鉾立 ― 2022年07月11日
昨日から祇園祭りの鉾立が始まっている。今日はかなりの鉾が立つはずなので、初めて観に行く。長刀鉾は昨日から作り始めているはずだが慎重に作っているのかまだ鉾もついていない。烏丸通を隔てた函谷鉾はもうクレーンがスタンバイしていまにも立ちそうだ。かつては、人力で引いて立てたのだろうが道路の通行止めのスペースやら安全やらを考えると、背丈の高い鉾はこれがベストなのだろう。前祭りの鉾は観て回ろうと思ったが、まだ朝方は準備ができていない鉾町が多いのと、暑いので、長刀鉾・函谷鉾・菊水鉾・月鉾・放下鉾・船鉾・鶏鉾だけで勘弁してもらう。
鉾がたつまでは皆さん月曜というのにのんびりしたもので、おしゃべりしながら縄で組み立てるのを大勢で眺めている。祭りや神事を行うことで、こうして町のコミュニケーションを戦前から維持してきたのだろう。戦前とは応仁の乱より前なので555年より前のことを言う。始まりは1100年前やから応仁の乱なんぞターニングポイントに過ぎまへんと京町衆は豪語しはる。
鉾がたつまでは皆さん月曜というのにのんびりしたもので、おしゃべりしながら縄で組み立てるのを大勢で眺めている。祭りや神事を行うことで、こうして町のコミュニケーションを戦前から維持してきたのだろう。戦前とは応仁の乱より前なので555年より前のことを言う。始まりは1100年前やから応仁の乱なんぞターニングポイントに過ぎまへんと京町衆は豪語しはる。
ホームページ ― 2022年07月12日
自分のホームページをリニューアルしようと、新しいテンプレートを手に入れてみた。最近は複数の別のページに飛ぶのではなく、同じページの中で目標に飛んで読ませる単一ページ表現が流行っているようだ。もっとも、CSSやらJava言語はさっぱりわからないので、テンプレートのテキストと画像を変えるだけだがそれでもプレビューするとうまくいかない。画像の大きさを固定したはずなのに大きさがずれてしまう。そもそも画像編集の知識が乏しくて生じている不具合なのだが、ググってもなかなか正解にヒットしない。
自分のホームページを初めて作ったのはホームページビルダーというIBMのソフトが出た30年程前だ。WYSIWYG(ウィジウィグ=What You See Is What You Get=見たままが得られる)という業界用語がブレイクしたころで、HTML言語を知らなくてもホームページができ、当時としては画期的なソフトだった。それ以降はフォーマットが決まったSNSが流行りだした。凝ったホームページでも公開されたテンプレートを使用するのが主流になりHTMLやCSSを理解する機会はほとんどなくなった。頭が追い付くかどうかわからないがぼちぼち作っていこうと思う。
自分のホームページを初めて作ったのはホームページビルダーというIBMのソフトが出た30年程前だ。WYSIWYG(ウィジウィグ=What You See Is What You Get=見たままが得られる)という業界用語がブレイクしたころで、HTML言語を知らなくてもホームページができ、当時としては画期的なソフトだった。それ以降はフォーマットが決まったSNSが流行りだした。凝ったホームページでも公開されたテンプレートを使用するのが主流になりHTMLやCSSを理解する機会はほとんどなくなった。頭が追い付くかどうかわからないがぼちぼち作っていこうと思う。
宵々々々山 ― 2022年07月13日
法金剛院の蓮が美しいというので行ってみたら。年金カメラマンと我々老人の団体ばかりだった。平日の午前中、皆が働いている時間に来られる人は我々に決まっているのだが、何となく後ろめたい。池の中の白い蓮は大したことはなかった。というのも今朝の京都新聞のLINE版に亀岡の「平の沢池」の一面の桃色蓮写真を見ているから仕方がない。それと、境内の広さに比して我々が多すぎて落ち着いて鑑賞する環境にないからだ。
さっさと切り上げて、そろそろ完成する山鉾を観に行くことにした。まだ昼前なのに東行きは四条大宮前から祭り渋滞だ。バスが動かないので降りて油小路まで歩く。路地には、まだ鉾立の面子がそろわないのか土台しかできていないものも少しあったが、大方は鉾まで立ち上がって提灯を下げる作業に入っていた。見物客もこれ以上多くなると歩きにくい。今度は宵山に行くつもりだが、人込みは気が進まない。
さっさと切り上げて、そろそろ完成する山鉾を観に行くことにした。まだ昼前なのに東行きは四条大宮前から祭り渋滞だ。バスが動かないので降りて油小路まで歩く。路地には、まだ鉾立の面子がそろわないのか土台しかできていないものも少しあったが、大方は鉾まで立ち上がって提灯を下げる作業に入っていた。見物客もこれ以上多くなると歩きにくい。今度は宵山に行くつもりだが、人込みは気が進まない。
ジャックダニエル ― 2022年07月14日
ウィスキーの買い置きが減ってきたので、近所のスーパーで買った。安いものしか売っていないが昔お気に入りのジャックダニエルが特価なので購入した。この酒は昔キャンプに行ったら夜中に必ず飲んだ酒で、焼いた楓の樽の香りが焚火とお似合いの酒だった。封を開けると醸造アルコールの匂いが強くあの独特の香りがしない。鼻が悪くなったか酒が変質したかと考えたが、最近高い酒しか飲んでいないのが原因かもしれない。
舌が肥えてしまって、安酒ではウィスキーと認めない体質になったのかもと落ちこんだ。我々年金生活者は高い酒ばかりを飲むわけにいかない。そういえば、キリンビールのホームサーバービールも標準の一番搾りより高いものに替えて飲んでいる。今日も銀河高原ビールに変更したところだ。酒ぐらいケチらなくてもと思うけど、計算すると月2万以上消費しているので、これはやばい。
舌が肥えてしまって、安酒ではウィスキーと認めない体質になったのかもと落ちこんだ。我々年金生活者は高い酒ばかりを飲むわけにいかない。そういえば、キリンビールのホームサーバービールも標準の一番搾りより高いものに替えて飲んでいる。今日も銀河高原ビールに変更したところだ。酒ぐらいケチらなくてもと思うけど、計算すると月2万以上消費しているので、これはやばい。
宵々山 ― 2022年07月15日
三条あたりから南側はもう人だかりで歩きづらい。蛸薬師以南は歩行者天国だが道端からせり出した露店とそれを立ち止まって物色する人だかりでなかなか前に進めない。まだ18時でやっと提灯に灯がともったばかりだがこの込みよう。地下道の出入り口はどんどん人を吐き出し路地という路地に人波が押し寄せる。来ている人のほとんどは若者だ。別に山鉾を見ているわけではなく、露店の食べ物を食べているか仲間と話をしている様子がほとんどで、どの祭りでも出会う風景だ。
祭りの見物に、その祭りの由来だとか山車の装飾だとかその歴史的価値に興味をもって来る人は珍しい。人が集まるから集まってきているのは、どこの祭りも変わらない。祇園祭という他の祭りでは見られない規模と古都京都の優越みたいなものは少しはあるだろうが、わざわざ肩と肩をこすり合いに来る理由は群れる興奮を得るという単純な動機だと思う。残念なことにワシにはその気持ちが分からないのでさっさと引き上げてきた。
祭りの見物に、その祭りの由来だとか山車の装飾だとかその歴史的価値に興味をもって来る人は珍しい。人が集まるから集まってきているのは、どこの祭りも変わらない。祇園祭という他の祭りでは見られない規模と古都京都の優越みたいなものは少しはあるだろうが、わざわざ肩と肩をこすり合いに来る理由は群れる興奮を得るという単純な動機だと思う。残念なことにワシにはその気持ちが分からないのでさっさと引き上げてきた。
Amazon ― 2022年07月16日
Amazonで注文すれば小物なら3日以内に届く。大型のものでも1週間あればほとんど届くのでとても便利なのでほぼ毎週利用している。ただ、Amazonにも鬼門がある。中国製の商品の一部にいつまでたっても「注文済み」から前に進まず、不審に思って商品ページを開こうとすると、ページそのものが消滅していることがたまにある。キャンセルは効くのだが、注文の記録が消え最初から注文がなかったような扱いになることもある。注文受付のメールを自動配信にしても送信しているのだから、音沙汰普なしというのは気持ちが悪い。日本製商品でこういうなしのつぶてはまずない。
最近は円安で中国製とあってもそう安くはないのだが、たまに掘り出し物があって、ダメもとで注文することがある。安い壊れやすいは想定内なので我慢するが、注文が消えてしまうのは勘弁してほしい。騙されるものが悪いというという大陸の考え方を知らぬことはないが、それでは反社集団と同じではないか。買い手をぞんざいに扱うと商いは滅びるという教えはチャイナにはないのか。
最近は円安で中国製とあってもそう安くはないのだが、たまに掘り出し物があって、ダメもとで注文することがある。安い壊れやすいは想定内なので我慢するが、注文が消えてしまうのは勘弁してほしい。騙されるものが悪いというという大陸の考え方を知らぬことはないが、それでは反社集団と同じではないか。買い手をぞんざいに扱うと商いは滅びるという教えはチャイナにはないのか。
山鉾巡行 ― 2022年07月17日
朝9時に河原町着では人の頭ばかりを観に行くことになるかと不安だったが、それなりに山鉾巡行を見物することができた。先頭の長刀鉾の注連縄切りが四条麩屋町で行われるのを見学して、先回りして四条河原町まで行く。さすがに交差点付近は辻回しの観客で人一人通る通路しか開いていないが、河原町OPAの前まで来ると少し余裕があり2列目あたりで見学することができた。辻回しは12トンの山鉾の巡行を支える車輪が直進しかできないので、青竹を敷き水をまき人手をかけて方向転換するが、千年前とは言えもう少し静かに方向転換できる仕組みは作れたはずだ。
何百年経過しても曲がれる車輪を作らなかったというのが正しいのだろう。辻回しが古来祇園祭の重要な見世物として組み込まれているからだ。転回時のお囃子と踊りが始まると、巨大な山鉾がバキバキと竹を踏む音が都大路に鳴り響く。同時に何千もの観衆がどよめき拍手が湧く。暑い日差しの中での独特の喧騒は古都の夏到来の風物詩だ。
やっとホームページのリニュアルができた。
https://www.ne.jp/asahi/t/net/
何百年経過しても曲がれる車輪を作らなかったというのが正しいのだろう。辻回しが古来祇園祭の重要な見世物として組み込まれているからだ。転回時のお囃子と踊りが始まると、巨大な山鉾がバキバキと竹を踏む音が都大路に鳴り響く。同時に何千もの観衆がどよめき拍手が湧く。暑い日差しの中での独特の喧騒は古都の夏到来の風物詩だ。
やっとホームページのリニュアルができた。
https://www.ne.jp/asahi/t/net/
平の沢池 ― 2022年07月18日
亀岡北部の平の沢池の蓮が見ごろだと報じられていたので行ってみた。まさに池一面が蓮畑だ。蓮はやっぱり極楽浄土色のピンクがいい。昼前に行ったが蕾に閉じることなく、たくさんの蓮が空に向かって咲いている。空には東側の三郎ヶ岳からテイクオフしたパラグライダーの花が咲いている。いい眺めだ。亀岡市は田舎町まで奇麗に整備して楽しんでもらえるようにという気持ちが伝わってくる。春に掲載した「やわらぎの道」の桜も見事だが、街中のような喧騒はなく静かに鑑賞できる。
公園の一つ一つの手入れも行き届いている。きっと役場でプランニングをした人が優れているのだろう。休日に市民がちょっと出かけて季節が楽しめるように、少しだけ田舎道に手を入れる。そうすることで、人の少ない田舎でも人が往来することで、街が呼吸をするのだ。街のメイン通りが祝日なのに完全に息を止めている隣町を車で走ってそう思った。
公園の一つ一つの手入れも行き届いている。きっと役場でプランニングをした人が優れているのだろう。休日に市民がちょっと出かけて季節が楽しめるように、少しだけ田舎道に手を入れる。そうすることで、人の少ない田舎でも人が往来することで、街が呼吸をするのだ。街のメイン通りが祝日なのに完全に息を止めている隣町を車で走ってそう思った。
動画配信サービス ― 2022年07月19日
梅雨が明けたというのに大雨だ。近頃の気象予報はまるで当たらない。天気予報がAIに頼り始めた頃からハズレが多くなったと感じるが、実際のところは精度は上がっているらしい。スマホの歩数計は59歩だった。仕事をしているときは天候に関係なく動くが、サンデー毎日になると雨の日は滅多に外に出ない。家にいるときは動画配信サービスを見る。以前は視聴するタイトルが決まっていて観たのだが、暇なので観るというのは、なかなかタイトルが決まらないのでイライラしてくる。
一度タイトルを選ぶと二時間近く割くことになるので、つまらなかったら時間が勿体無いと思うからだ。仕事もせずに有り余る時間の二時間が勿体無いもクソもないのだが、そこが貧乏性なのだ。目的もなくダラダラテレビを視聴するのは耐えられない派のワシとしては納得のいく視聴がしたい。だが、それ故に、ダラダラと選択時間を長引かせているというパラドックスに余計にイラついているわけだ。雨の中歩いて頭冷やせば?と思う。
一度タイトルを選ぶと二時間近く割くことになるので、つまらなかったら時間が勿体無いと思うからだ。仕事もせずに有り余る時間の二時間が勿体無いもクソもないのだが、そこが貧乏性なのだ。目的もなくダラダラテレビを視聴するのは耐えられない派のワシとしては納得のいく視聴がしたい。だが、それ故に、ダラダラと選択時間を長引かせているというパラドックスに余計にイラついているわけだ。雨の中歩いて頭冷やせば?と思う。
鷹山鉾曳初め ― 2022年07月20日
鷹山の曳初め動画はFBに載せた。196年ぶりの巡行復活と聞いて三条新町へ行く。通常、後祭りはのんびりした雰囲気と聞くが、鷹山の周りは黒山の人だかりで、ただでさえ午後の日差しでどうにかなりそうな暑さなのに、観衆の熱気でカオス状態だ。それほど鷹山の復活が待ち望まれていたのだろう。新町通から衣棚通へわずか40mほど移動するだけだけだが、移動を仕切る車方だけでなく、囃子方も先導する音頭取りも196年ぶりという歴史の重圧を感じているだろう。
僅か10分ほどの移動だったが終わると拍手が沸き起こった。鷹山復活を祝しての拍手だ。これからまた、何百年とこの山が引き継がれていく。その時に自分は存在しないが、同じ目線で見ている観客を想像すると不思議な気持ちになる。
僅か10分ほどの移動だったが終わると拍手が沸き起こった。鷹山復活を祝しての拍手だ。これからまた、何百年とこの山が引き継がれていく。その時に自分は存在しないが、同じ目線で見ている観客を想像すると不思議な気持ちになる。