応じた負担が実施されているかどうかである。「少子高齢化の中で、少ない勤労者が高齢者をどう支えるか」という議論が当然のように語られているが、これは誤った前提に基づいている。所得の再分配という観点からすれば、国民全体で生み出した富をいかに公平に分配するかを問うべきであり、生産と消費によって成り立つ富を誰が担っているかという視点が不可欠だ。

議論の中心となるべきは国民年金である。基礎年金が月額2万円弱の定額制であること自体、公平の原則からすれば不自然だ。厚生年金の加入者は所得の約9%を納付しているのだから、国民年金も同様に所得比例で納付するのが公平である。厚生年金では企業がもう9%を負担しているため、国民年金では政府が同率を負担すれば、受給額を厚生年金並みに引き上げることも理論上は可能である。政府は、自営業者の所得を把握できないことや、収入の変動を理由に比例負担にできないと説明するが、同じ政府が徴税では正確に所得を捕捉しているのは明らかだ。現在はマイナンバーにより所得情報と個人が紐づけられており、理論上は全ての所得を正確に把握できるはずである。こうした仕組みを活用せず、国民年金受給者の生活困難をあたかも「貧困問題」として扱うのは筋が違う。

もちろん、働けない人や障害のある人への対応には、セーフティネットとしての別建ての制度設計が必要だ。しかし、厚生年金についても、所得比例の「同率負担」ではなく、税と同じような累進構造を取り入れ、低所得者の負担率を下げる仕組みにすることは可能だろう。年金は「個人の財産」ではなく、「国家のあり方」を体現する制度である。これを民間保険のような視点で捉えていること自体が、根本的な誤解なのではないだろうか。

欺瞞のガソリン税制2025年05月14日

欺瞞のガソリン税制
経済産業省が発表した12日時点の全国平均レギュラーガソリン価格は、前回より1円50銭安い183円となった。調査が実施されなかった大型連休を除けば、これで3週連続の値下がりとなる。政府はガソリン価格を185円程度に抑えるため、石油元売り各社に補助金を支給しており、5月前半には1リットルあたり1円10銭の補助を実施していた。しかし原油価格の下落を受け、5月15日〜21日は補助金なしでも185円を下回る見通しで、制度開始以来2度目の「補助金ゼロ」となるという。だが、たった数円の変動で「値下がり」と強調する政府の姿勢には疑問を禁じ得ない。そもそも、2020年のコロナ禍では原油価格が前年の140円台から130円台に急落し、2021年には経済回復の兆しとともに150円台に。2022年にはウクライナ危機を受けて一気に170円台へと高騰した。これに対し政府は、「燃料油価格激変緩和補助金」により、1リットルあたり14〜20円程度の補助を行い、かろうじて160円台を維持してきた。しかし2024年4月、政府は突然この補助制度を打ち切り、ガソリン価格は180円台を突破、200円に迫る勢いを見せた。

5月からは、補助金の上限を10円に制限し、1円単位で段階的に調整するという、実質的な“改悪”とも言える新制度が始まった。4月の打ち切り時、政府は「財政負担の軽減」「脱炭素政策との整合性」「市場の正常化」「原油価格の下落による安定見通し」などを掲げていたが、そうした理屈を並べたわずか1カ月後に、あっさりと補助金を復活させた。市場原理や正常化を口実にした政策の一貫性のなさには呆れるしかない。結局、目前に迫る参議院選挙を意識した「人気取り政策」にすぎないという見方が強まるのも当然である。だが、185円のガソリン価格で有権者の支持を得られるとは到底思えないし、円安がさらに進めば185円すら維持できなくなる可能性もある。

より深刻なのは、ガソリン価格の約4割が税金で構成されているという、異常とも言える現実だ。具体的には、国税の揮発油税(24.3円/L)、地方揮発油税(5.2円/L)、そして「暫定措置」の名のもとで50年以上継続されている上乗せ分(25.1円/L)、石油石炭税(2.8円/L)が課され、さらにそれらに消費税(10%)が上乗せされる。つまり、1リットル185円のガソリンのうち、実に約70円が税金であり、実質的な本体価格は115円程度にすぎない。なかでも特に問題なのが、「暫定税率」の存在である。本来は1974年、道路整備の財源確保を目的とした一時的措置として導入されたが、半世紀にわたり延命され続けている。2008年に一度廃止されたものの、2009年に民主党政権下で「特例税率」として復活し、以降は一般財源化されてしまった。また、ガソリン価格が3か月連続で160円を超えた場合に暫定税率を停止するという「トリガー条項」も制度として存在するが、導入以来一度も発動されたことがない。震災復興財源として民主党政権が「トリガー条項」を凍結したのは14年も前の話で、野党が過半数を占める今も政権攻撃の材料にするばかりで、野党第1党の立憲は凍結解除法案を出す気配すらない。

政府は2026年に暫定税率の廃止を議論するとしているが、これまで繰り返されてきた説明の食い違いや約束の反故を考えれば、ずるずると引き延ばすのは目に見えており実現性は極めて低いと言わざるを得ない。そもそも、同一商品に対して5種類もの税を課し、さらにその税金に消費税をかけるという「二重課税」的構造そのものが、徴税の基本原則を著しく逸脱している。税制には本来、「公平」「中立」「簡素」という3原則がある。だが、現在のガソリン税制はそのいずれも満たしていない。複雑で不透明、所得の少ない者に過剰に重い負担となっているこの仕組みは、早急に抜本的な見直しが求められる。

日産大規模リストラ発表2025年05月13日

日産大規模リストラ発表
日産自動車が2025年3月期に発表した業績は、業界に大きな衝撃を与えた。純損益は6708億円の赤字で、前期の4266億円の黒字から一転。この事態を受け、日産は全従業員の約15%にあたる2万人の人員削減と、世界17カ所の車両工場を10カ所に縮小する計画を示した。今回の赤字は同社史上3番目の規模であり、さらに通期赤字は最大7500億円に拡大する見込みである。販売台数の減少により人員・生産能力が過剰となり、収益確保が極めて困難な状況だ。国内では、数百人規模で主に事務系職種を対象とした早期退職制度の導入が見込まれている。

しかし、日本全体が人手不足に直面するなか、有能な人材の流出は日産の技術やノウハウを競合他社に渡すリスクを高める。短期的なコスト削減を目的とした人員整理は、中長期的には企業価値の毀損につながりかねない。必要なのは人員削減ではなく、成長分野への人材移行である。たとえばEVバッテリーの生産拠点や次世代モビリティ関連事業への配置転換は、地域経済の活性化にもつながる。しかし、日産は経営不振や初期投資の高さから国内での新規展開に慎重な姿勢を崩していない。過去の大規模リストラも一時しのぎに終わった事実を忘れてはならない。リストラは士気を低下させ、開発意欲を奪う。

こうした状況では、経済産業省の積極的な支援が欠かせない。同省はバッテリー産業を国家戦略と位置づけ、助成金や人材育成を進めてきたが、政策は限定的だった。今後は撤退・縮小された投資の再活用や、成長分野への人材再配置を促す政策が必要である。工場や設備は再建できても、熟練人材を取り戻すには膨大なコストと時間がかかる。人材育成は長年の積み重ねであり、競争力の源泉でもある。日産の国内における内部留保は約4.3兆円に上る。その1割を活用すれば、従業員1000人の給与を3年間維持するための約3000億円は十分に賄える。もちろん内部留保は将来の投資や財務安定のために必要だが、人材維持を「未来への投資」と捉えれば、長期的な競争力の確保にもつながる。

短期的なリストラは一時的な財務指標を改善するかもしれないが、企業の成長エンジンを弱めるリスクがある。今求められるのは、人材の流出を防ぎ、再教育と再配置を支援する戦略的な投資である。企業も国家も「人」を切り捨てるのではなく、「人」を活かす方向へと転換すべき時が来ている。今ある人材をどう守り、どう未来に活かすか――その答えが日産の今後、さらには日本の産業の命運を左右するだろう。

財政破綻を懸念??2025年05月10日

政府の総負債が1323兆7155億円
財務省は2024年度末時点で、日本政府の総負債が1323兆7155億円に達し、前年より26兆円以上増加したと発表した。これは9年連続で過去最大を更新している。物価高対策などで歳出が膨らむ一方、税収では補えず、借金が拡大しているとの説明である。しかし、こうした報道にはいつも違和感が残る。というのも、財務省や多くのメディアが発信する「借金」には、政府が保有する資産が一切含まれていないからだ。これは企業会計では考えにくい。たとえば、トヨタの負債が54兆円であっても、資産が同程度あるため倒産リスクは問題にならない。日本政府も同様であり、財政を正しく評価するには、総債務(グロス)だけでなく、資産を差し引いた実質債務(ネット)で見る必要がある。

今回発表された1323兆円はグロス債務であり、国債や借入金などをすべて合計したものだ。これに対しネット債務とは、政府が保有する現金、預金、出資金、日銀が保有する国債などを差し引いた残高を指す。現在のネット債務は約544兆円とされており、グロスよりはるかに小さい。とくに注目すべきは、日本銀行が保有する国債の存在である。日銀は現在、約580兆円の国債を保有しており、これは一見、政府の借金としてカウントされている。しかし実態としては、日銀は政府の子会社に等しく、その保有国債の元本返済も利払いも、最終的に政府に還元される構造にある。よってこれらの債務は、市場から借りているものとは異なり、実質的な返済負担はないに等しい。

さらに、現在のインフレ率は2〜3%程度で推移しており、インフレは名目債務の実質的価値を減じる効果がある。たとえば500兆円規模の債務であれば、年2%のインフレにより年間約10兆円の実質負担が軽減される。また、長期金利が1%程度と低水準にとどまっていることで、政府は極めて低コストで資金調達が可能である。こうした状況を踏まえると、日本の財政は、表面的な数字ほど深刻な状況にはない。日銀保有分を除いたネット債務は、依然として管理可能な水準にあり、加えてインフレと低金利の環境が続く限り、実質的な返済負担は抑制される。財政破綻を懸念する声は根強いが、現時点においてそのリスクは極めて低い。それにもかかわらず、政府が「借金総額」のみを強調して発表すると、多くのメディアはその内訳や背景を解説することなく、大々的に報じる傾向にある。そして、そうした報道は、毎度のように増税議論へと結びついていく。これは、危機を煽りつつ政策誘導を図る、いわばマッチポンプ的な構図と言える。こうした一方的な情報の流布が続く限り、健全な財政議論の形成は難しい。報道には数字の意味を冷静に読み解く視点が求められている。

中国車には関税を2025年05月03日

中国車には関税を
立憲民主党の藤岡衆院議員は、政府による電気自動車(EV)などエコカー購入補助金制度が中国メーカー製の車両にも適用されている点に懸念を示した。藤岡氏は、補助金は本来、日本国内の自動車産業を振興するためのものであり、中国EV大手のBYDなど海外メーカーにも多額の補助金が流れている現状は見直しが必要だと主張。政府に対し、制度の実態解明を求めた。これに対し、経済産業省の副大臣は、補助金はあくまで購入者に対して支給されるものであり、国内で登録された車両であればメーカーや国籍を問わず対象となると説明。令和5年度にはBYD車への補助金交付が約1300件、令和6年度には約1500件にのぼると答弁した。政府側はまた、補助金制度を車両性能や環境性能、企業の取り組みなどを総合的に評価する方式に移行しており、BYDへの補助金総額は減少傾向にあると述べたが、藤岡氏は引き続き国産メーカーを重視する政策への転換を求めている。

現在、日本国内では依然としてハイブリッド車が主流であり、EVの需要は急速には伸びていない。寒冷地ではバッテリー性能が低下しやすく、航続距離や価格とのバランスに疑問を持つ消費者も多い。そのため、現時点では中国製EVに過剰な危機感を持つ必要はないとの見方もある。しかし、BYDは2026年後半に日本市場向けの軽EVを投入する計画を進めており、価格は185万〜225万円と見込まれている。補助金適用後は150万円を下回る可能性もあり、コストパフォーマンスの高さが消費者に受け入れられる余地は大きい。航続距離は230〜300kmとされ、補助金適用後180万円の日産の軽EV「サクラ」(180km)を上回る性能である。BYDは独自の「ブレードバッテリー」を採用しており、価格だけでなく安全性や耐久性の面でも強い競争力を有している。

こうした中国製EVの進出に対して、補助金制度だけでなく、より大きな経済構造の観点からの分析も必要である。そのひとつが、為替制度の問題である。中国は「管理変動相場制」を採用しており、政府が為替レートを事実上管理している。1980年代以降、意図的に元安へと誘導する政策を継続しており、現在の為替水準(1ドル=約7元)は、当時の約0.7元と比べて実質的に10倍。マネタリーベースを考慮した理論値から見ても、6倍程度の過剰な元安とされる。このような為替の歪みは、中国製品全体における価格競争力を過度に高めており、EVだけでなく、鉄鋼、太陽光パネル、電子部品など幅広い分野で市場への影響が出ている。アメリカでは、このような価格の不均衡に対し、高関税による是正措置を講じており、日本においても同様の政策的検討が求められる。仮に理論値に基づいた円元為替が関税に適用されれば、BYDの軽EVは550万円以上となり、現在の価格競争力の前提は崩れることになる。

中国側が報復的に日本産農産物や海産物に高関税を課す可能性はあるが、中国国内の富裕層によるニーズがある限り、その影響は限定的と見る向きもある。中国依存の工業製品は自由貿易圏や日本に移行して生産すればよい。こうした点を踏まえると、補助金の見直しに加え、為替政策や貿易ルールの公平性を再検討することが、産業競争力の維持にとって不可欠である。一方で、このような対応に慎重な姿勢を示す親中派の政治家もおり、現実的な政策判断は容易ではない。最終的には、こうした政策の方向性を国民がどのように評価するかが、今後の選挙を通じて問われることになろう。

イーロン・マスクとトランプ2025年05月01日

イーロン・マスクとトランプ
米テスラ取締役会は、イーロン・マスクCEOの後任選定作業に着手した。背景には、マスク氏がトランプ政権下で政府効率化省(DOGE)を率い、米政府機関の人員削減や欧州右派政党との接近など政治的活動を展開し、これがテスラのブランドイメージを損ない、業績悪化を招いたことがある。実際、2025年1~3月期のテスラの最終利益は前年同期比で71%減少し、米欧で不買運動も広がった。取締役会は1カ月前から後任探しを進めており、マスク氏にはテスラ経営への専念を求めている。マスク氏は5月からDOGEへの関与を大幅に縮小し、テスラへの注力を表明したが、CEO続投の行方は依然として不透明である。マスク氏が主導したDOGEは、アメリカ連邦政府の官僚主義を解体し、行政の効率化と支出削減を目指した。DOGEはトランプ政権下に設置された外部助言組織であり、ホワイトハウスの承認のもと活動していた。行政手続きの簡素化や自動化を進め、とりわけ教育・医療分野で年間5,000億ドル規模の歳出削減を掲げた。DOGEの改革は、DEI(多様性・公平性・包括性)政策の見直し、職員の一時休職、大規模な解雇という三段階で構成され、「プロジェクト2025」と連動して組織再編を進めた。しかし、議会の承認を得ていないため強制力や持続性に疑問があり、権限の不透明さや実際の成果にも批判がある。大胆な改革姿勢は評価される一方で、その急進性には賛否が分かれている。

日本の米国報道の多くは民主党寄りであり、米国全体の意識動向を日本の報道だけで把握するのは困難だ。前回の大統領選でも、民主党優勢との報道が主流だったが、結果はトランプ氏の事実上の圧勝だった。こうした経験から今は日本の米国報道を鵜呑みにしないようにしている。DOGEのマスク氏の報道のほとんどは否定的に伝えられるがこれもどの程度正しいのかはわからない。そうしたこともあり、電気自動車(EV)で成功を収めたマスク氏が、なぜ脱炭素政策に否定的なトランプ氏と手を組んだのか、当初は理解しがたかった。テスラは脱炭素の象徴として欧米の左派や環境主義者に支持され、その時流に乗って売り上げを伸ばしてきたと言っても過言ではないからだ。

一方で、マスク氏は過剰なポリティカル・コレクトネスに反発し、表現の自由を重視する立場から、トランプ氏と政治信条を強く共有していた。だからと言って、反脱炭素主義で相互関税を掲げるトランプ政権と組めば、テスラ車の売上減につながることは容易に予想できたはずだ。GAFAのようにあとから勝ち馬トランプに乗るならまだしも、先陣を切って協力することはテスラ社にとってはデメリットの方が大きい。したがって、マスク氏はテスラの利益よりも、連邦政府の放漫経営を止め、グローバル化で空洞化した米国産業を再興しようとするMAGA政策の実現を選択したと見た方が自然だ。

アメリカの行政は連邦と州で権限が拮抗し、二重行政による非効率が常態化している。こうした構造にメスを入れるのは容易ではない。そこに企業経営者の論理を持ち込んで改革を断行できるのは、マスク氏ならではだろう。トランプ氏はDOGEの任期を約4カ月と定めており、その短期間で急速に改革を進める必要があった点も理解できる。大統領府を持たない日本では、例えばトヨタ会長が特命大臣になったとしても、財務省や各種利権団体からの強烈な反発を受け、政権自体が危機に陥るだろう。そう考えると、米国の大胆な改革の進め方は、破天荒でもありうらやましくも感じられる。

中国が自由貿易を口にする?2025年04月24日

中国が自由貿易を口にする
中国を訪問中の公明党・斉藤鉄夫代表は23日、中国共産党の王滬寧政治局常務委員と会談し、トランプ米政権の関税措置による国際社会の混乱を背景に、自由貿易体制の維持が重要だとの認識で一致した。日中両国が自由貿易を巡って足並みをそろえるのは異例であり、中国は米中貿易摩擦による苦境の中、日本との関係改善に前向きな姿勢を示している。しかし、両国間には依然として深い不信感があり、今後の関係改善には不透明な要素が多い。斉藤氏は会談で、中国に対し国際ルールの順守と責任ある行動を求め、中国側も交流強化の必要性を強調した。今回の訪中には、習近平指導部が日本との関係を通じて米国をけん制するという意図があるとも見られる。日本政府は、米中間でのバランスを取りつつ、中国との関係をどう深化させるかという難題に直面している。

しかし、ここで改めて問いたい。「どの口が自由貿易を口にするのか」。中国はこれまで日本に対し、自由貿易に反する数々の措置を講じてきた。福島原発事故後の日本産水産物や食品に対する過剰な輸入規制、ガリウムやゲルマニウムなど半導体素材の輸出制限による日本製造業への圧力、太陽光パネル産業への巨額の補助金による日本市場の独占、日本からの鉄鋼製品輸入制限、そして自国にも適用していない基準での農産物輸入制限。さらに、日本企業への中国への技術移転の強制など、その一つひとつが自由貿易の原則を踏みにじる行為である。枚挙にいとまがない。中国は一貫して、自国の行為は正当とし、他国からの批判には「他国こそ間違っている」と返す姿勢を貫いてきた。まさに「トランプ流」のダブルスタンダードである。

アメリカの「相互関税」政策は、こうした中国の「やりたい放題の自由貿易」に歯止めをかけることを目的としている。特に注目すべきは為替問題である。通貨安は輸出に有利であり、過去の日本が経験したプラザ合意(1985年)もその典型だ。当時、日本円は1ドルに対し実質より2.5倍程度安く、1ドル250円から150円へと是正された。一方、中国元は現在1ドル約7元だが、理論値では1ドルは1.2元程度で、約6倍もの元安が続いている。これは中国が「管理変動相場制」によって意図的に自国通貨を安く保っているためであり、米国の対中強硬姿勢はこうした不公正な為替操作への怒りの現れにすぎない。このような現実を理解しながら、中国の「なんちゃって自由貿易」に共感を示す公明党や自民党幹部の姿勢は理解に苦しむ。中国の自由貿易違反に最も苦しめられているのは他ならぬ日本である。中国に歩み寄ることが、結果として日本の国益を損なう可能性があることを真剣に考えるべきだ。今のような対応では、「親中」を通り越して「中国と心中したいのか」と疑念を抱かれても、致し方ないのではないか。
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