量子の魔法・ノーベル物理学賞 ― 2025年10月12日
日本人研究者二人のノーベル賞受賞で沸く中、米国研究者3名の物理学賞の発表がひときわ異彩を放った。だが今回ばかりは、「正直よくわからない」という声も多い。名前からして難解な“量子現象”。どうやら量子コンピューターにつながるらしいが、いったい何がすごいのか。科学誌の解説を読み漁っても、頭の上に「?」が浮かぶばかり。だが調べていくうちに、ようやく少し輪郭が見えてきた。
2025年のノーベル物理学賞は、「量子の不思議な力が、手のひらサイズの電気回路でも起こる」ことを証明した3人のアメリカ人研究者に贈られた。言ってみれば、これまで“教科書の中の夢物語”と思われていた現象を、実験室の机の上で再現してしまったのだ。量子コンピューターという“未来の頭脳”を現実のものにする、大きな扉が開いたのだ。
そもそも量子力学とは、「常識が役に立たない世界の物理」である。たとえばボールを壁に投げれば、ふつうは跳ね返る。だが量子の世界では、そのボールが“壁をすり抜けて向こう側に出る”ことがある。これが「トンネル効果」だ。1957年、日本の江崎玲於奈氏はこのトンネル効果を使った電子部品「トンネルダイオード」を発明した。量子の世界の“おとぎ話”を、現実の電子回路に引きずり出した先駆者である。
江崎氏が発見したのは、電圧を上げても電流が逆に減るという奇妙な挙動、普通なら「測定ミス」と片づけられる現象だった。だが彼はそこに量子の抜け道を見た。電子が、極薄の壁を“幽霊のようにすり抜ける”瞬間を、電気信号として捉えたのだ。つまり、量子トンネル効果を電流と電圧のカーブという“証拠の線”として観測したのである。こうして理論上の幻は、オシロスコープの波形として現実に姿を現した。
江崎氏の発明は、量子技術の夜明けを告げる光だった。彼は量子の魔法を装置に宿したが、それを自在に制御する技術は、まだ人類の手に委ねられていなかった。そこに登場したのが今回の受賞者たちである。彼らは1980年代以降、超伝導体を使った回路で、量子トンネル効果を“意図的に起こせる”ことを実証した。言うなれば、江崎が見つけた魔法を“操る杖”に変えたのだ。
鍵となったのは「ジョセフソン接合」という特殊な超伝導回路。ここで電流が突然流れ出すという現象を観測し、量子の不思議な振る舞いが理論世界だけでなく、手に取れる規模の回路でも再現できることを示した。これが、量子コンピューターの最小単位「量子ビット(qubit)」を安定して制御する技術の出発点となった。
いま日本でも、江崎氏の精神を受け継ぐ研究者たちが続いている。東京大学の古澤明教授は、情報を“瞬間移動”させる量子テレポーテーションを世界で初めて実証。NECやNTTは量子コンピューターや量子暗号通信の開発に挑み、政府も「量子技術イノベーション戦略」を掲げて支援を強化している。
量子技術はいま、夜明けから朝へと進みつつある。江崎氏が灯した光は、クラークらによって大きく広がり、日本の研究者たちによってさらに磨かれている。電子の“幽霊の抜け道”から始まった物語は、いまや人類の頭脳を進化させる現実の技術へ。量子の魔法は、もう机の上から、私たちの暮らしの中へと歩き始めている。
2025年のノーベル物理学賞は、「量子の不思議な力が、手のひらサイズの電気回路でも起こる」ことを証明した3人のアメリカ人研究者に贈られた。言ってみれば、これまで“教科書の中の夢物語”と思われていた現象を、実験室の机の上で再現してしまったのだ。量子コンピューターという“未来の頭脳”を現実のものにする、大きな扉が開いたのだ。
そもそも量子力学とは、「常識が役に立たない世界の物理」である。たとえばボールを壁に投げれば、ふつうは跳ね返る。だが量子の世界では、そのボールが“壁をすり抜けて向こう側に出る”ことがある。これが「トンネル効果」だ。1957年、日本の江崎玲於奈氏はこのトンネル効果を使った電子部品「トンネルダイオード」を発明した。量子の世界の“おとぎ話”を、現実の電子回路に引きずり出した先駆者である。
江崎氏が発見したのは、電圧を上げても電流が逆に減るという奇妙な挙動、普通なら「測定ミス」と片づけられる現象だった。だが彼はそこに量子の抜け道を見た。電子が、極薄の壁を“幽霊のようにすり抜ける”瞬間を、電気信号として捉えたのだ。つまり、量子トンネル効果を電流と電圧のカーブという“証拠の線”として観測したのである。こうして理論上の幻は、オシロスコープの波形として現実に姿を現した。
江崎氏の発明は、量子技術の夜明けを告げる光だった。彼は量子の魔法を装置に宿したが、それを自在に制御する技術は、まだ人類の手に委ねられていなかった。そこに登場したのが今回の受賞者たちである。彼らは1980年代以降、超伝導体を使った回路で、量子トンネル効果を“意図的に起こせる”ことを実証した。言うなれば、江崎が見つけた魔法を“操る杖”に変えたのだ。
鍵となったのは「ジョセフソン接合」という特殊な超伝導回路。ここで電流が突然流れ出すという現象を観測し、量子の不思議な振る舞いが理論世界だけでなく、手に取れる規模の回路でも再現できることを示した。これが、量子コンピューターの最小単位「量子ビット(qubit)」を安定して制御する技術の出発点となった。
いま日本でも、江崎氏の精神を受け継ぐ研究者たちが続いている。東京大学の古澤明教授は、情報を“瞬間移動”させる量子テレポーテーションを世界で初めて実証。NECやNTTは量子コンピューターや量子暗号通信の開発に挑み、政府も「量子技術イノベーション戦略」を掲げて支援を強化している。
量子技術はいま、夜明けから朝へと進みつつある。江崎氏が灯した光は、クラークらによって大きく広がり、日本の研究者たちによってさらに磨かれている。電子の“幽霊の抜け道”から始まった物語は、いまや人類の頭脳を進化させる現実の技術へ。量子の魔法は、もう机の上から、私たちの暮らしの中へと歩き始めている。