三内丸山遺跡と宇宙人2025年07月10日

遮光器土偶は宇宙人?
朝の5時に目がパチリと開いた。クマはいない。よかった〜と胸を撫で下ろして外を見ると、オートサイトの焚き火グリルの下の芝生が、あらら、丸く真っ黒に焼けているじゃないか。炭焼きステーキの下敷きかと思った。たぶん、伸びきった芝がカリッカリに乾いて、焚き火の熱で「ポンッ」といったのだろう。普通ならファイヤーシートってやつを敷く。ファイヤーシート、なんだか強そうな名前だ。でもそれを買いそびれていたのだ。すまないなぁと思いつつ、管理人さんに「ごめんなさいメモ」を残してキャンプ場を後にした。

今日の行き先は青森。これがまた遠い。おまけに最近、トイレが近くなった。寄るコンビニ、寄るコンビニで、コーヒーと休憩。コーヒーが休憩を呼び、休憩がまたトイレを呼ぶという、なんともはや無限ループ。途中、大潟村を通りかかった。ドーン!と広がる大規模農場。広い、広すぎる。まるで空港の滑走路に田んぼが生えてる。これならトラクターもコンバインも思う存分ブイブイ言わせて、採算も取れるというものだ。でも山間の田んぼはどうかというと、あれはあれで意味があるのだ。狭くて急で猫の額どころかネズミの額みたいな田んぼでも、水をたっぷり溜めて下流の災害を防ぐダムのような存在。そういう田んぼを、年配の農家さんが手放すと、そこから土砂災害がザザーンと始まる。結果、道が断たれ、物流が止まり、みんなで陸の孤島。田んぼは米を作るだけじゃなくて、山崩れを防ぐシステムでもあったのだ。つまり、農業の問題は、収支の問題だけじゃない、国土防衛の問題なのである。うーん、深い。

などとブツブツ考えていたら、青森に着いた。でかい。建物がでかい。でかすぎて、隣の県立美術館が小人に見える。三内丸山遺跡センター。2021年に世界遺産に登録されたというだけあって、威風堂々。敷地は東京ドーム8.5個分!そんなに歩けるかいな、ということでガイドツアーに参加したが、これがまた当たり。年配のボランティアガイドさんたちが、あったかくて手慣れていて、アレンジ自由自在。音声案内風の秋田の武家屋敷ガイドさんも少しは学んでほしいな。三内丸山遺跡はなんと4500年前から3000年前まで続いたという。ざっくり1500年。奈良時代から現代までより長いじゃないか。自分が小学生の頃は「縄文人は狩りと木の実でギリギリ生活してました」と教わったもんだが、今じゃ「交易して経済結構回ってました。栗も育ててました、燻製も作ってました」って言うじゃないか。そりゃ、弥生の稲作が津軽海峡を渡れなかったのも納得だ。縄文、案外やりおる。

それにしても、なんで滅びたのか。支配と私有が始まって文化が変わったのだというけれど、本当のところは縄文人に聞いてみないとわからない。個人的にはね、縄文人、ちょっと宇宙入ってると思っている。いや、真面目な話。青森の亀ヶ岡遺跡から出た遮光器土偶。あれ、どう見ても宇宙人。目がゴーグル。宇宙飛行士のアレ。よく「呪術目的で目を強調した」「女性のシャーマンを模した」と言われるけれど、いやいやいや、あれは宇宙服でしょう。宇宙から来た縄文人でしょう。だから進化したてのクロマニヨン人の農耕とか支配政治とか見て「ケッ!野蛮生物どもが」とか思っていたはず。だから宇宙人の血の濃さで日本人の政治や戦さ嫌いが決まるんんじゃないか。国防を考えない人のことを宇宙人て言うよなーなどと、勝手な妄想をしながらガイドの説明を聞いていたら、ほとんど頭に入っていなかった。だからこそ思う。夢想しても良い考古学は面白い。

後、ねぶた会館と源泉掛け流しの話があるけど、と長くなったので今日はここまで。また明日。

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