HIMARIとtuki. ― 2026年03月13日
NHKのドキュメントで、14歳のヴァイオリニストHIMARIの演奏を見て、思わず息をのんだ。ヴァイオリンの専門知識などまったくない。それでも、音が始まった瞬間、画面から目が離せなくなった。技巧の凄さというより、音楽そのものに引き込まれる感覚だった。そのとき不意に思い出したのが、シンガーソングライターのtuki.である。ジャンルも世界もまるで違う二人だが、初めてその才能に触れたときの衝撃は、驚くほど似ていた。
令和の音楽シーンを眺めると、この二人は対照的な場所から現れている。HIMARIはクラシックの王道を突き進む存在だ。幼い頃から音楽家の父とヴァイオリニストの母に囲まれ、徹底した訓練のもとで育った。やがて彼女は米国の名門カーティス音楽院に進み、名教師アイダ・カヴァフィアンに師事する。さらにベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やシカゴ交響楽団といった世界最高峰の舞台に立つ。授業料は無償でも、海外生活、遠征費、楽器保険、名器の維持費など、クラシックの世界は典型的な「資本集約型」だ。そこには才能だけでは語れない、膨大な投資と制度が存在している。
一方、tuki.はまったく逆の場所から現れた。SNSに弾き語り動画を14歳で投稿し、父親のプロデュースのもとで世界観を整えながら、顔を出さないまま晩餐歌を大ヒットさせた。ストリーミング再生は7億回を超え、日本武道館公演は最年少記録としてギネスにも認定された。必要だったのは、ギターとスマートフォン、そしてSNSという軽量なインフラだけ。かつて宇多田ヒカルがテレビとCDの時代の音楽地図を塗り替えたように、tuki.はSNS時代の「共感の構造」を更新した存在と言える。ただし音楽性は異なる。宇多田がR&Bの革新だったとすれば、tuki.は日常の感情をそのまま言葉にすくい取る、令和の語り手だ。
クラシックとポップ。世界のコンサートホールとSNS。資本集約型と軽量型。二人の置かれた環境は驚くほど違う。それでも共通する点がある。どちらの背後にも「父親プロデュース」という家庭の力があることだ。HIMARIは世界のクラシック界を驚かせ、tuki.はSNS時代のヒットの作り方を変えた。衝撃の方向は違っても、時代を揺らすエネルギーの大きさはよく似ている。
結局のところ、二人の存在はひとつの事実を浮かび上がらせる。才能は孤立して生まれるものではない。家庭という最初の環境があり、そこに時代のメディア構造が重なったとき、初めて爆発的な現象として立ち上がる。
HIMARIとtuki.。令和の音楽が生んだ二つの奇跡は、「才能 × 家庭 × 時代」が交差した瞬間を私たちに示している。これから成人期へ向かう彼らには、成長の速度と実力のギャップ、環境の変化、そして周囲の期待という新たな課題が待ち受けているだろう。それでも、どのように未来を切り開いていくのかを見届ける楽しみは尽きない。
令和の音楽シーンを眺めると、この二人は対照的な場所から現れている。HIMARIはクラシックの王道を突き進む存在だ。幼い頃から音楽家の父とヴァイオリニストの母に囲まれ、徹底した訓練のもとで育った。やがて彼女は米国の名門カーティス音楽院に進み、名教師アイダ・カヴァフィアンに師事する。さらにベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やシカゴ交響楽団といった世界最高峰の舞台に立つ。授業料は無償でも、海外生活、遠征費、楽器保険、名器の維持費など、クラシックの世界は典型的な「資本集約型」だ。そこには才能だけでは語れない、膨大な投資と制度が存在している。
一方、tuki.はまったく逆の場所から現れた。SNSに弾き語り動画を14歳で投稿し、父親のプロデュースのもとで世界観を整えながら、顔を出さないまま晩餐歌を大ヒットさせた。ストリーミング再生は7億回を超え、日本武道館公演は最年少記録としてギネスにも認定された。必要だったのは、ギターとスマートフォン、そしてSNSという軽量なインフラだけ。かつて宇多田ヒカルがテレビとCDの時代の音楽地図を塗り替えたように、tuki.はSNS時代の「共感の構造」を更新した存在と言える。ただし音楽性は異なる。宇多田がR&Bの革新だったとすれば、tuki.は日常の感情をそのまま言葉にすくい取る、令和の語り手だ。
クラシックとポップ。世界のコンサートホールとSNS。資本集約型と軽量型。二人の置かれた環境は驚くほど違う。それでも共通する点がある。どちらの背後にも「父親プロデュース」という家庭の力があることだ。HIMARIは世界のクラシック界を驚かせ、tuki.はSNS時代のヒットの作り方を変えた。衝撃の方向は違っても、時代を揺らすエネルギーの大きさはよく似ている。
結局のところ、二人の存在はひとつの事実を浮かび上がらせる。才能は孤立して生まれるものではない。家庭という最初の環境があり、そこに時代のメディア構造が重なったとき、初めて爆発的な現象として立ち上がる。
HIMARIとtuki.。令和の音楽が生んだ二つの奇跡は、「才能 × 家庭 × 時代」が交差した瞬間を私たちに示している。これから成人期へ向かう彼らには、成長の速度と実力のギャップ、環境の変化、そして周囲の期待という新たな課題が待ち受けているだろう。それでも、どのように未来を切り開いていくのかを見届ける楽しみは尽きない。
高石ともや 逝く ― 2024年08月20日
高石ともやが82歳で亡くなった。ボブ・ディランの歌を訳してフォークソングを始め、1966年に大阪で初ステージを踏み、同年に「かごの鳥ブルース」でデビューした。社会の矛盾や不条理を表現するメッセージソングの先駆者であり、学生や労働運動の高まりとともに支持を拡大した。1968年に「受験生ブルース」がヒットし、関西フォークの旗手と呼ばれた。1971年にブルーグラスやトラディショナルフォークをベースにしたバンド「ザ・ナターシャー・セブン」を結成し、全国各地で野外コンサートを開催した。1973年からは「宵々山コンサート」を京都市の円山公園音楽堂で開催した。自分の高校時代にはロック全盛期であり日本のフォークソングは暗くて受け付けられなかった。吉田拓郎やかぐや姫、井上陽水とメジャーなフォークシンガーは一応聴いていたが私的な歌詞が多くションベン臭く感じていた。大学で京都に来ると地方出身者と活動家が多かったせいかフォークソングが根強く生き残っていた。時代はユーミンらのニューミュージック全盛だったが学園祭や学連共催のフェスティバルは赤い鳥か高石ともやとナターシャーセブンのプロテストソングばかりだった。
ブルーグラスは自分の耳には新しく、ともやさんの京都の街を歌い上げていた曲は選挙運動のテーマソングにも使われ今でも耳に残っている。サイモンとガーファンクルのコピーでギターを始めたが、いつの間にかナターシャーセブンの曲ばかりを弾いていた。
「街」
作詞 高石ともや 作曲 高石ともや 木田たかすけ
下駄の音 路地裏通り 雨上がりの屋根
窓越しの手まり唄 おさげ髪の思い出
※この街が好きさ 君がいるから
この街が好きさ 君の微笑あるから
街の角 喫茶店 古い美術館
山かげの細い道 初恋の涙
※
夕焼け雲 五重の塔 石畳の鳩
プラタナスの道で 君を待ちながら
※
大学通り 流れる川 走る路面電車
背の低い山を見て 君と僕の明日
※
名曲だ。ともやさん ありがとう。
ブルーグラスは自分の耳には新しく、ともやさんの京都の街を歌い上げていた曲は選挙運動のテーマソングにも使われ今でも耳に残っている。サイモンとガーファンクルのコピーでギターを始めたが、いつの間にかナターシャーセブンの曲ばかりを弾いていた。
「街」
作詞 高石ともや 作曲 高石ともや 木田たかすけ
下駄の音 路地裏通り 雨上がりの屋根
窓越しの手まり唄 おさげ髪の思い出
※この街が好きさ 君がいるから
この街が好きさ 君の微笑あるから
街の角 喫茶店 古い美術館
山かげの細い道 初恋の涙
※
夕焼け雲 五重の塔 石畳の鳩
プラタナスの道で 君を待ちながら
※
大学通り 流れる川 走る路面電車
背の低い山を見て 君と僕の明日
※
名曲だ。ともやさん ありがとう。
「フジロック」玉城知事出演 ― 2024年07月30日
「フジロックフェスティバル」で玉城デニー知事がトークライブに出演し、在日米軍基地が沖縄に集中する現状について「問題を自分ごととして考えて」と呼びかけた。玉城氏は、ジャーナリストの津田大介氏らと「民主主義と自治」をテーマに対談した。前回出演から5年間の沖縄を巡る情勢を問われ、米軍普天間飛行場の辺野古移設について「一番大きい変化は、国が県の判断を抑え付けて(移設工事の設計変更承認を)代執行したことだ」と問題視した。フジロックフェスティバルは、毎年苗場スキーリゾートで開催されるロックフェスティバルで、1997年に富士山の麓での開催に由来して「フジロック」と名付けられた。国内外の有名アーティストが複数のステージで演奏する。キャンプサイトが設けられ、来場者は家族で自然を満喫しながら音楽を楽しむことができる夏の一大イベントだ。
古今東西のロックコンサートが体制批判に傾くのはロックの伝統だ。アーティストが政治不満や平和への思いのたけを演奏とともに訴えるのは自由だし賛同もできる。しかし、この中に政治家が入って発言するのは気持ちが悪い。首長をはじめ議員は権力を持っている。主催者が好んだ権力者に発言させるという時点でロックは「自由」を失う。しかも、玉城知事の移設工事反対発言は、すでに最高裁で県が敗訴判決を受けたことを述べずに「国が県を抑えつけた」と言い放ち裁判による法治主義をも否定している。武装した中国船が毎日のように尖閣諸島領海を侵犯していることには触れず、基地「増強」は沖縄の負担と決めつけたのはフェアな批判とは思えない。フェスティバル会場には「FUKUSHIMA」「放射能」等と夜の電光掲示板に表示され、東北で風評被害に苦しむ漁民の気持ちはお構いなしだ。中国の原発よりも濃度の低い処理水を、放射能汚染水と言い続ける中国共産党が喜ぶような勢力に運営が牛耳られているのかとすら感じる。ロックファンの中にも様々な意見がある。ロックファンを政治的に分断する政治家の登壇はやめてもらいたい。
古今東西のロックコンサートが体制批判に傾くのはロックの伝統だ。アーティストが政治不満や平和への思いのたけを演奏とともに訴えるのは自由だし賛同もできる。しかし、この中に政治家が入って発言するのは気持ちが悪い。首長をはじめ議員は権力を持っている。主催者が好んだ権力者に発言させるという時点でロックは「自由」を失う。しかも、玉城知事の移設工事反対発言は、すでに最高裁で県が敗訴判決を受けたことを述べずに「国が県を抑えつけた」と言い放ち裁判による法治主義をも否定している。武装した中国船が毎日のように尖閣諸島領海を侵犯していることには触れず、基地「増強」は沖縄の負担と決めつけたのはフェアな批判とは思えない。フェスティバル会場には「FUKUSHIMA」「放射能」等と夜の電光掲示板に表示され、東北で風評被害に苦しむ漁民の気持ちはお構いなしだ。中国の原発よりも濃度の低い処理水を、放射能汚染水と言い続ける中国共産党が喜ぶような勢力に運営が牛耳られているのかとすら感じる。ロックファンの中にも様々な意見がある。ロックファンを政治的に分断する政治家の登壇はやめてもらいたい。
推しの子 ― 2024年07月21日
芸能界やクリエイター業界の舞台裏を描くアニメ「推しの子」をAmazonで観てはまってしまった。芸能界の噂や裏事情が最近の芸能ニュースとリンクしまざまざと語られ面白い。第十四話「リライティング」では漫画家原作者と脚本家側の心理葛藤を伝えるエピソードで、日本テレビのセクシー田中さん騒動をにおわせる。推しの子は読んではいなかったが、YOASOBIのIKURAがドキュメンタリー番組で出ていたり、推しの子アニメとそのテーマソングの「アイドル」が世界的大ヒットして、ホワイトハウスや英国王室との交流で招待されたり話題になっていたので、機会があればアニメくらいは見ようと思っていた。輪廻転生のファンタジーと芸能界のリアルな仕組みをうまく組み合わせた筋書きで大人でも飽きさせない。
IKURAこと幾田りらは5年程前からYoutubeのお気に入りで良く視聴していた「ぷらそにか」出身だ。Sony Musicが10代のシンガーソングライターを集めアコースティック・セッションユニットで入れ替わりながら演奏配信している。皆歌はうまいが見栄えのしない原石のようなアーティストも多く、IKURAはそのうちの一人にすぎなかった。「ぷらそにか」はスポーツ界で言えば「U18(under 18)」で、音楽才能と強い意志のある青年の強化組織のようなものだ。IKURAの高く伸びる声がボーカロイドプロデューサー(ボカロP)として活動をしていたAyaseの耳にかなったと言われる。アニメと音楽ユニットのメディアミックスが大成功した企画で、今後の展開が楽しみだ。
IKURAこと幾田りらは5年程前からYoutubeのお気に入りで良く視聴していた「ぷらそにか」出身だ。Sony Musicが10代のシンガーソングライターを集めアコースティック・セッションユニットで入れ替わりながら演奏配信している。皆歌はうまいが見栄えのしない原石のようなアーティストも多く、IKURAはそのうちの一人にすぎなかった。「ぷらそにか」はスポーツ界で言えば「U18(under 18)」で、音楽才能と強い意志のある青年の強化組織のようなものだ。IKURAの高く伸びる声がボーカロイドプロデューサー(ボカロP)として活動をしていたAyaseの耳にかなったと言われる。アニメと音楽ユニットのメディアミックスが大成功した企画で、今後の展開が楽しみだ。
晩餐歌 ― 2023年12月17日
tuki.の『晩餐歌』という曲が話題になっている。tuki.は15歳、中学女子、歌唱力が凄い。歌詞は早口で難しいけどギターアルペジオと簡単なコード進行が繰り返しなのに惹きつける。曲から始まったか歌詞から始まったかは知らないがSNSで1フレーズづつ発表しながら作ったというのだからすごい。とても印象的なアルペジオは早速コピーして練習している。歌は年寄りには早すぎて口が回らないのが悲しい。
15歳で作詞作曲してデビューというと、宇多田ヒカルのデビュー曲『Automatic』リリース時の衝撃を思い出す。今回はそれに勝るとも劣らない。何しろ大手レーベルなしでこれだけ支持されているのは素晴らしい。まだ、顔は出してないが当分出さずにリリースを重ねた方がいいと思う。Youtubeのセーラー服の背中姿での演奏風景は、演出がわざとらしくて曲の良さが半減する。姿はシルエットだけにして歌のうまさを強調してほしい。すごい中学生がいるもんだ。
15歳で作詞作曲してデビューというと、宇多田ヒカルのデビュー曲『Automatic』リリース時の衝撃を思い出す。今回はそれに勝るとも劣らない。何しろ大手レーベルなしでこれだけ支持されているのは素晴らしい。まだ、顔は出してないが当分出さずにリリースを重ねた方がいいと思う。Youtubeのセーラー服の背中姿での演奏風景は、演出がわざとらしくて曲の良さが半減する。姿はシルエットだけにして歌のうまさを強調してほしい。すごい中学生がいるもんだ。
アルペジオ ― 2023年12月01日
ギターが来たので早速弾いてみるが、20年ぶりに弾くとなるとやはり弦がうまく押さえられず、バレーコードはやばい。アルペジオもイメージ通りに指が動かない。そうか自転車のようにはいかないのだと思い知る。朝起きると左指先が痛い。フレットを押さえるために力を入れるので痛むのだ。そういえばはるか50年前にギターを練習し始めたときはこうだったなと思い出す。フレットもろくに押さえられずアルペジオも指が自動的に動かないのだから初心者と同じだ。
仕方がないので教則本を購入して一から練習するしかないと思っている。トランスギター効果を楽しむ前にまずは普通に曲が弾けるようにならないとギターのパフォーマンスすら引き出せないのだ。
仕方がないので教則本を購入して一から練習するしかないと思っている。トランスギター効果を楽しむ前にまずは普通に曲が弾けるようにならないとギターのパフォーマンスすら引き出せないのだ。
YAMAHA トランスアコースティックギター ― 2023年11月29日
YAMAHA トランスアコースティックギターを買った。ギターはかつて持っていたが、左手の人差し指を電動カンナで削ってしまってからフレットが押さえにくくなったので人に譲った。あれから20年以上がたち、サイモンとガーファンクルのスカボロフェアーなどを聞くと無性に弾きたくなるのだ。アルバイト時代の先輩と40年ぶりに旅に出たこの秋にゲストハウスで先輩が弾くギターを見て、自分も弾きたくなった。1年前からYAMAHA トランスアコースティックギターがいい音を響かせて動画で紹介されていたのでほしくてたまらなかった。
とうとう我慢できずに、Amazonで7万円ほどで購入した。左人差し指の不安はあるが、少しづづつ慣れていけばいいと思い切った。まずはコードを思いだし、そのうちS&Gのスコアブックを購入して昔とった杵柄を再現できればと思う。
とうとう我慢できずに、Amazonで7万円ほどで購入した。左人差し指の不安はあるが、少しづづつ慣れていけばいいと思い切った。まずはコードを思いだし、そのうちS&Gのスコアブックを購入して昔とった杵柄を再現できればと思う。
音楽のある日常 ― 2023年06月29日
最近、ナターシャセブンの音楽に浸っている。レコードもテープも処分したのでAmazonMusicで聞くしかないのだが、学生時代を思い出しながら聴いている。あの頃は1日中聞いていたような気がする。
♪下駄の音 路地裏通り 雨上がりの屋根 窓越しの手まり唄 おさげ髪の思い出 この街が好きさ 君がいるから この街が好きさ 君の微笑あるから
街の角 喫茶店 古い美術館 山かげの細い道 初恋の涙 この街が好きさ 君がいるから この街が好きさ 君の微笑あるから
夕焼け雲 五重の塔 石畳の鳩 プラタナスの道で 君を待ちながら この街が好きさ 君がいるから この街が好きさ 君の微笑あるから
大学通り 流れる川 走る路面電車 背の低い山を見て 君と僕の明日 この街が好きさ 君がいるから この街が好きさ 君の微笑あるから♪
名曲だと思う。大学時代が全て詰まったような歌だ。ギターを買おうかどうか迷っている。ギターは教員時代に左指を電動かんなで削ってからタブレットがうまく押さえられなくなり捨ててしまったが、今ならできるかもしれない。
♪下駄の音 路地裏通り 雨上がりの屋根 窓越しの手まり唄 おさげ髪の思い出 この街が好きさ 君がいるから この街が好きさ 君の微笑あるから
街の角 喫茶店 古い美術館 山かげの細い道 初恋の涙 この街が好きさ 君がいるから この街が好きさ 君の微笑あるから
夕焼け雲 五重の塔 石畳の鳩 プラタナスの道で 君を待ちながら この街が好きさ 君がいるから この街が好きさ 君の微笑あるから
大学通り 流れる川 走る路面電車 背の低い山を見て 君と僕の明日 この街が好きさ 君がいるから この街が好きさ 君の微笑あるから♪
名曲だと思う。大学時代が全て詰まったような歌だ。ギターを買おうかどうか迷っている。ギターは教員時代に左指を電動かんなで削ってからタブレットがうまく押さえられなくなり捨ててしまったが、今ならできるかもしれない。