司馬遼太郎記念館2025年12月14日

司馬遼太郎記念館
近鉄奈良線・八戸ノ里駅を降りて、住宅街を歩くと突然現れるモダンな建物。それが司馬遼太郎記念館だ。安藤忠雄設計の打ちっぱなしのコンクリートは一見冷ややかだが、中に入ると空気が柔らかく変わる。目の前に立ちはだかるのは高さ11メートルの大書架。約2万冊の蔵書がずらりと並び、まるで知の壁に囲まれたような感覚になる。窓越しに覗ける司馬の書斎は、机の上に原稿用紙や万年筆が置かれ、今にも執筆が始まりそうな雰囲気を漂わせている。庭は雑木林風に造られ、雑多な街中とは思えない静けさ。ここに立つと、司馬が歴史を「人間の物語」として描いた理由が少しわかる気がする。

司馬史観と呼ばれる彼の歴史の見方は、幕末から明治期の近代化を「青春の物語」として描き、日本人の成長を肯定的に捉えた。坂本龍馬や秋山兄弟といった人物を通じて歴史を語り、多くの人に歴史の面白さを伝えた。しかし「近代化を美化しすぎている」「英雄中心主義だ」と批判も受けてきた。学術的には「歴史修正主義」とのレッテルを貼られることもある。だが記念館の静謐な空間に身を置くと、司馬が晩年にたどり着いた究極の人間観が浮かび上がる。彼が本当に伝えたかったのは、江戸期の商人の先見性でも富国強兵時代の軍人の戦略性でもなく、その基盤にある「思いやり」と「義侠心」だった。

書架の壁に貼られた『二十一世紀に生きる君たちへ』で司馬は、未来を生きる子どもたちに「歴史を友とし、他者をいたわり、支え合う心を持ってほしい」と語りかけている。戦後民主化の中で制度や権利は語られても、人間的な徳が欠落していることへの危惧を込めて。つまり司馬は民主化そのものを否定したのではなく、「民主化を人間的徳で支えなければ空洞化する」と警告した。批判者は近代化美化や英雄中心主義を問題視することはできても、この人間観には反しきれない。むしろ「歴史を学ぶことは人間性を育てること」という司馬のテーゼは、教育や社会において普遍的な価値を持ち続けている。

旅人としてこの記念館を訪れると、単なる文学館以上のものを感じる。歴史を物語として描いた作家の姿と、未来に託された「人間の心のあり方」が重なり合い、静かに問いかけてくる。君の旅の基盤にも、思いやりと義侠心はあるだろうか。司馬遼太郎記念館は、旅人に静かな問いを投げかけ続けている。