松山城土砂崩れ ― 2024年07月13日
昨日未明、松山市緑町1丁目の松山城城山の北東側斜面が崩れ、周辺の住宅に土砂が流入し、住宅1棟が倒壊し3人が巻き込まれた。現場はマンションや民家が建ち並ぶ地域。3日前の降り始めから12日午前7時までの松山市の降水量は平年の7月1カ月分の降水量(223・5ミリ)に相当する。昨年6月の四国ボッチ旅で松山城にロープウェーで上った。松山についてからは雨にずっと降られていて、松山城に上がるのに二日待った。瀬戸内は雨が少ないという印象があったが、土砂降りで驚いたことを思い出した。今回の土砂崩れ(土石流?)の現場はロープウェーで上がる右手すぐのところだ。お城は防衛のために山の上か水路の中と相場は決まっている。その周囲に城下町が発展していく。城周りにへばりつくように建てられた民家は今でも静かな居住区となる。今回土砂崩れが起きた周辺のエリアは、土砂災害警戒区域や特別警戒区域に指定されていたという。指定されたからと言ってもおいそれと立ち退くわけにもいかない。今回は土石流かもしれぬという識者の見解が正しければ谷沿いに水路と砂防ダムを築くべきだったのかもしれない。
2010年にも城山南西の漱石と子規の根城であった愚陀仏庵が、豪雨の土砂崩れで全壊したことを今日のニュースで知った。近くの坂の上記念館まで行ったが気が付かなかった。当日は雲一つない快晴で、ここが子規と漱石、秋山真之が未来を語り合った場所なのだと(松山城の)坂の上の雲を探したことを思い出す。この国の発展を確信していた子規らもまさか100年後の松山城下でこんな土砂災害が起こるとは思いもしなかったに違いない。
2010年にも城山南西の漱石と子規の根城であった愚陀仏庵が、豪雨の土砂崩れで全壊したことを今日のニュースで知った。近くの坂の上記念館まで行ったが気が付かなかった。当日は雲一つない快晴で、ここが子規と漱石、秋山真之が未来を語り合った場所なのだと(松山城の)坂の上の雲を探したことを思い出す。この国の発展を確信していた子規らもまさか100年後の松山城下でこんな土砂災害が起こるとは思いもしなかったに違いない。